はい、はい、と
相槌紛いなものが口から出るが
私の脳内には入ってこない
何の話をされていたのか
ああ、思い出した
今、私は
誘拐されたんだ
「おい、車出せ」 と、1人が指示すると、私含め4人が同時に車ごと進み出す
スモークガラスのせいで、フロントガラス以外の窓からは外の景色が見えない
が、スモークを超えてちらちらと映る街の光が更に私の不安を煽った。
「はい」 と、返事をしようと、口を開こうとした途端
ちかちか、とフロントガラスから光が射し込んでくる
パッシングだ。と分かった次の瞬間には
1台の車が、私達の乗るバンに向かって突進していた
一拍置いて、周りからの悲鳴がバンと私達を包んだ
「おい、大丈夫か?」 と、1人の男が運転手の安否を確認するも、もれなく彼は大きめのガラスの破片が目に刺さり死んでいた
私の口から言葉にならない声が溢れ出てくると同時に恐怖が縛る
「おい、降りるぞ」 ほかの仲間と私に声をかける
1人がスライドドアに手をかけ、ノブを引き、滑らせる
完全に開き切ると同時に、刀のような物が1人に襲いかかった
嗚咽が聞こえる、彼はそのまま倒れ込み、気を失ってしまう
「おい!」と、もう1人が叫ぶも、その人も刀のような物で突かれて狭い車内で倒れ込む
もう1人がドアを閉めようとするも、気絶した1人が挟まれる形となり、閉めることが出来ない
「おいお前、こっちだ」 と、反対側のドアに案内され、スライドドアを滑らせると、腕を引っ張られ外に投げ出され、数メートルほど飛ばされた
痛い、が、なんとか起き切ると、目に映ったのはタクシーに突っ込まれフロント部分がひしゃげているバンと、そのバンに乗っていた大柄な男が、タクシー運転手のような人と対峙していた
「お前よくも!」と怒りをあらわにする男を置いて、傘がを持つ右手が動く
その素早さは、目で追うのには速すぎて見えない程の技だった
少しの嗚咽の後、大柄な男からの図太く、圧巻な、重たい殴りが繰り出される
男が勝ちを確信したかのような笑みを浮かべた後、運転手は軽々のそれを躱すと、傘の先端から鋭利なナイフの様な突起物飛び出させ
一気に、でも繊細に、男の首へ突き刺した
男は何も言わず、血を噴き出しながら倒れた
タクシーの運転手は、大きく、浅いため息を吐き出すと、どこからかメガネ拭きのような布を取り出し、大量の血が付いた傘を拭き始める
サイレンが聞こえてきた頃、運転手は布を仕舞うと、私に
「乗るか?」と一言だけ
私はボロボロだがまだ動きそうなタクシーの後部座席に乗り込む
運転手も直ぐに乗り込んで来て、鍵を刺す、鍵を捻ると、少し時間はかかったが、無事エンジンは始動した
ギアをバックに入れると、様々な破片を踏んづける音と共に、勢いのよいエンジンの音がした
「お客さん、どちらまで?」 それがその日、私が憶えている最後の言葉だ。
コメント
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面白かったっスわ! 運転手ぅぅぅぅぅ