七十一話目
〜あの日を別の視点から見たら〜
10年以上前から 私はある家で家政婦...いわゆるお手伝いさんをしていた
広い庭のある屋敷に住む三人家族 当時30になったばかりの私はそんな屋敷の一室を借りていた
雇い主である夫婦はモデルと言われても信じられるくらい美しく 当時の私よりかなり若かった
私はそんな夫婦に雇われ 洗濯炊事掃除 その全てを担っていたが苦ではなかった
夫婦はあまり家に帰らず服も自身でクリーニングに出していたようで 高いスーツやドレスを洗わなくて済んだのは相当な幸福であった
なので私が洗濯するのはせいぜいタオルや子供服、自身の服といったもので おまけにほとんどドラム式洗濯機がしてくれていた
食事に関しても自分のと子供用の二食を毎日3回作るのは 私が料理が得意でもあり、子供も好き嫌いがなかったため 正直さほど苦痛でもなかった
掃除は少々大変であったが私にとって最も辛かったのは他でもない 子供...この家の長女の面倒であった
ノアル
一見すると人形の様なまだ幼い美少女 しかし、彼女は異常とも言えるほど歪んでいた
あれくらいの年齢の子供は 悪戯に蟻の巣を壊したり虫の足をちぎったり 純粋が故に命を軽視することが多くある
その子も例外ではなく 命で遊んでいたが 『子供のうちは仕方がないこと』 と思い私はあまり干渉しないようにしていた
というか、あの子に必要以上干渉したくなかった
私は、あの子の子供のうちから何処か達観して幼さの中に眠る 大人びた口ぶりやあの子の美しい容姿や あの子の家族そのものに何処か嫌悪感を示していた
だからこそ、あの子に興味を示さないようにしていたが それこそが、何よりも大きな失点だと今になって後悔している
ノアル
ある日いつも通り洗濯物を干そうと外に出た時 その子は庭で何かをしていた
いつものように虫で遊んでいたりしているのかと思い 目をそらそうとした時
いつもならその子が餌をまいていたので 数羽の鳩が庭にいたりしたのに その日は一羽もいなかった
何となく胸騒ぎがして、私はその子の方に 目をやった時、激しい嫌悪感と吐き気が私を襲った
お手伝いさん
ノアル
そう言って彼女は振り返った 手には定規とコンパス
そして血塗れになりながらもか細く鳴く鳩
彼女の手も返り血で血塗れになって 鼻の奥に血の匂いが広まり気持ち悪くなった
お手伝いさん
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
純粋で無垢な子供の瞳 殺意や悪意なんて微塵も感じさせない青い瞳が ただ私を見つめてきた時
私は思わず腰が抜けその場にへたりこんでしまった
ノアル
お手伝いさん
お手伝いさん
ノアル
お手伝いさん
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
子供のような口ぶりで言うのに反し あまりにも残酷すぎる所業
私はその時何も言わずに ただ、その場にへたりこんだまま
漸く動ける様になった時 ハエが集っている鳩の死骸の処理をした
お手伝いさん
ルシアン
その日、彼女のした残虐な行為のことを私は震える声で 真夜中に、珍しく帰宅した、彼女の父親、基旦那様に対して告げた
旦那様の表情が一瞬揺らいだものの すぐに取り繕うかの様にいつもの無愛想な表情に戻り
ただ『妻と話し合わせて頂きます』と 淡々とした口ぶりで告げ
すぐに書斎に戻って行ってしまった
お手伝いさん
お手伝いさん
そんなことを思いつつも その事さえ目を瞑れば 自分の好きな家事を仕事にでき高収入高待遇の幸せな仕事を手放せず
その家で務め続けた
その件から1年後 奥様が子供を産んだ
レイカ
ノアル
お手伝いさん
頼まれていた奥様の荷物を渡しに来て、 私はノアルちゃんを病室に連れていった
動物に対してあそこまでのことをした彼女を まだ首も座っていない新生児に会わせるのは
流石にやめた方がいいと思ったが ノアルちゃんの反応は意外と薄く
ただ、産まれたばかりの 奥様と同じ真っ黒な目に真っ黒な髪をした赤子を見つめていた
ノアル
その日家に帰るまでの間 奥様から言われた、自身から見た赤子の立場を示す言葉を ノアルちゃんはずっと、ずぅっと口にしていた
病院からの帰り ノアルちゃんはスカートの裾をパタパタしながら私にはなしかけた
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
