三途とパートナーを解消させてからの俺は、胸に大きな穴が空いたように虚無だった。
承認欲求が満たされなくて、誰にも必要とされていないと思った。きっと俺みたいな無能は消えたって問題ない。
──結局俺は、三途によって存在意義を作られていたんだと痛感した。
寝ても覚めても後悔ばかりだ。
三途に会わせる顔がないと思うのに、三途に会いたい。
きちんと謝って、できることなら関係を修復したい。
──所詮は叶わない願いだ。わかってる。
鶴蝶
望月
九井
幹部達からの非難はどれも的を得たもので、だからこそ心の傷をさらに抉った。
もちろん俺がそれだけのことをした自覚はあるし、皆が心の弱い三途の味方になってくれることは素直にありがたかった。
蘭
蘭
きっと兄貴はもっともなことを言ってる。けれど罪の意識にさいなまれている俺には、ちっとも響かなかった。
──憎たらしいほど空が青い。三途が退院して復帰するからと、俺はお目付け役の兄貴と屋上に追いやられていた。
同じ建物に三途がいるってだけで気が気じゃない。だからと言って会いに行くつもりもない。
俺がいない世界で、今までと何も変わらない三途に戻ってくれればそれで良い。
突然、重い鉄扉が開く音がした。反射的に振り替えると、そこには唖然とした顔の三途がいた。
竜胆
夢かと思った。これが幻覚なら、三途は俺が欲している笑顔を浮かべているだろう。
けれど目の前の三途は今にも泣きそうな顔をしていた。
胸が締め付けられるように苦しい。けれど三途の顔を見れたことで、幸福感も胸の中に広がっていく。
──…ああ、俺は三途のことがどうしようもなく愛しいのか…。
今まで自覚しないように避けてきた言葉を頭の中で浮かべると、シックリときた。
兄貴に感じる家族の愛情とは違う、もっと切なくて狂おしい感情は恋慕だ。
蘭
すかさず駆け寄った兄貴に三途は捕まって、また扉の向こうに姿を消してしまった。
呼吸もままならない程に心臓が鼓動している。追い掛けたい衝動に駆られたが、俺の立場でそんなことをしていい訳がない。
──でも解ってしまった。三途も俺と同じ気持ちでいる。
だからと言って叶う恋ではない。──せめてもお前が俺を恨んで、忌み嫌っていてくれたら良かったのに…。
お前を忘れるなんてできない。好きだ。
傍にいれなくても、俺は一生お前への想いを胸に刻んでいたいと思った。
感情が溢れ出して、俺は泣き崩れた。
九井
蘭
九井から指示を受けた任務は、梵天のシマを含む都内全域でクスリのブローカー達を纏めている男を仕留めるという内容だった。ネズミ講のシステムが出来上がっていて、男はほとんど何もせず多額の金を得ているらしい。
男はブローカー達に一切の正体を明かしていない。違和感がないように梵天側の人間がソイツになりかわることで、労力をかけず継続的に金を得ようという作戦だ。
九井
竜胆
九井曰く、ターゲットは大企業に勤めるごく一般の会社員だ。自社製品のPRを担当していて、九井が経営するフロント企業の芸能事務所と繋がりのある人物らしい。
九井
竜胆
Domの中にはパートナーを持たず、性欲を満たすためだけにSubを食い散らかす奴も少なくない。大体そういう奴は嗜虐心が人一倍強いせいで、関わってしまったSubは心に深い傷を負う。
九井
蘭
九井
蘭
兄貴は鶴蝶とパートナーになってから変わった。鶴蝶は危険が伴う任務を任されることが多いせいで、自分の時間を削ってまでもサポートに着いていくようになった。
鶴蝶は兄貴を危険な目に遭わせるのは嫌で、2人で何度も言い合いをしているのを目撃している。けれど兄貴は『俺は鶴蝶がいなきゃ生きて行けないんだ。最期は一緒が良い。』と言って聞かない。結局鶴蝶も折れて、兄貴を同行させている。
竜胆
