学校なんて弱肉強食だ。
当たり障りのない立ち位置を得るのは凄く大変なのに喰われるのは一瞬だ。
誰だって喰われたくない。カースト底辺を這いずりたくない。
俺だってそうだ。
吉田
吉田
山崎孝太
吉田がバスケットボールを床にバウンドさせた。
吉田
山崎孝太
教室後方。 俺達は1人の男子生徒を囲って___いや、逃げ道を防いで立っていた。
吉田
山崎孝太
体育倉庫から拝借したボールは乾いた音を立てて、次々と男子生徒にヒットする。
___悪口と暴力に満ちた教室で、俺は今日も「そうだな」で武装する。
学校なんて弱肉強食だ。 護身する術を持っていないと、俺が喰われる。
吉田
吉田
当然のように俺にバレーボールが渡される。
俺は自分の身を守る方を選んだ。
だからなのか ずっと何かが胸につかえている。
きっとそれを罪悪感と言うんだろうけど、もう遅すぎる。
早く昼休みが終わらないかな と思いながらボールを投げた。
山川のぞみ
空いたコップになみなみとコーラを注ぎながら私は聞いた。
柚月
柚月
山川のぞみ
山川のぞみ
山川のぞみ
柚月
なぜか柚月君の反応が鈍い。 目をそらすとやっとポツリと呟いた。
柚月
山川のぞみ
すると柚月君がムッとして唇を尖らせた。
柚月
柚月
やや早口で言いコーラを半分ほど飲み干した柚月君を微笑ましい気分で眺めた。
少しだけ意地悪してみる。
山川のぞみ
柚月
柚月
山川のぞみ
山川のぞみ
山川のぞみ
「世界の果てまで行ってGO」も録画してるし…と思っていると、なぜか柚月君はまだ不満気な表情だった。
柚月
山川のぞみ
柚月
自信なさげにつけ加えると柚月君はチラリとこちらを窺った。
柚月
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
どうやら元彼がホラー得意と言う事実が決定打になったらしい。
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
たぶんもう何言っても無駄だろうし、もともと見たかったし柚月君の意見を尊重することにした。
柚月君は体育座りになり側にあったクッションを抱きかかえて臨戦体制?に入った。
かくして「世にもホラーな物語」鑑賞会が始まった。
「世にもホラーな物語」は2時間ほどのホラードラマの短編集だ。
一番最初のドラマは、いわゆる「掴み」であまり怖くない仕様になっている。
しかし
山川のぞみ
柚月君は抱きかかえたクッションに顔をうずめ、借りてきた兎のように震えていた。
中盤あたりからその姿勢で、ラストなんてほとんど見ていない。
完璧に「制作者の意図通り」になっていた。
しばらく柚月君は借りてきた兎状態だったけど、やがてそれが収まるとポツリと呟いた。
柚月
山川のぞみ
どう見てもアウトだけど突っ込まないことにした。
しかしこの状態で鑑賞会を続けるのも酷と言うものだ。 私は努めてなんでもない風を装った。
山川のぞみ
山川のぞみ
柚月
テレビからは、一転して笑いを誘うナレーションが流れる
しばらく柚月君は炭酸の抜けたコーラを飲みながら無言でテレビ画面を眺めていたけど、やがて小さな声を漏らした。
柚月
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
山川のぞみ
柚月
と言いながらも柚月君の口元には笑みが浮かんでいた。
柚月
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
柚月
山川のぞみ
山川のぞみ
私が柚月君のコップにコーラを注いだのと
ピンポーン
インターホンの音がしたのは同時だった。
テレビの賑やかな音と時折発生する他愛もない会話を、それはかき消した。
リビングに冷たく響くそれが、
何か不吉な事が始まる予兆のように感じた。
その人は私が玄関のドアを開けるまでインターホンを鳴らし続けた。
山川のぞみ
意識せずとも、つっけんどんな態度になった。愛想笑いを貼り付けられただけ大したものだと思う
その人は自分の非常識な行動を詫びもせず、そしてニコリともせず言った。
鳴沢真由子
鳴沢真由子
怒鳴り付けたくなるのをため息で堪えた。
