TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

寝室にあたたかな光が差し込んでいる。『アイツ』はベッドに座って、優しい声色で俺を呼んだ。

竜胆

三途、こっちにおいで。Come(来て)

そう言って微笑を浮かべたアイツは綺麗で、トクリと胸が高鳴る。

ふわふわと夢見心地で、いつもみたいに意固地になってプライドを守る気も起きない。ゆっくりとベッドの方に歩みを進めると、アイツは嬉しそうに俺を抱き寄せた。

竜胆

良い子だ。よくできたね。Good boy(上手だよ)

頭を撫でられて、胸中に温かなものが流れ込む。目を閉じてアイツの腕に身を任せた。

竜胆

いつも俺のために頑張ってくれてありがとう。お前のお陰で俺も幸せだよ。

──…幸せ……だって。

良かった。俺もアイツを幸せにできてるんだ。

嬉しい。俺も幸せだ──…。

──まぶたを開くと、無機質な天井が視界に入った。虚ろな意識の中でもここが病院だということは理解できた。

マイキー

──目が覚めたか。…良かった。

春千夜

……マイ…キー……?

声を出すと喉が渇いていたから、長い時間眠っていたに違いない。

マイキーの助けを借りながらゆっくりと身体を起こして、周囲を見渡した。──アイツはいない。

解ってはいたことだが、胸がチクリと痛んだ。

マイキー

調子はどうだ?お前2日間も寝てたんだぞ。

春千夜

……そうか……。

マイキー

ドクターを呼ぶから少し待ってろ。

春千夜

……いや、待ってくれ。先に状況を確認したい。……俺は…──。

頭が覚醒してくると、記憶がどんどんと甦ってきた。

俺は竜胆の『グレア』にあてられて、気を失った。その場には幹部達が揃っていたから、確実に俺がSubだということは知れ渡っただろう。

──…最悪だ。必死に守り続けていたものが一瞬で崩壊した。本当に俺は何をやってもうまくいかない。

きっとみんなで俺のことを『嘘つき野郎のSub』と見下して、笑い者にしているに違いない。

もう何もかもどうでもいい。疲れた。消えてしまいたい──…。

 

サブドロップの影響でネガティブ思考に拍車がかかっている。

マイキーは俺の心情を察してか、抱き締めて背中を撫でてくれた。

マイキー

大丈夫だ。お前は今正気じゃない。…何も考えるな。辛かったら薬でもう1度眠った方が良い。

春千夜

マイキー……。

マイキーの身体は昔に比べて随分と華奢になった。体温も低くて、今にも壊れそうだ。温かい『アイツ』に抱き締められた時みたいに、胸が満たされることはない。

マイキー

…三途、このまま聞いてくれ。

春千夜

…どうした…?

マイキーは俺を抱き締めたまま、目を見ないでぽつぽつと話し出した。

マイキー

…お前にパートナーを作るように勧めてすまなかった。…拠り所ができれば薬に頼りきった生活を止められると思った。それがお前にとって最善だと思ったんだ。

春千夜

…………………。

マイキー

でも間違っていた。…お前がこんなに苦悩するなら……こうするべきじゃなかった…。

春千夜

……マイキーは悪くない。事実体調は安定していた。…ただ俺が上手くできなかっただけだ。

マイキー

三途……いや、春千夜。──……俺の判断で、お前と竜胆のパートナーは解消することにした。すまない…でもテメーの機嫌で『グレア』を使うDomに、お前を委ねることはできない。

春千夜

……そうか……。

なんとなくこうなることは予想していた。誰が見たって、俺と竜胆とはこれ以上歩み寄ることはできないと判断するだろう。

春千夜

…マイキー……パートナーを解消するって言ったら、アイツはどんな反応だった……?

マイキー

…ずいぶんと自分の行いを後悔していたぞ。ちゃんと反省して、離れることがお前のためだと理解を示した。

春千夜

…それなら……致し方ないな……。

人の縁が切れるのは一瞬のことだ。

本来DomとSubは切っても切れない関係性のはずだ。第三者にパートナーを解消しろと言われて従うなんて、あまりにも軽すぎる。

竜胆にとっては手続き上のパートナーでしかなかったことを、痛いほど思い知らされた。

しょせん情がわいていたのは俺だけだ。──悲しい……離れたくないのに……辛い……胸が苦しい………。

マイキーの前で泣きたくないのに涙が溢れ出てくる。悲しみが深すぎて呼吸をすることすらままならない。

マイキー

…ごめん……ごめんなぁ…。

マイキーも罪の意識から、静かに泣き出した。

春千夜

…っ……お前は悪くない…っ、

心が脆い俺達には『支える存在』が必要だ。もし俺とマイキーがパートナーを失ったSub同士、互いを支え合う存在になれば──。

マイキーも同じことを考えたようで、示し合わせたわけでもなく2人で視線を合わせた。

マイキーは俺の頬に触れて、目を閉じながら顔を寄せてきた。俺も応えようとして目を閉じた。

 

唇が触れあう寸前で、俺達はどちらも顔を反らした。

──…できない。竜胆とはもう終わった関係なのに、本能的にアイツ以外の接触を受け付けない。

マイキー

──……ケンチン……、…俺……やっぱり駄目だ……っ、

春千夜

……っ、りんどー……、……ふ、…っ、

マイキーはドラケンと離れて12年経つのに未だにこのザマだ。俺もきっと同じように、竜胆に囚われ続けることになる。

マイキー

……春千夜…お前は新しいパートナーを作れ…。…蘭みてーに竜胆との相性を越えるDomと一緒になれば、お前の傷は癒えるから…な?