2人きりの空間になったところで、九井は小さく咳払いをした。
九井
竜胆
首領にはきっと俺の心が見透かされている。実行に移すかは別の問題として、俺はたった一目見ただけで心が苦しくなるくらい三途を求めている。何かの拍子でまた出くわした時に、自分を抑えられる自信はない。
九井
九井は淡々とした口調で言っているが、この業界でカタギのパートナーを明かすのは自分の弱点を曝すのと一緒だ。俺が九井を陥れるなら、乾を狙えばいいと言ってるのと同じことだ。
それだけの誠意を持って、九井は俺に事情を話してくれている。
竜胆
九井
竜胆
九井
竜胆
竜胆
九井
九井にハンカチを差し出されて、初めて自分が泣いていることに気がついた。
九井
任務実行の日、俺と兄貴はごく普通のサラリーマンに変装した。違和感が出ない程度に特殊メイクも施しているため、一目見ただけでは俺達だと気付かれない。
望月
鶴蝶
蘭
望月
竜胆
鶴蝶
蘭
鶴蝶
竜胆
蘭
兄貴から緊張感が全く感じられない。昔はこうじゃなかった。どうやら恋は人格を大きく変えてしまうようだ。
竜胆
蘭
竜胆
蘭
九井の事前調査では素人レベルのガードだと聞いているが、何があるかわからない。気を引き締めて任務にあたるのは当然のことだ。何度も頭でシュミレーションをしながら、休日で賑わっている街を闊歩する。
──突然、視界の端に派手なピンク色の髪が飛び込んできた。
見間違えるはずもない。三途だ。隣には九井もいる。
蘭
俺の動揺を察知した兄貴が、冷静な声で言い放った。
一歩、また一歩と三途中が近づいてくる。表情は動かさないようにしているが、胸がはち切れそうだった。
…三途は俺以外の奴といる時は、そんなに穏やかなんだな。俺がもっと違う接し方をしていれば、お前は俺にも同じ態度をとってくれたんだろうか。
──すれ違う直前に、三途は俺に気付いて驚いた顔をした。すぐに悲しげに表情が歪んで、俺は手を伸ばしたい衝動に駆られた。
欲望を理性で押さえ付けて、なんとか前に進んだ。涼しい顔をしていても、平気な訳はない。
蘭
竜胆
蘭
竜胆
蘭
竜胆
蘭
きちんと呼吸をしているはずなのに息苦しい。きっとこんな切ない状態を、人々は『息もできない』と表現するんだろう。
俺はあくびをするフリをして、目に滲んだ涙を手で拭った。
蘭
竜胆
俺達は順当に任務を進めて、居藤の家に乗り込んだ。兄貴に銃を向けられて怯んでいる男は、クスリのブローカー達を纏めるだけの覚悟がある奴とは思えない。しかし部屋に乱雑に積まれた金を見る限り、居藤が関わっていることは間違いなさそうだ。
居藤
蘭
居藤が叫ぶと、勢いよく隣の部屋が開く音が聞こえた。──…やっぱり裏にまだいたか。俺は慌ててドアに銃を向けたが、入ってきた人物は予想に反して華奢な体つきの青年だった。
いかにも裕福な身形の居藤とは真逆で、色白で貧相な身体をしている。ボロボロの服を纏った姿は哀れで、俺も兄貴も動揺を隠せなかった。
美月
美月は居藤の前に立ちはだかって、ポロポロと涙を流しながら俺達を睨み付けた。戦う術を知らないようで武器は何1つ持っていないし、立っているのもやっとなくらい脚がガタガタと震えている。
蘭
美月
兄貴の言葉は図星だった様で、美月の目が泳いだ。
蘭
美月
蘭
美月
兄貴から居藤への強い怒りを感じる。俺が口を挟める雰囲気ではなかった。
蘭
美月
竜胆
Subの彼が、Domを守るために命を懸けている姿に三途を重ねてしまって、見ていられなかった。きっと俺も同じ状況になったら、三途はこの青年と同じように楯になる気がした。それは三途だけじゃない。兄貴だって鶴蝶を守ろうと必死になるはずだ。
蘭
そう言って俺を睨み付ける兄貴は冷酷な目をしていた。──Subはパートナーに忠実な分、パートナー以外には冷酷になれる一面もある。三途にしても首領にしても、梵天の中でえげつない戦闘をするのはSubだ。
