【第八章】虚像の偶像

救いようがない。

私は物心ついた時から人間の醜さに 気付いていた。

しかし、周りの人は皆、口を揃えて

「お前がおかしいんだ」と笑った。

救いのない人生を強いられていた私に

神は、現れたのだ。

私はそれが大いに嬉しかった。

神の為なら何でもした。

生贄だって、時には無差別殺人だって

まるで善行を積むようにやった。

今思えば、私はとんだイカれた人間 だったのかもしれない。

でも、それも神の為になると信じた。

…

─例え、それが虚像の偶像であっても。

彼奴が信じているのは神などではない

ふざけた絵空事だ。

そんな馬鹿げた事はやめて、

社会の一員として大人しく生きていけばよいものを。

…

神は正しい

即ち、私は間違ってなどいない

私は…！

ため息混じりに吐かれた諦めの言葉は、

不覚にも私の心を少し傷付けた。

ゆっくりと自分という存在がわからなくなっていく気がした。

私が初めて殺したのは、

実の母親だった。

借金取りや取引先、父親や愛人に ころころと態度を変えて

大変そうにしていたので殺した。

最低だ。

私には良い母親を気取っていた癖に。

……私は、母親を……

神代さん、殺されたんだって？

しっ… 物騒な事大きな声で言うんじゃないよ

ねえ、聞いた？

神代さんを殺害したの、 実の息子らしいよ。

その子の名前は？

神代 救──まだ10歳半ばよ。

ああ、なんという悲劇…

ｶﾞｼ

救ってあげようとしただけなのに

真夜中という名の男は、

私をしっかりと見据えて言う。

「救いようがない」と。

…確かにそうかもしれない。

私は結局、自分が救われたかった だけだったのだから。

…もう、 この討論に私の勝ち目はないようだ。

いや、元からなかったのかも知れない。

真夜中は私の心を全て掌握していた かもしれない。

しかし、そんなことはどうでもよい。

神の正しさとか、神の力とかは もっとどうでもよい。

大切なのは、

神代 救

私が最後に救われるかだ。

卑怯。恩知らず。馬鹿。愚か者。

真夜中が言おうとしている言葉なんか どうでもいい。

望むところだ。 だって私はもう戻れない

綺麗に勝たれて賞賛なんかするものか

この悲しき討論の結末を決めようか。

パリン

私は教会のステンドグラスを割って 自分の腹に突き刺した。

赤いステンドグラスだ。

元の色はどんなだったっけ。

𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