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この病院に足を運ぶのは、三度目だった。 最初は貧血だって言ってたのに。 ほんとは、そんな甘いもんじゃないんだろって もう俺だって気づいてた。
それでも信じたかったんだ。 笑って「大丈夫だよ」って言ってくれた あの言葉を。
けど、病室のドアを開けた瞬間 現実は思い切り俺の胸ぐらを掴んできた。
及川 徹
カーテン越しに響く、かすれた嗚咽。 顔を覗き込んだとき、彼女はベッドの上で体を丸め、細い肩を震わせていた。 洗面器を抱えるようにして 荒く息をつく姿。
顔色は土気色で、唇は乾いてひび割れていた。
秋保 楓花
及川 徹
俺は言葉を飲み込みながら 彼女の手をそっと握った。 冷たくて、でもまだちゃんと 彼女の温度が残っていた。
及川 徹
震える指先を包み込むように握りながら、 俺は無理やり笑ってみせた。 いつもみたいに。試合前みたいに。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
そんな強がりでしか、守れない。 こんな時、俺に何ができるんだろう。 点滴のひとつも代われないくせに 隣で手を握るしかできないなんて。
彼女は、またえずくように吐き気をこらえた。 そのたびに俺は心が切り裂かれるようだった。
秋保 楓花
及川 徹
泣きそうになるのを必死でこらえながら、 彼女の頭をそっと撫でた。
及川 徹
秋保 楓花
及川 徹
彼女の目元に、静かに涙が溜まっていた。
どうかこの手を、離させないで。 祈るような気持ちで、俺はそっと額を 彼女の手の甲に押し当てた。
及川 徹
声を張る。手を叩く。 笑う。はしゃぐ。 ……いつも通り、のはずだった。
だけど、胸の奥がずっと ぐずぐずと痛む。
花巻 貴大
松川 一静
岩泉 一
松川 一静
岩泉 一
及川 徹
岩泉 一
部活が終わって 部室で帰る準備をしていた時
岩泉 一
不意に、岩ちゃんの声がした。
岩泉 一
たった、それだけ。 でも、その一言だけで。 胸の奥に詰まっていたものが 少しだけほどけた気がした。
及川 徹
岩泉 一
ぶっきらぼうな声と、いつも通りのやりとり。 だけどその背中に、確かな安心があった。
及川 徹
岩ちゃんは、何も言わずに 片手でバッグを担いで歩き出した。
数週間後 楓花が退院した
教室の入り口に、彼女が立っていた。
秋保 楓花
柔らかく笑っているけど どこかまだ、疲れが残っている顔。
痩せた肩。少しだけ浮いた頬骨。 それでも確かに この場所に戻ってきた
及川 徹
彼女は、少し照れたように笑って 頷いた。
秋保 楓花
えっ、楓花ちゃん……!戻ってきたんだ
おかえり……!体調、大丈夫?
……久しぶりに楓花ちゃんの声聞いた気がするわ
ほんとほんと。しばらく席 ぽっかり空いてて寂しかったよ
数人の女子が、駆け寄ってくる。 その声には、心からの安堵が混じっていて── 彼女は少しだけ戸惑いながらも 笑って応えた。
*゚♡o+:;;;:+o♡o+:;;;:+o♡o+:;;;:+o♡o+
絵梨奈
放課後の昇降口で、名前を呼ぶと 彼女は少し驚いたような顔をした。 でも、断らなかった。 優しい子。お人好し。
……だから、選ばれたのかな。徹に。
絵梨奈
秋保 楓花
絵梨奈
秋保 楓花
その顔が、まっすぐで。 なんか、ムカついた。 私の知らない彼の顔を もう知ってるような表情だったから。
絵梨奈
スマホの画面を見せる。 映ってるのは、徹と後輩の美咲が笑ってる写真。 べつに、やましいことはない。 でも、そう見えるでしょう?
絵梨奈
ほんとは、たいしたことない。 でも、彼女の目が一瞬揺れたのを 見逃さなかった。
小さな傷でも、じわじわ沁みれば いずれひびになる。
絵梨奈
……徹が本気で楓花ちゃんに 気持ちがあるなら、 そんな隙、見せなきゃいいのに。 ほんと、ずるいんだから。あの人。
絵梨奈
この言葉が、一番効くって知ってた。 不安って、恋の一番の敵。 信じるほど、怖くなるから。
あたしから徹を奪っておいて、 なにもしないなんて、できるわけないじゃん。
あたし、ちゃんと知ってる。 あの人の笑い方も、言葉のリズムも、 勝負ごとの前にちょっと強がる癖も ──全部。
……あたしはまだ、諦めてなんかいない。