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12月24日。 待ち合わせは 駅前の大きなツリーの前だった。
及川 徹
楓花は赤いマフラーを ぐるぐる巻きにして、 頬を赤らめながら小さく首を振った。
秋保 楓花
及川 徹
そう言って握った手は、やっぱり少し冷たかったけど―― そのぶん、あたためてあげられることが嬉しくて 俺は少しだけ自慢げに笑ってしまった。
街はイルミネーションで溢れていた。 ビルの窓にも、公園の木々にも、店先の看板にも、 きらきらと灯る無数の光。
通りのどこを見ても、誰かの幸せを願うような、やわらかい光があって―― それはどこか、彼女の笑顔にも似ていた。
秋保 楓花
きみは俺の手を引いて 小さな広場の中央へと歩いていった。 そこには去年もあったハート型のアーチがあって、 カップルたちがくぐりながら写真を撮っていた。
及川 徹
俺たちは少し照れながらも 手を繋いだままアーチをくぐった。 通り抜けた瞬間、後ろで誰かがシャッターを切る音がして、 ふたりで思わず笑い合った。
秋保 楓花
及川 徹
俺がふと横を見ると 楓花は光に照らされて いつもより儚く見えた。 まるで、そのまま光に溶けて消えてしまいそうなほど。
及川 徹
秋保 楓花
そう言って、また俺の手を握ったその瞬間。
――カラン、とバッグが落ちる音がした。
及川 徹
俺が名前を呼ぶと 彼女の指先からすっと力が抜けていった。
秋保 楓花
及川 徹
慌てて支えた彼女の身体は いつになく軽かった。 肩にまわした腕越しに伝わる体温が 急に遠く感じた。
通りすがりのカップルが心配そうに振り返る。 煌びやかな光の中 まるで時間だけが凍りついたようだった。
及川 徹
その言葉に、彼女はかすかに頷いた。 でもその目は、どこかうわの空で――
秋保 楓花
彼女の手が、急に冷たくなった。
及川 徹
返事がない。
及川 徹
肩に手を置いて、顔を覗き込む。 彼女は額にうっすら汗をにじませていて 唇の色が明らかにおかしかった。
及川 徹
スマホを握って、119を押す。 電話口の向こうの声が遠く感じた。 周囲のイルミネーションがにじんで ぼやけていた。
すぐに救急車が来てくれた。 人混みがわずかに避けるなかで 俺は彼女の名前を何度も呼んでいた。
担架に運ばれる彼女の手を 俺は最後まで握り続けていた。 離したら、どこか遠くに行ってしまうような気がして。
病院に着くまでの時間が やけに長く感じた。 車内で看護師さんが慌ただしく動くのを ただ見つめることしかできなかった。 そのたびに、自分の無力さが突き刺さる。
病院に着いて、すぐに処置室に運ばれていく彼女を見送りながら 俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
——そのあと駆けつけたご両親の姿を見てようやく現実に引き戻された。
ママ
及川 徹
ママ
及川 徹
ママ
言葉の途中で、お母さんの声が 少し震えた。 俺が顔を上げると その目にはもう涙が浮かんでいた。
ママ
及川 徹
ママ
及川 徹
ママ
俺はお母さんに頭を下げて 病院をあとにした。
外に出ると、夜空にはイルミネーションじゃなくて、 冷たい星がひとつ、またひとつ、瞬いていた。
自動ドアが閉まる音だけが やけに大きく耳に残った。
楓花は しばらく入院をすることになった
病室のドアをノックして、そっと開ける。
窓際のベッドに、楓花がいた。 いつもの制服じゃなくて 薄いブルーの病衣を着て。 それだけで、なんだか いつもよりずっと小さく見えた。
及川 徹
俺の声に、彼女がゆっくり顔を向けた。 驚いたように目を見開いて それからすぐに笑ってくれた。
秋保 楓花
及川 徹
そう言いながら 持ってきた紙袋を差し出す。
及川 徹
秋保 楓花
彼女は笑いながら、紙袋の中をのぞいた。 でも、その指先がほんの少し 震えてるのが、俺にはわかった。
及川 徹
秋保 楓花
彼女は、そう言って笑った。
秋保 楓花
及川 徹
カーテン越しの光が 冬の午後のやさしさを運んでいた。
放課後の部活を終えて、 今日も病院へ向かった。
受付を済ませて、静かな病棟の廊下を歩く。 306号室の前で一度立ち止まり 深呼吸した。
ノックをして、ゆっくり扉を開ける。
及川 徹
ベッドの上で本を読んでいた楓花が 顔を上げた。
秋保 楓花
にこっと微笑んだその顔に どこか安心している自分がいた。 けど、すぐに目が向いたのは 彼女の手首に繋がれた点滴と わずかにやつれた頬。
前に来たときよりも、少しだけ髪が乱れていて 笑顔の奥に、ふっと陰が落ちて見えた。
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
冗談めかして笑うけど、声に力がない。 それでも彼女は ちゃんと笑おうとしていた。 俺の心配を、吹き飛ばそうとして。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
秋保 楓花
ねぇ、ふうちゃん。 ほんとは、なんの病気なの?
質問の言葉が喉まで出かけたけど 飲み込んだ。 彼女が何も言わないのは、たぶん “言いたくない”んじゃなくて “言えない”からだ。
だから俺は 黙って彼女のそばの椅子に腰を下ろした。