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体育館。 練習が終わり、生徒たちがぞろぞろと引き上げた後。 すっかり日が沈んだコートに、一人だけ残っていたのは――及川徹だった。

及川 徹

……ここ、だよね。いつも誰かが立ってるような、そんな感じするのって

バレー部の皆にも言ったことはない。 けれど、何度もそう思っていた。 サーブ練習の時、たまに感じる“目線”。 部活が終わったはずの体育館で 響く“サーブ”の音。

及川 徹

誰もいない。
……いつも、いない。

虎杖 悠仁

あれ、及川さんまだいたんだ!
帰らないの?

及川 徹

うわっ、なに? 急に大声で……

虎杖 悠仁

お願いがあってさ。
トス、上げてくんない?

及川 徹

は?

虎杖 悠仁

……なんか、こう、ちゃんとした“セットアップ”っての? してもらったやつ、打ってみたくて!

及川 徹

やだね!
あの運動神経で、更に技術まで覚えられたら手に負えなくなるよ

虎杖 悠仁

1本だけ!それでいいから!

及川 徹

……お前さぁ、なんなんだよその無邪気さ……

及川 徹

……マジで1本だけだからね?

虎杖 悠仁

はいっ!

──トス。 及川のトスは、まるで糸を引いたように滑らかで美しく、 虎杖の高く跳ねる身体をピンポイントで捉えた。

虎杖 悠仁

──よっしゃあああっ!!

ドォンッ!! 体育館に鳴り響く、バカみたいな音。 衝撃でボールが天井に跳ね返り、照明が一瞬揺れる。

及川 徹

ちょ、待って!?
殺す気!?

虎杖 悠仁

うわ、マジで気持ちよかった……!
やっぱすげぇ、及川さんのトス!

及川 徹

くっそ、なんでちょっと嬉しいって思っちゃってんだよ俺……!

虎杖 悠仁

もう1本だけ!今の録画したい!

及川 徹

うるさい黙れ初心者!
……ったく、1本だけだからね!
絶対だぞ!!

虎杖 悠仁

おす!!

1本だけど言いながらも その後も何度かサーブの爆音が 体育館に響き渡り 及川は帰っていった

その日も、夜の体育館の奥で “誰か”がサーブを打つ音がした。 スパーン、と乾いた衝撃。 けれどそこには、誰もいない。

釘崎 野薔薇

……またか。これで何回目よ?

虎杖 悠仁

3日連続。毎回、決まってこの時間

伏黒が壁際に残された白いチョーク跡を指す。 サーブの軌道、レシーブの跡、スパイクのタイミング―― まるで“見えない誰か”がここで練習しているかのようだった。

久遠 梓

……これは“習慣”です。
“誰かの記憶”に基づく動き。意思よりも、残滓に近い

乙骨 憂太

“想いの残像”だね。強く焼きついた悔いが、呪力として繰り返されてる

バレー部 部室

埃をかぶったトロフィーの奥に、 小さなアルバムがあった。

釘崎 野薔薇

これ、いつの……?

久遠 梓

“青葉城西バレー部・第65期”……六年前ですね

中には一枚、集合写真。 中央には“キャプテン”と刺繍されたユニフォーム。背番号1。 しかし、顔の部分だけが――まるで意図的に、滲んでいた。

伏黒が校舎の資料室で拾った、古い新聞記事を広げる。

伏黒 恵

“青葉城西、主将負傷で出場辞退”……

虎杖 悠仁

負傷?

伏黒 恵

不慮の事故による怪我によって選手生命を絶たれた。
……その翌月、自ら命を絶ったそうだ

久遠 梓

“相馬 駿”……

乙骨 憂太

これで、全部繋がった

次の日体育館では バレー部の練習を見に来た女子生徒たちが きゃあきゃあと黄色い声をあげていた。

キャー及川先輩ー♡ かっこいいですー♡

さっきのサーブ まじ神でしたー♡

及川 徹

ありがとね〜。
でもサーブの出来はまだまだかなあ?
また応援してよ、ね?

女子たちは歓声をあげて去っていき 及川は片手を軽く振りながら 満足げにため息をついた。

――その一部始終を、少し離れた場所で見ていた釘崎野薔薇は、鼻を鳴らした。

釘崎 野薔薇

うわ何あれ...確信犯。
顔が良くて、口も上手いクズ男の典型

久遠 梓

……まあ、モテそうですよね

釘崎 野薔薇

いや、モテるじゃなくて、“モテようとしてる”からムカつくのよ

釘崎は炭酸の缶をバシッと開けて プシュッと音を鳴らす。

釘崎 野薔薇

……ああいう奴が一番厄介。あたしの辞書じゃ、“いい男”ってより“地雷”のカテゴリね

その瞬間、まるで聞こえていたかのように、及川がふと振り向いてウインクしてきた。

釘崎 野薔薇

.........チッ
女たらしが

及川 徹

……失礼だな。純愛だよ
((キリッ

岩泉 一

いや無理あるだろ

松川 一静

誰に対しての純愛?
全員に?

花巻 貴大

純愛のバーゲンセールかよ。
情熱価格か?

国見 英

うわぁ……もう開き直ってますね

及川 徹

いや違うってば!!
違うもん!!!

松川 一静

むしろお前が言うと、純愛って単語が薄っぺらく聞こえるのすごい

釘崎 野薔薇

乙骨先輩
お手本おなしゃす

乙骨 憂太

……失礼だな、純愛だよ

\\\うおおおおおおおお!!!///

伏黒 恵

……急に空気が変わった

虎杖 悠仁

なにこれ、かっこいい……!

及川 徹

なんで俺と同じセリフで、あいつだけヒーロー扱いされるのさ!

釘崎 野薔薇

格が違うのよ。
乙骨先輩はマジの純愛。
あんたは、せいぜい“ラブコメの当て馬”

及川 徹

なんかその例え、地味に傷つく!

その日の夜の青葉城西体育館は ぬるりと重たい空気に包まれていた。 天井近くまでうねる呪力が、鉄骨を軋ませ、蛍光灯が明滅している。 まるで体育館そのものが、生き物のように歪んでいた。

久遠 梓

……きたわね

その先にいたのは──人の形をした“残像”。

顔は影に沈み、判別できない。 けれど、その動きは異様なほど“綺麗”だった。

『呪いの午後、青春の手前』

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