黒side
りうら
初兎
悠佑
玄関の扉をくぐり抜け、自分の気持ちがバレないように仮面をかぶってから、迎えてくれた二人に微笑む。
風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしに行く途中だったのか、二人の髪は少し濡れていてタオルが首にかけられていた。
悠佑
悠佑
りうら
えへへ、と照れ臭そうに笑ったりうらを見て、心の闇が浄化されたようにブワーっとした感覚が俺を取り巻く。
やはり弟の笑顔は世界一だ。
「早く髪の毛乾かせよ」とりうらの頭を撫でてやれば、彼ははーいと返事をして初兎と共に洗面所へと向かった。
それを見届けた俺は靴を脱ぎ、上に羽織っていたパーカーを脱いで、ソファに思いきり寝転がった。
悠佑
__本来なら弟たちの前では絶対にやらない行動。
せっかく心配してくれた数少ない親友に自分勝手に八つ当たりしてしまったことを、ため息と共に悔やむ。
初兎とりうらが髪の毛を乾かしていて、多分出かけているのだと思うほとけ、いふ、ないこ、兄弟全員がいない状況だからこそ出来たことだった。
弱音を見せるのは兄としての威厳があり、自分が許せない。
ただ常に気持ちを偽り続けるのも自分には毒だから、弟がいない時になら許されるだろうと思った。
悠佑
悠佑
ドライヤーの音がピタリと止んだのに気づいて、二人がリビングに戻ってくるのを感じた俺はソファから重い体を起こす。
キッチンに入って冷蔵庫を見れば、無造作に入れられた食品たちが俺を待ち構えていて、今晩の夕食のメニューを考える。
りうら
初兎
仲良く隣で引っ付きながらリビングに入った二人は、キッチンから顔を覗かせる俺に気づいてそう聞いてきた。
悠佑
悠佑
りうら
首を傾げたりうらは初兎の服の袖を掴み、テレビ近くのソファへ彼を誘導しようとする。
だが初兎はなぜか一歩も動かず、 りうらに「初兎ちゃん?」と再び声をかけられても、俺の方をじっと見つめてきた。
思わぬ疑いの眼差しに心の中で焦りを感じつつ、「どうした、初兎」ととぼけるように彼へそう問いかける。
すると初兎は__キッチンに入って来て俺の顔を下から覗き込むと、眉を顰めて小さくポツリと呟いた。
初兎
悠佑
まるで心の奥まで見透かされてしまいそうだと思った俺は、初兎の綺麗な紫色の瞳から思わず目を逸らす。
その様子を見た初兎は「逃がさない」とでも言うように、 俺の頬を両手で包んで顔を強制的に自分の方へ向かせた。
まるで人形のように白いその肌と整った顔が視線に入って、心を奪われたかのようにその場から動けなくなる。
口内に溜まった唾液を飲み込み、初兎の発言を待っていると、彼は一息小さく吐き出して何故か悲しそうな顔で俺を見つめた。
初兎
初兎
悠佑
図星を突かれて、無意識のうちに「逃げたい」と思った俺は一歩後ろに下がって初兎の手を解こうとする。
だけど彼もまた一歩前に歩み込んできて、俺が作った境界線は軽々と超えられてしまった。
悠佑
悠佑
初兎
静かにそう返した初兎に何も言えなくなった俺は、視線を初兎からりうらに、りうらから周囲に這わせ始めた。
何も理解できないと不思議そうに俺たちを見つめるりうらが見えた俺に、初兎は「こっち見て」と命令する。
初兎
初兎
悠佑
耳元にかけていた俺の横髪が、俺の頬を包み込んでいる初兎の手にハラリと落ちてくる。
しかし初兎はそんなことを気にする素振りも見せず、ただ真っ直ぐな視線で俺を捉えると__少しばかり背伸びをして、優しく俺を抱きしめた。
悠佑
ドライヤーで乾かしたからか、初兎の髪の毛はふわふわで、シャンプーのフローラルな香りが俺の鼻をかすめた。
初兎が耳元で囁く。
初兎
初兎
初兎
柔らかくて優しい初兎の声に耳を澄ませると、まるで心を閉ざしていた扉が一気に開かれたかのように、 胸の奥からなにか暖かいものが流れ込んでくる。
ふとりうらと視線が合うと彼もまた状況が飲み込めないながらも、うんうんと大きく何回も頷いた。
悠佑
初兎
初兎
命令するでもない、かと言って見捨てるわけでもない、まるで俺を誘うかのように初兎は俺へ言い聞かせる。
その言葉に見事に釣られた俺は__感情も何もなく、無意識に口を開いて淡々と話し始める。
悠佑
悠佑
悠佑
そこまで言ったところで俺は口を閉ざした。
いくら信用できる兄弟だからと言って、この一言で今まで隠して来たことがバレてしまうという、恐怖と不安。
「早く言おう」と促す天使と、「本当に言って良いの?」と何度も問いかけてくる悪魔が、 俺の心の中で戦っていた。
ギュッと唇を噛んで顔を歪めると、ふと目の前からの初兎だけでなく、 背後からも小さな体に優しく抱きしめられる。
驚いて振り返ると、そこには俺の背中にぐりぐりと頭とないこから貰った髪ゴムを押しつける、りうらがいた。
りうら
悠佑
前まではあれだけ心を閉ざしていたりうらも、今ではすっかりこうやって人を気にかけられる立派な中学生に成長した。
子供が経験するようなことではないような、残酷で苦しい過去も乗り越えたからこそ、このりうらはいる。
もしかしたら、 りうらは既に勇気という面では大人の俺に勝っているかもしれない。
二人からどう思われるかなんて、わかったことではない。
軽蔑されるかもしれないし、嫌われるかもしれないし、喧嘩が始まってしまうかもしれない。
でも、それでも__!
