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日野森家 昼下がりの光がカーテン越しに揺れていた。 志歩はベッドの上で、イヤホンを耳に差し、Leo/needの曲を聴いていた。 指先がリズムをなぞり、胸の奥に響く音に、微笑みがこぼれる。 ベッドの脇には、先日みんなと出かけた時のアルバム。 一枚一枚めくるたびに、笑顔の自分がそこにいた。 咲希がピースをして、 一歌が照れたように笑って、 穂波が優しく肩を支えている。 “あの日は、本当に楽しかったな……” 志歩は小さく呟き、ページを閉じようとしたその瞬間―― 手の甲に、赤いしずくが落ちた。
日野森志歩
指先で触れると、それは鼻血だった。 慌ててティッシュを掴むも、止まらない。 胸の奥がざわつく。 呼吸が浅くなっていく。 体がふらつき、アルバムが床に落ちた。 次の瞬間、激しい吐き気に襲われる。 喉の奥から血の味が広がり、視界が霞んだ。
日野森雫
階下から雫の声が響く。 ドアが開き、雫が駆け寄った。
日野森雫
志歩は答えようとするが、声が出ない。 手を伸ばそうとしても、力が入らない。 雫は震える手でタオルを掴み、 志歩の口元を拭きながら叫んだ。
日野森雫
スマホを取ろうとする指が震える。 志歩の視界は滲み、姉の泣き声が遠くに聞こえる。 最後に見えたのは、床に落ちたアルバムの写真。 みんなの笑顔が、ぼやけた光の中で滲んでいた。
雫が呼んだ医師と看護師が、慌ただしく玄関を入ってきた。 リビングの奥、 志歩の部屋の扉が半開きになっている。 中では、志歩が浅い呼吸を繰り返していた。
医師
医師が冷静に指示を飛ばす。 看護師が酸素マスクを取り出し、志歩の口元にあてる。
看護師
看護師
志歩のまつげが微かに震えた。 意識はまだあるようだが、 瞳は焦点を失っている。 雫は部屋の隅で、手を握りしめたまま動けなかった。 医師が血圧を測りながら、低く呟く。
医師
その一言に、雫の心臓が締めつけられた。
日野森雫
看護師が志歩の手を支えながら、優しく声をかける。
看護師
雫は震える指でスマホを掴んだ。 息を詰めながら連絡先を開く。
日野森雫
受話口の向こうで一歌の声が凍りついた。
星乃一歌
次に咲希、穂波へ、そして彰人へ
日野森雫
電話を切った後、雫は志歩の手を握った。
日野森雫
志歩は力なく目を閉じ、かすかに唇を動かした。 その声はほとんど聞こえなかったけれど、 確かに「うん」と言ったように見えた。
玄関のチャイムが鳴るよりも先に、ドアが勢いよく開いた。
星乃一歌
真っ先に駆け込んできたのは一歌。 そのあとを咲希と穂波、そして彰人が追いかけて入ってくる。 リビングの奥では、医師と看護師が必死に動いていた。 志歩はベッドに横たわり、顔は青ざめ、呼吸は細い。 心電図のモニターが赤く点滅しながら、不規則な音を鳴らす。 「ピッ……ピッ……ピッ……」 咲希が口を覆い、穂波の手が震える。
天馬咲希
医師が叫ぶ。
医師
看護師がコードを繋ぎ、電源を入れる。
日野森雫
雫が必死に呼びかける。
望月穂波
だが心電図の波は、ゆっくりと、途切れるように落ちていった。 「ピ……ピ……」 医師が額に汗を浮かべながら、
医師
ドン、ドンと胸を押す音が部屋に響く。 一歌はその音を聞きながら、
星乃一歌
と泣きながら叫んだ。 彰人は拳を握りしめ、震える声で呟く。
東雲彰人
酸素マスクがずれる。 看護師が必死に押さえ、医師が再び声を上げた。
医師
部屋中が緊張で張り詰める。 一歌の手が、震えながら志歩の手に触れた。
星乃一歌
その声の中で、 一瞬だけ――心電図の線が、小さく跳ねた。
医師
医師が息をのむ。
医師
雫が涙をこぼしながら頷く。
日野森雫
玄関の奥では、医師と看護師の声が飛び交っていた。 志歩の体は、薄いシーツの下で小刻みに揺れる。 心電図のモニターが、かすかに鳴り続ける。 「ピッ……ピッ……」 咲希がすすり泣きながら志歩の名を呼ぶ。 穂波は震える手で祈るように胸の前を握りしめた。 一歌は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。 医師が眉をひそめ、声を張り上げる。
医師
再び胸に手を置き、圧迫を繰り返す。
日野森雫
雫の叫びが響く。
しかし―― モニターの音が短く途切れ、波が細くなっていく。 「ピ……ピ……」 最後の音が鳴り、画面の線がまっすぐになった。
看護師
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が止まった。 誰も声を出せない。 心電図のモニターが赤く点滅し、 無音の警告を繰り返す。 彰人がその場に膝をついた。
東雲彰人
咲希は泣きながら首を振り、一歌は動けないまま志歩の手を握る。 冷たくなりかけたその手を、必死に包み込むように。 雫は嗚咽をこらえながら、妹の髪を撫でた。
日野森雫
赤いランプの光が、壁に淡く揺れていた。 それはまるで、志歩の音が最後に残した小さな余韻のようだった。