テラーノベル
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目が覚めたとき、そこには音がなかった。
静かすぎる空間。
ただ、鼻をつくのはコンクリートのような湿った匂い。
頭の奥が鈍く痛む。視界はまだぼんやりしていて、自分の手足すら現実味がなかった。
多川 菜々花
多川菜々花は、マットレスの上で身体を起こした。
周囲を見回す。
壁は灰色、窓はない。ドアは鉄製で、内側からは開かないようだ。
スマホもカバンも、何もない。あるのは毛布と、薄暗い天井の電球だけ。
多川 菜々花
昨夜の記憶をたどる。
会社を出て、駅まで歩いて、途中のコンビニに寄って、傘を買って───
…そこで、ぽつりと記憶が途切れている。
ガチャリ。
鉄の音が響いた。
心臓が跳ねる。ドアの向こうから、誰かの足音。
そして、ゆっくりと回る鍵の音。
ギィィ…
ドアが開いた。
現れたのは、30歳前後の男だった。
黒いパーカーに無精髭。無表情で、無言のまま中に入ってくる。
多川 菜々花
男は答えない。
静かで扉を閉めると、部屋の隅にある古い木製の椅子に腰を下ろした。
そして、ポケットから1冊の小さなノートを取り出す。
︎︎
低く、落ち着いた声。だが、どこか不自然な口調だった。
菜々花は思わず身体を引く。
多川 菜々花
︎︎
︎︎
ノートの1ページ目を開きながら、男は言った。
︎︎
︎︎
︎︎
多川 菜々花
︎︎
︎︎
︎︎
その言葉に、ぞわりと背筋が凍った。
だが、男の目は──どこか、狂っていない。
冷静で、計算されていて、だが確実に「執着」を孕んでいる。
多川 菜々花
一拍の間のあと、男は言った。
八倉 建一
菜々花の中に、古い記憶が一瞬だけ閃いた。
名前に、どこか覚えがある。
八倉。建一。
どこかで、聞いたことがある。ずっと前に。
八倉 建一
ノートを開いた彼の指先は、ほんの少し震えていた。
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