悠佑
悠佑
爪が食い込むほどに拳を握り締め、二人の表情が見えないように目を強く閉じる。
もうどうなったって構わない、その一心で俺はただ自分の気持ちをひたすらに言葉として紡いだ。
自分の夢があったこと、でもそれは両親の海外移住で絶たれたこと、 だけど今でも心の奥では歌を歌いたいって思っていること。
なにもかも、出し切った。
言っている途中で辛くなって来て目尻に涙が溜まったけれど、なりふり構わず二人に向かって吐き続けた。
悠佑
いよいよ話すことさえ難しくなって来た頃。
初兎はまだ首元に抱きついてるのに、りうらも背中にくっ付いているだけなのに、言葉を遮った俺は見られるはずもない自分の表情を見られたくなくて俯く。
すると__今まで相槌も打たず、俺を抱きしめたまま話を聞いていた初兎が耳元で囁いた。
初兎
初兎
初兎
酷く申し訳ない、といつもの声よりテンションが低めの初兎は、そう言って抱きしめる力を強めた。
腰に回された りうらの腕の力も強くなる。
悠佑
悠佑
悠佑
返事の声は聞こえない。
悠佑
悠佑
そう言った後、キッチンの床を見つめたまま二人の言葉を待っていると__耳元からグスングスンと泣き声が聞こえて来た。
悠佑
初兎
悠佑
突然浴びせられた罵声に驚きつつも、初兎の頭に右手を置いて左手は小さな体を抱きしめる。
その間も初兎はただ「ばか」「あほ」を泣きじゃくりながら、 繰り返していた。
初兎
初兎
初兎
悠佑
赤子のように泣き続ける初兎に、俺はひたすら謝ることしか出来なくて、改めて自分の未熟さを感じた。
気づけば背中も濡れている事に気づいて、りうらも泣いているんだなと今更ながら思った。
初兎
悠佑
三人でしばらくの間、ここがキッチンだと言うことも忘れて泣いていると、だんだんと気持ちも落ち着いて来た。
泣き止んだりうらが「ソファで話そう」と俺たちの手を引っ張り、ふかふかの温かいソファに座らせる。
赤く腫れた俺たちの目にリビングのライトは眩しかった。
初兎
パジャマの袖で目元を擦りながら、ポツリと初兎はそう呟くと俺の瞳を真正面でしっかりと捉えた。
__その口から、 驚くべき言葉が放たれる。
初兎
悠佑
初兎
初兎
そう言って俺の右手を握りしめた 初兎は、 俺に向かって涙目で優しく微笑む。
立ち上がって俺を見下ろすりうらも、俺の左手を取って言った。
りうら
りうら
悠佑
まさかこの夢を肯定してくれるとは思っていなかったから、俺は驚きと嬉しさで胸がぐあっと熱くなる。
二人の手を握り返した俺に、初兎は笑って言った。
初兎
悠佑
りうら
悠佑
結局、弟たちのためにやっていたことが、弟たちに気を遣わせるような状況になってしまった。
だが二人は、そんな未熟な兄である俺に向かってにっこりと笑ってこう言ってくれる。
二人
〜一週間後〜
友人
友人
あれから友人にはしっかりと謝罪をして、なんとか許しをもらった。
今でも彼とは仲の良い親友として、大学で馬鹿をやったりしている。
今日は大学の講義が終わった後。
友人が自分のスマホの画面を俺に向けて、困惑したように画面と俺の顔を行き来しながら慌てて尋ねて来た。
悠佑
悠佑
俺がそう返すと、友人は目を見開く。
友人
友人
悠佑
大丈夫。
俺はまだ、 夢を諦めることなんてしない。
友人
友人
悠佑
__だって、俺の存在証明は始まったばかりなんだから。
コメント
2件
友人良い奴過ぎんか…?