抗う事は罪だ。抵抗してはいけない。
ずっとそう思ってた。
___だけど、僕の彼女になってくれた、6歳年上のあの人は 「違う」と言ってくれた。
僕は1人の、立派な人間だって。
吉田
通学路から外れた所にある高架下。 背中に支柱のひんやりとした感触が伝わる。
半円になって吉田達に囲まれているので、逃げたくても逃げられない。
吉田
抗う事は罪じゃない。抵抗してもいい。
あの人はそう言ってくれた。 そう言ってくれたあの人に僕は会う約束をしていた。
_____僕だって1人の人間だ。 怖くて足が震えるけど、力を入れて吉田を見上げた。
僕だって抗う権利はある。
お腹に鈍い痛みが走った。
鳴沢 柚月
お母さんが作ってくれた、夕食のおにぎりだった物が胃からせり上がって来る。 堪らず地面に膝をついた。
吉田
吉田は指の関節を鳴らしながら集団に顎で何やら指示を出した。 吉田の背後から、ガムテープを携えた秀平と信太郎が出て来た___
___と思った時には 僕は地面に倒されていた。
ガムテープを引き千切る音がすぐ近くで聞こえる。腕を掴まれた。
___両手両足をガムテープで拘束された僕に、吉田の声が降って来る。
吉田
鳴沢 柚月
先程殴られた箇所を、今度は爪先が抉った。 口に広がる酸っぱい物は、堪(こら)えていたけど外に溢れ出た。
取り巻き達の足音が遠ざかる。 きっと近くに投げ捨てた僕の荷物を漁りに行くのだろう。
吉田
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
のぞみさん、待ってるだろうな……
ごめんね。しばらく行けないかも…
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
秒針の音がリビングを走り回る。 __親権の交渉に来た(元)クソ旦那は足を組み変えると、これ見よがしにテーブルを小突き始めた。
日はとっくに暮れた。 暗がりに浮かび上がるリビングはまるで取り調べ室だ。同じく暗がりに侵食された台所にいる私は、傍観者か突っ立ってるだけのカカシか。
____嵐前。 今の夫__鳴沢 叶夢は、身動ぎ1つせずうざったいプレゼンに耳を傾けていた。
__が、ゆっくりと背もたれに背を預けると腕を組んだ。
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
クソ男が肩を竦めながら煙草とライターを取り出す。
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
(元)クソ旦那は煙草を指で弄びながら、舐めるように下から夫を見上げた。
宮原 聡志
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
宮原 聡志
ダンッ
両の拳をテーブルに打ち付ける音がリビングに重く響いた。
テーブルに置かれた拳も、肩も震えている。 自身の拳を睨み付けたまま、夫は恐ろしく低い声で呟いた。
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
鳴沢 叶夢
今度は一転して、甲高い声で夫は続けた。 ハウリングを起こしたマイクのように耳にキンキン響く。
鳴沢 叶夢
宮原 聡志
鳴沢 叶夢
再びハウリング。 そして
夫の喉が大きく波打った。不自然に唾を飲み込む音。 背中を丸めてえずく夫を、柚月によく似た顔立ちの男は、汚物を見る目で見下ろした。
宮原 聡志
宮原 聡志
(元)クソ旦那は最後まで私と目を合わさず席を立つと、未だ手中にある煙草を掲げた。
宮原 聡志
宮原 聡志
そして立ち上がるや否や、すぐにライターの火を付け、スタスタとリビングをあとにした。
見送る義理も意義も無いので、残ったのは暗がりに佇む私と、座ったままの夫。 静寂___
___はしかし長く続かなかった。 夫がフラフラと席を立った。顔色は悪く、額には油汗が浮いている。
鳴沢 叶夢
そして夢遊病者のような足取りでリビングを出て行こうとする。
「本人確認」を行うクソ男を追うつもりだ、と察した私は咄嗟にその腕を掴んだ。
鳴沢 真由子
鳴沢 真由子
手は振りほどかれた。 人形のような動きで夫は振り返り、据わった目で私を睨(ね)め付けた。
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
鳴沢 叶夢
不始末。 久しぶりに聞いた。やはり男なんて皆同じだ。
鳴沢 叶夢
バタン、と音を立ててリビングのドアが閉められた。
寒々しいリビングに残ったのは私だけ。
鳴沢 真由子
髪を乱暴にかき上げた。その姿勢のまま暫し考える。
面倒な事になった。 柚月の母親として
私はどうしたらいい。
ひ** くん、何持ってるの?
あ、先生! 見てオレ10円チョコでレアカード当てたんだぜ!
まぁ ひ** くん。勉強に関係無い物は学校に持って来ちゃ駄目よ
だってさー、家に置いとくと兄貴がイタズラすんだもん
兄貴ってサイテーなんだぜ…この前だってさ……あ、何か目にゴミが入った。 …だからオレ死守してんの
かっけぇだろこのカード
…そうだね。 本当は禁止だけど、ちょっと先生にも見せて
どれどれ…「聖戦カード。このカードを持つと、相手のカードから1枚、HPをゼロにすることが出来る」 へー、強そうだね
すっげー強いんだぜ! セーセンって何?
