「朝お前のこと迎えに行く。 俺が来るまで待ってろ。」
朝起きてすぐに既読をつけたメールに 俺は懐かしさを覚える。
多分一語一句同じだ。 よくそんなに正確に覚えていたな と小さな笑が溢れた。
玄関のチャイムが鳴って 俺は急いで階段を駆け降りた。
扉を開けたそこにはゆあんくん。 いつもと何ら変わりのないゆあんくん。
じゃぱぱ
ゆあん
何度も聞いた授業。
もうとっくに飽きたけど 視線だけは教師に向けて真面目に授業を 受けているように振る舞う。
外を見たり手いじりしたりして 教師に目をつけられたら 間違いなく居残りだ。 そんなことになろうものなら 未来はきっと変わってしまう。
しかし聞いているというのも姿勢だけで 実際に耳を傾けている訳では無い。
頭の中では今日の段取りをもう一度 整理していた。
失敗出来ないのだ。
あの黒猫が言った。
ゆあんくんを助けられるのは 俺だけだと。 ゆあんくんの自殺を止められたはずの 俺ならゆあんくんと一緒に 現実世界に戻ることも出来るだろう。
そうでなければいけない。
何が何でも戻らなければいけない。
戻ってからゆあんくんに 沢山話を聞いて抱きしめて 安心させて俺は現実世界で ゆあんくんを守り続ける。
少し離れた席で真面目に聞いてる風の ゆあんくんを眺めていると 俺の頬が少し緩んだ。
ゆあん
ゆあん
部活帰りの暗い道。
今日の俺たちは並んで歩いていた。 これぐらい許されるだろう。
隣を歩くゆあんくんはか細かい声で そんなことを言った。
じゃぱぱ
ゆあん
じゃぱぱ
ゆあん
蝉の声。 やっぱりあの時と変わらない。
ギャンギャンと頭に響いていろんな記憶 がフラッシュバックする。
考えないようにしているのに 無性に息が詰まる。
行かないでゆあんくん。 消えないで。
気が付いたら俺はゆあんくんの 手を握っていた。
俺の手は汗が滲んでいたけど ゆあんくんもそれは同じだった。 手が重なってお互いの熱を感じても 俺達は何も言わなかった。
何も言わずに真っ直ぐ前を見て。
黙って目前に迫る踏切へと 足を動かし続けた。
ゆあん
じゃぱぱ
ゆあん
じゃぱぱ
踏切の音を聞いて俺の心臓は 張り裂けそうになった。
手も足も震えているのが分かった。
どちらからか手を握る強さは強まった。
強く握った。
ゆあんくんの手と触れている部分が 白くなるほどに。
強く強く握った。
新月のせいで心なしか いつもより暗い夜だった。
どんどん鼓動が早まる。
大丈夫。心の中で強く唱えた。
すぐ横のゆあんくんを見た。 ゆあんくんもこちらを見ていた。
ゆあんくんのその真っ黒な瞳に 薄い水の膜が張っているようで 小さく光が宿ってちらちらと揺れた。
新月の夜でもその美しい顔立ちは はっきりと俺の目に映る。
電車が近づく音がする。
俺を焦らせる。
鼓動が早まる。
俺を焦らせる。
ゆあんくんが不安そうなでも 優しい顔で微笑む。
彼のこの表情が。 俺のを1番焦らせた。
帰らなきゃいけない。
失敗できない。
そんな顔しないでゆあんくん。 俺の目の奥に希望を見つけて。 お願い。
ゆあんくんの目を強く見つめた。
じゃぱぱ
ゆあん
じゃぱぱ
自信満々にそう言った俺は 「いくよ!」と叫び勢いよく 踏切へと飛び込んだ。
俺がその日最後に見た景色は 薄らと頬を染め微笑む ゆあんくんだった。
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続き楽しみにしてます!