春千夜

──…できない…っ……過ごした時間は短くても、愛されてなくても……俺にとってのパートナーはアイツしかいない……っ、

マイキー

……駄目だ……俺と同じ道を歩むことになるぞ……?

春千夜

しょうがねーだろ……っ、もう手遅れなんだよ……っ、

俺達Subにとってダイナミクスは呪いだ。Domに与えられる幸福が大きすぎて、忘れることができない。

芽生えてしまった愛情は根強くはびこって、胸を焦がす。

竜胆に会いたい気持ちが募って、切なくて苦しくて、意識が薄れていく。

視界がぼやけていく中で、マイキーは気を失ってベッドに突っ伏した。──俺はどうなっても良いが、マイキーは助けなきゃいけない。

先にサブドロップで意識を手放したマイキーの手を握って、俺はナースコールのボタンを押した。

竜胆

──三途、上手にできたな。ご褒美はキスで良いな?

竜胆に額から鼻先、頬、唇へと順番に優しい口付けを与えられて、幸せに包まれた。

──これは俺の理想の世界だ。現実じゃない。

竜胆

よしよし、頭も撫でてやろうな。今度は三途からキスしてくれるか?……Kiss(キスしておいで)

俺は少し迷ってから、控えめに竜胆の唇に口付けをした。決して上手ではないキスなのに、竜胆は嬉しそうに微笑んだ。

竜胆

Excellent(よくできました)よく頑張ったな。偉いぞ。

多幸感のあまり涙が溢れた。竜胆は涙を指で拭くと、優しい表情で俺の目を覗き込んだ。

竜胆

…三途は俺に言いたいことがあるんだろ?全部聞かせてくれ。Speak(話してごらん)

春千夜

──…俺……竜胆が好きだ。いつも素直になれないけど…ずっと言いたかった。パートナーとしてお前だけのものになって、愛されたい…。

竜胆

そうか。Good Boy(良い子だ)…じゃあ、一番のご褒美はこれだな。

竜胆は俺の耳元に顔を寄せると、そっと囁いた。

──俺もお前が好きだ、春千夜。好きなだけ俺に甘えておいで。

サブドロップに再び陥った俺は、復帰までに時間が掛かった。

事務所で笑い者にされるか冷たい視線を浴びることを覚悟していたが、意外にもみんなにあたたかく迎えられた。

九井

俺らDomだってSubの苦労くらいわかる。今まで隠して大変だったな。これからはもっと俺らを頼るといい。

望月

お前がサブドロップで倒れた日に、首領が自分からSubだってカミングアウトしたんだ。みんなそっちに驚きすぎてお前の噂話なんてしてねーから安心しろ。ちゃんと首領には礼を言っておけよ。

春千夜

(マイキー……お前、俺のためにそんな事してたのかよ…。)

鶴蝶

もう首領から聞いてるかと思うが、お前は首領の部屋にデスクを移動することになった。大体の物は運んでおいたが、必要なものがあれば持って行くのを手伝うから言え。

春千夜

ありがとう。助かる。

竜胆は俺との接触が禁止になったとマイキーから聞かされていた。そのせいで俺は、今後はマイキーの部屋で任務をすることになった。

病み上がりだからと気を遣われて、追加の荷物は全て望月と鶴蝶が運んでくれた。

俺は暇をもてあまして、外の空気を吸うために屋上へと向かった。

重い扉を開くと、雲ひとつない青空が広がっていた。あたたかな日差しが心地よい。

 

フェンスの前で、青空に馴染む薄水色のスーツの人物が蘭と2人で並んで佇んでいるのが見えた。

心臓が跳ね上がった。アイツの後ろ姿を見間違えるはずがない。

急激に鼓動が激しくなって、苦しくなった。

──アイツが振り返るのがスローモーションの様に見える。

無表情で後ろを向いたアイツは、俺の顔を見るなり見開いた。それから唇を噛んで、泣きそうな表情を浮かべた。

ほんの少し目が合っただけで、竜胆から与えられた喜びや痛みが鮮明に甦って、胸が張り裂けそうになった。

三途──…あいつの口がそう動いた気がした。

──見ちゃだーめ!

走って来た蘭に目元を塞がれて、俺は無理矢理建物の中に戻された。

春千夜

……蘭……今、竜胆が……、

いたね。でもアイツが三途に会ったら、きっと首領に殺されちゃうよ?それでも良いの?

春千夜

……っ……よく、ない……。

だよね。…そうだ、退院おめでとう。蘭ちゃんねぇ、三途が来たらお祝いにモンブランが美味しい店に連れていこうと思ってたんだ。今行こ?

春千夜

……でも……っ、

『でも』とかないから。男子会ならぬ『Sub会』しよーよ。ネ?

蘭はにっこりと笑ってウインクをすると、ぐいぐいと俺を引っ張って階段を降りた。

竜春 Dom/Subユニバース【完結】

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

3,452

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