兄貴が銃のトリガーを引くと、乾いた銃声が響いた。俺は見ていられなくて顔を逸らしたが、聞こえた呻き声は美月のものではなくて居藤のものだった。
どうやら本能的に美月を庇って、銃弾を背中で受けたらしい。
美月
居藤
居藤はさっきまでの怯えた様子はないどころか、幸せそうな顔をしている。Subの命を守ると言う最大の庇護が出来て、心が満たされているのだろう。居藤はそのままの表情で、静かに目を閉じて動かなくなった。
美月はガラス玉の様に感情を失った目で眠りについた居藤を撫でて、そのままサブドロップに陥って意識を失った。寄り添って倒れる2人の姿は憐れで、俺は震えが止まらなかった。
竜胆
蘭
たしかにそうだ。パートナーを解消した今でも、三途を守るためなら喜んで命でも何でも差し出す。
蘭
兄貴はさっきまでの気迫はどこへ行ったのやら、スマホを取り出すと通話を始めた。
蘭
兄貴の言葉でハッとして、銃を打ち込まれた箇所を確認した。見事に心臓から数センチ離れた場所を捉えていて、居藤は微かに息をしていた。
蘭
竜胆
蘭
竜胆
蘭
蘭
兄貴の言葉は心の奥深くまで響いて、俺は膝から崩れ落ちた。
蘭
──当たり前だ。今すぐ三途に会って、強く抱き締めて、愛を伝えたい。願わくば、最期の時まで一緒にいたい。
蘭
竜胆
任務がどうこうなんて、考えてる余裕がなかった。視界が涙で揺れる。兄貴は俺を抱き締めると、ガキをあやすみたいに頭を撫でた。
蘭
久しぶりに抱擁を交わした兄貴の身体は、以前よりもずっと頼もしくなった様に感じられた。
蘭
兄に言われた通りに屋上に向かった。晴天の空に、俺の溜め息が消えていく。
──あの日から、三途に会いたい気持ちは増すばかりだった。なんて言葉を掛ければ良いのかもしっかりと考えて、練習までした。
それでもやっぱり不安だ。三途が俺への未練を抱えていたとしても、またパートナーになる道を選ぶとは限らない。
ギィッと扉が開く音がした。──…三途がいる。ドキドキと心臓が喧しく鳴って、呼吸もままならない。
笑顔で迎えてやりたいと思って振り向くと、そこには既に泣きそうな顔をした三途がいた。俺もつられて涙が込み上げた。
竜胆
春千夜
三途の顔を見たら考えてた言葉なんて全部吹っ飛んで、コマンドを出していた。掛けよって俺に抱き付く三途を抱き締めた途端、三途の今までの苦しみや不安や悲しみ、それに今この瞬間を全身で喜んでいる感情が伝わってきて、俺も言葉にならないほどの喜びに包まれた。
竜胆
春千夜
顔を真っ赤にして泣く三途は普段よりずっと幼く見えて、俺はこんなにか弱い奴に辛い思いを強いてきたことに改めて気付いた。
──どうしようもなく愛しい。 謝りたいことだって沢山ある。三途のクレームだって聞いてやりたい。けどそんなことをすっ飛ばしてでも、早く伝えたかった。
竜胆
一世一代の告白だ。気の利いた言葉の1つもないストレートな言葉なのに、三途は馬鹿にすることなく泣きながら頷いてくれた。
春千夜
俺のSubはなんて可愛らしいんだろう。素直になれない三途が捻り出した答えが、きっとこの台詞なんだろう。
竜胆
──愛してる。
そう想いを込めて、キスを贈った。
コメント
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あ”ぁ〜目から鼻水が出てくる、 なかなか止まらないんだけど(இдஇ`。)
にゃんさんの作品大好きです😭 目がうるうるしてやばいです(;・∀・) はるちぃー!可愛すぎやろ✨りんちゃんは頑張ったね😭にゃんさんの作品のおかげでやっぱり竜春は最高ということが改めて思いました♪もう全員尊い(*´ー`*)