その時のノアルちゃんは、普段の不気味さなんて全くない 年相応の女の子だったと覚えている
嬉しげな声色の中にどこか不思議そうに思っている口調で 私に話しかけてくるその姿は、とても可愛らしかった
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
私は胸を撫で下ろした ノアルちゃんが純粋無垢に笑えるようになったこと ノアルちゃんの残虐性が無くなるのではという期待から 私はそこはかとなく安堵した
それから、赤子が産まれてから2年後 旦那様似の末っ子の男の子も産まれて、
そこからの3年間程は 本当に平和だった
宣言通りというか、ノアルちゃんは下の子2人に対して かなり甘く、そしていい姉を遂行していた
いつの間にかノアルちゃんも高校生になり、 学校でも成績を残す明るい優等生になっていた
ノアル
ノアル
お手伝いさん
お手伝いさん
ノアル
幼少期の残虐性はなにかの間違いだった そう安心できるくらいには
ノアルちゃんも私も、それなりの関係性は築けていた
ただ、一つ気がかりだったのは 下の二人のことだった
グレイ
ブラン
ノアル
ノアル
グレイ
お手伝いさん
ノアル
グレイ
お手伝いさん
ノアルちゃんは、下の子2人と私を関わらせないようにしていた まるで、自分以外の誰かに2人を近寄らせないように
だからか、下の子2人…まぁ特にブランくんは 私に懐かず人見知りをしていた
そして何よりも不可解だったのはノアルちゃんからの 「グレイとブランには話しかけないで。話しても簡潔にして」 という命令だった
私も流石になんでか聞こうとしたが 過去の記憶から、逆らってはいけないと本能で感じてか
私も気にとめないようにと 意識をして生活をしていたが
ノアルちゃんが17歳の時 カラッと乾いた晴天の日にそれは起こった
ノアルちゃんが奥様を刺した 奥様が帰宅してきた瞬間を狙い、腹部を一突き
幸い死には至らない程度だった様だが、 それでも玄関は血まみれで、警察の捜査も入っていた
私はその現場の一部始終見て、通報もした身として
事情聴取や取り調べを受けて どうにかしてノアルちゃんとの面会を許可してもらった
お手伝いさん
ノアル
ガラス越しのノアルちゃんは 普段と何ら変わらない様子で、ヘラりと笑っていた
殺人未遂を犯した犯人ではなく ただの純粋な少女のように
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
ノアル
お手伝いさん
ノアル
ノアル
物騒なことを言おうとしていたとき 警察の人にノアルちゃんは止められていた
そして、面会終了時 ノアルちゃんは私の方を見てにっこり笑っていた
ノアル
ノアル
お手伝いさん
その時のノアルちゃんの青い瞳には 恐く私ではなく下の子たちが映っていたのだろう。
人を人として見ていない 鳥を殺めていた時と同じ残酷な目で
それから約10年以上の月日がたって 私は今も尚その家に務めている
といっても、下の子2人は18歳になったら2人とも家を出たし その子達の両親もほとんど帰ってこない為
お手伝いさんである私が実質1人で生活しているという なんともおかしな現状だ
奥様と旦那様も いい加減私のことをクビにすればいいと思っているかもしれないが
ノアルちゃんのことを知っていて 事件の全貌もわかっている私を、手中からは離したくないのか 手厚い福利厚生の職場を与えている
極力雇い主であるあの夫婦に会いたくない私にとっては好都合だが、 やっぱり一人でいるのは気が滅入る
だからたまに気分転換で空をぼんやり見ているが
空の青い晴天の日は 玄関が赤く染まったあの日や ノアルちゃんの瞳を思い出してしまい
余計に気が滅入ってしまうが どうしてかやめられない
そして流れで電話帳に入っている 下の子2人の名前に目をやり、電話をする一歩手前になってから止まっている
お手伝いさん
なんて、他人が心配するような内容では無い 親心に似た感情を抱えながら 私は今日も息をしている
あの日、ノアルちゃんが私を殺さずにいてくれたことや 下の子2人が私と会話を交えてくれたこと
親に関する作文で、私のことを書いてくれたこと そんな、小さな思い出を胸に秘め
今日もまた、私は下の子2人の幸せを願っている どうか、幸せになって
お願いだから
コメント
5件
お手伝いさん…😭😭 苦労してきたんやなぁ……