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二次会へ河岸を替える段になって、最初の店を出たときだ。

冬原

抜けようか

隣に並んだ冬原が何気なく言った。

中峯聡子

でも

冬原

この顔好きなんでしょ。差しで眺めるとかどう?

うわ、ぬけぬけとよく言う。

中峯聡子

でも幹事でしょ、そっち

片方勝手に抜けたら恵美が困る。だが冬原はしれっと言い放った。

冬原

要するにそっちは不都合ないってことだね

ここまで強気だといい加減くやしくなってくるが、この誘いを蹴るのはさすがに惜しい。

顔が好みであることもさることながら、話していて楽しかったのが高ポイントだ。冬原のほうも楽しかったのだとしたらそれはやっぱり嬉しい。

冬原はそれ以上は確認を取らず(この辺りの見切りもまたくやしいが)、前に向かって声をかけた。

冬原

夏!

夏と呼ばれて振り返ったのは、『潜る』で駄目出しをしていた彼だ。

冬原

俺ここで抜けるから後まかせた!

おいこら!急にそんな・・・・・・

彼も一次で帰りたそうな風情だったが、冬原は無視して一行からはぐれた。

強引にあたしの手を引いて振り向きもしないくせに、恵美を気にしたあたしの様子を見ているかのようなタイミングで

冬原

奴に投げたら大丈夫だから

と、幹事の後ろめたさをフォローする。

ソツのなさで巧く転がされる感覚もあまり経験がないから新鮮だった。

冬原

終電、大丈夫?

そう訊かれ、もうそんな時間になっていることに気がついた。

抜けてきたコンパのほうも二次会はとっくに終わっている頃だろう。

中峯聡子

ごめん、そっち門限あるよね!?

隊舎に門限があるという話はもう聞いている。

冬原

今日は外泊取ってるから大丈夫。ていうか、女の子との飲み会で『俺たち門限あるからこれで』とか締まらないでしょ。こういうときはみんな外泊取って来るよ。明日休みだしね

中峯聡子

ならよかった

慌てて浮かした腰がもう一度落ち着く。懸案が自分だけになるとこの時間を切り上げる踏ん切りがつかない。

連絡先は交換したので別にこれでお開きにしてもいいのだが、何となく腰が上がらない。

中峯聡子

そっちはどうするの

言ってから、馬鹿なことを訊いたと思った。

そろそろ終電って時間にそっちはとか女のほうからナニそれ誘ってんの。しかも初対面で。

会ったその日にノリでそのままとか別に悪くないけど自分の性格には合っていないし、そもそも冬原がその気かどうか分からないのに勇み足もいいところだ。

それに何より、ー冬原に自分を違うキャラで認識されたくない。

今のどうやって取り繕おう。ていうか取り繕うこと自体あるイミ自意識過剰じゃない?

このまま流したほうが正解か?でも・・・・・・

途方に暮れたあたしに冬原は笑った。

冬原

何かちょっと名残惜しい感じだよね

中峯聡子

そう、それッ!

あたしはとっさに食らいついた。食らいついてからその勢いに自分で慄く。

中峯聡子

・・・・・・そういうようなことが言いたかった

楽しいのでお開きにするのが惜しい。できればもう少し話していたい。

名残惜しい、というのは的確だ。

そしてこの場面でその言葉を選んだ冬原の感覚をものすごく好きだと思った。

それを2人の今の状態として選んだことも。

冬原

取り敢えず、君んとこの最寄り駅まで動こうか。電車の中で話が尽きたらそこで解散、尽きなかったらどっかファミレスでも入って延長開始。どう?地元に戻っとけば疲れたところで帰れるし気楽じゃない?

あたしに一方的に都合のいい提案だが、気兼ねは感じなかった。

話し込む態勢を整えたら余裕で朝まで話が続くだろうな、という確信があったし、そう感じているのは相手も同じはずだと思えた。

ーなんて、もしかしてあたし調子乗りすぎ?

結果としては予想のとおりで、地元新幹線沿いのファミレスで朝までだらだらとただ喋っていた。

他人が聞きたらどうでもいいような取りとめのない話で何時間も潰すなんて、まるで無茶で贅沢な学生のようだ。

しかも、

中峯聡子

どうしよう、すごく楽しい

話の切れ間に呟くと、冬原がさらりと言った。

冬原

顔以外も気に入ってもらえたところで中峯さんは俺と付き合おうか

それは願ってもない申し出だったが、飛びつくのはなけなしのプライドが邪魔をする。

のっけで顔が好みとバレているのに、付き合おうと言われてすぐに飛び乗ったら本当に顔に釣られただけのバカ女みたいだ。

中峯聡子

あたしのどこが気に入ってその提案か訊いていい?

冬原

クジラ

冬原は真顔で即答した。

冬原

潜水艦とクジラが似てるってセンスに痺れたね。潜水艦乗りには殺し文句じゃない?

何の気なしの感想だったが、冬原には直撃コースだったらしい。

この人、自分の乗ってる艦が好きなんだろうな。軽いキャラの中に垣間見えるそうした熱さもいい。

冬原

このセンスで他の奴らと話されたら競争率が跳ね上がるからね。実はさっさと連れ出したくて焦ってた。今日は強力なライバル外泊一人いたし。

何となく誰のことか分かった。話の中でも何度か出てきた。

中峯聡子

もしかして夏さん?

冬原

・・・・・・何で分かっちゃうかな

中峯聡子

え、だって。彼に一目置いてるよね?

ナチュラルに自慢の友達のことを話す口調になっていたのは、冬原的には恐らく不本意だろうから言わずにおく。

冬原

その辺のセンスもチョロくないよね。付き合う分にはこういう子はあんまり楽じゃないんだけど

中峯聡子

別に楽だから付き合いたいわけじゃないんでしょ?

冬原

うわぁ正論

冬原は首をすくめる。

冬原

そんでどうする?懸案期間、要る?

中峯聡子

要らない

迷わず即答、そして。

中峯聡子

ー蹴ったら一生後悔するの目に見えてるし

一生、というのはちと大袈裟か?でもキモチとしては嘘じゃない。

客観なんか知ったことか、自分のレンアイくらい浸らせろ。

夜が明けてから聡子の部屋に転がり込み、昼過ぎまで2人で爆睡した。

徹夜のお喋りで体力を使い果たして沈没とか、ますますもってバカな学生ノリだ。

でも学生のときは逆にこんな恋愛じゃなかった、ガチガチに緊張したり変に背伸びしたり。

史上まれに見る高望み物件と付き合うことになったのに、今までで1番リラックスしている。

それも何かのスペシャリティのようで素敵だった。

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