私がこの人__柚月君のお母さん__と面と向かって会話するのは、ひと悶着起こして以来だ。 それなりに長い時間は過ぎたが、性根は何も変わっていない。
山川のぞみ
鳴沢真由子
山川のぞみ
私の静かな、だけどはっきりとした確信を抱いた言葉を、母親は氷のような冷たい声で叩き折った。
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
鳴沢真由子
言い返せなかった。 母親はその隙に私を押し退けて中にいる柚月君に帰るよう命じた。
柚月君は私を見て「ごめんね」と頭を下げた。柚月君が謝ることじゃない。
____年の差なんて気にしてないけど、本当に気にならないけど
私は大学生で、柚月君は中学生だって言う事実は変わらない。 母親の言葉は否定出来ない。
でも 好きの気持ちは揺らがないと思ってる。
柚月君が去り際に小さく手を振ってくれたのを見て、強くそう思った。
何があってもずっと私は柚月君を好きでいるんだって確信した。
いつもの喧騒をクラクションが切り裂いた。
塾に向かう道中、いつもの横断歩道。クラクションはそこから聞こえてきた。
見れば、横断歩道の真ん中で買い物帰りらしき老人がスーパーの袋の中身をぶちまけていた。
信号はとっくに変わっている。 信号待ちの車のドライバーが苛立たし気にクラクションを長押しした。
それを皮切りに次々と鳴るクラクションの嵐。 老人の手元は焦りも手伝い覚束ない。
道行く人の視線は老人に集まる。 野次馬と化した彼らは好き勝手に囁き合う。
「めっちゃクラクション鳴ってんだけど」 「いやでもあれはキレるって」 「物も満足に拾えねえんなら1人で出歩くなって話だよな」
精神を苛む直接的な攻撃。 止まらない嘲笑。 それは瞬く間に周囲に伝染する。
この空気は、知ってる。 俺が身を置いてる教室の空気だ。
こっちに火の粉が飛んで来ないように。皆と同じように。 「そうだな」と言わずとも俺は傍観を決め込んだ。
結局いつも重装備だ。
疲れるだけとわかっていても、強固に武装する。 クラスでもここでも、俺は誰かを傷つける。
俺が 悪い奴の手下 なら
きっと[彼女]は 勇者 だろう。
[彼女]は群がる野次馬をかき分けて、まっすぐ老人の元に歩み寄る。
[彼女]は安心させるように老人に二言三言かけた。 関西弁だった。
[彼女]は道路にぶちまけられた物を拾い始めた。
迷いはなかった。 ため息が出るほどその姿が眩しく見えた。
きっと彼女は、自分の気持ちに嘘をつかない。何かで武装するなんてことはしない。
__ずっと抑えつけていた感情が内側で爆発した__
短くてもいい。 自分の身を護る重すぎる装備を捨ててみたい。
横断歩道の方に足が動いた。
女性
女性
ぶちまけた物を拾い集め、老人を見送ると、関西弁の女性が話しかけてきた。
傍観者の俺からしたら その笑顔は眩しすぎた。自然、自嘲気味の笑みが出来る
山崎孝太
女性
山崎孝太
俺が拾ったのは、小銭数枚だけだ。
それでも老人は、何度もお礼の言葉を述べた。 始めは何もしない傍観者だった俺に。
傷つけてばかりの俺でも、傷つける以外の選択肢を選ぶことが出来た。
体が軽い。清々しい。 俺は今どんな顔をしてるんだろう。
山崎孝太
山崎孝太
山崎孝太
女性
山崎孝太
その眩しくて優しい笑顔に魅せられて、口が勝手に動いた。 それでも途中で止める。
こんなこと、初対面の女性に言うことじゃないし、 誰かに答えを委ねる物じゃない。
だからいつもよりすっきりしている胸の中で呟いた。
__じゃあ俺でも クラスのいじめに抗うことが出来ますか__
コメント
5件
関西弁の女性って、もしかしなくてもあの女性ですよね!? ここでもまた誰かを救うんですね、本当に素敵な人です…✨ のぞみさんと柚月くんのホラードラマの話も可愛らしかったです☺️ そして新キャラ君は是非柚月くんを助けて欲しい…!
新キャラが登場したり、ホラードラマ見たり、ラスボスが登場したりと今回詰め込みすぎました💦。でもどれも展開上カットするわけにはいかないんです! 私が書きたいから書いたホラードラマのくだりを除いてww 読んでくださりありがとうございます❗
待ってましたーー!