聖戦って言うのは、聖なる戦い。 自分の正義の為の戦いだよ
正義…
先生
きっとこれが「聖戦」だ。
オレは今「悪」と戦ってる。「吉田ひ**」を強制させる悪と戦ってる。
まさしく正義を守る戦い。 この戦いに勝ったら、証明できる。オレは可哀想な人間じゃないって。
聖なる戦い。 先生、オレ絶対負けないから
可哀想な人間じゃないって証明して見せるから
もし次会えたら、 「頑張ったね」って言ってくれるよな
吉田
鳴沢 柚月
蹴りが入るたびに視界が明滅する。痛い。苦しい。
ごめんね のぞみさん。まだ行けそうにないかも… ごめんね。
信太郎
ぼんやりと取り巻き達の声が聞こえる。 吉田の意識がそちらに向いたのが分かった。
信太郎
吉田
秀平
信太郎
吉田
鳴沢 柚月
思わず身を硬くした。 __落ちて来たのは蹴りではなく吉田の嘲笑だった。
吉田
鳴沢 柚月
可哀想。 それは、僕の事? ___体が熱くなった。
秀平
信太郎
秀平
信太郎
秀平
信太郎
信太郎
乱暴に、ガムテープが剥がされる。ぞんざいな扱い。 遊び終わったオモチャのような扱い。
_____でもあの人は。 僕を1人の人間として見てくれた。僕を必要としてくれた。
だから。 だから僕は
鳴沢 柚月
吉田
気がつけば口を突いて出ていた。 ぞっとする程 冷たい声が降って来る。
体の奥底から湧き上がる熱は、痛みも恐怖心も遠ざけた。 溢れて止まらなかった。
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
吉田
先程の冷たい声が背中を刺した。 吉田の靴の先が1歩近づく。
秀平
吉田
取り巻きの制止を遮って吉田の ____怒りに震える声が落ちて来る。
負けない。 僕は負けない。
吉田
吉田
信太郎
__取り巻きの悲鳴に似た懇願と、頬に踵(かかと)が落ちて来たのと、認知したのはどっちが早かっただろう。
肩。背中。腰。お腹。 至るところに踵や爪先がヒットする。
吉田
それに合わせて、発せられる怒声。純度100%の、僕に対する憎しみ。 僕は、負けない。
信太郎
秀平
霞む視界に、吉田の靴の先がぼんやりと像を結ぶ。 吉田はそれを忌々し気に地面に擦り付けると、肩で息をしながら呟くように言った。
吉田
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
吉田は無言で踵(きびす)を返した。取り巻き達が ほっとしたように跡を追う。
_____僕は負けない。 体のあちこちが痛いけど、口も喉も胃液で痛いけど
身を震わせながら、半身を起こした。
鳴沢 柚月
信太郎
秀平
鳴沢 柚月
吉田の足が止まった。
秀平
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
鳴沢 柚月
思い当たる節でもあるのか、秀平はチラチラと吉田に視線を飛ばす。 吉田の口元は震えていた。
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
それは悲鳴のような______…
残響が消えるのを待たずして、吉田は口元を戦慄(わなな)かせながら僕に視線を戻した。
吉田
吉田は浅い呼吸を繰り返し____そして絞り出すように長い吐息を吐いた。
吉田
信太郎
吉田
甲高い怒声が高架下に響く。 取り巻き達は顔をひきつらせながら僕に群がり、再び地面に押さえ付けた。
吉田
まるで言い聞かせるように、宥めるように 吉田は浅い呼吸を繰り返しながら、地面に散らばった僕の荷物へと向かう。
吉田
鞄を蹴飛ばし、教科書を踏みつけ、 ペンケースを掴み
ファスナーに結び付けていたキーホルダーを引きちぎった。
鳴沢 柚月
___僕の誕生日に あの人が…のぞみさんが作ってくれたビーズクラフト。 のぞみさんを模した……僕のお守り。
吉田
鳴沢 柚月
放物線を描いて、キーホルダーが落下する。 キーホルダーの顔と胴体の間に、吉田の爪先がねじ込まれる。
鳴沢 柚月
吉田
吉田
数人がかりで押さえ付けられている為 腕の1本も動かせない。 涙が零れた。
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
吉田
鳴沢 柚月
「そこまでにしとこうか」 「そこまでっす、やめるっす!」
この声は……先生?
元カレ先生?
「…………またコイツかよ」 「逃げよう吉田!」
体が軽くなった。足音が遠ざかる。
「センパイ、逃げたっす!」 「俺が行くからお前は柚月君を!」
「了解っす!」
「もう大丈夫っすよ! あ、これお水っす。これで口ゆすぐっす
片付けは俺がやるから落ち着くまでじっとしてるっす」
………………
「あ、あれ どこ行くんすか?」
「のぞみさんと…約束してるから……」
「だ、大丈夫っすか…?」
のぞみさん、ごめんね。待ったよね。
今から行くから
もうちょっとだけ待っててくれると嬉しいな…
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