TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

あの夢の中みたいに高揚した配信の日から、1週間。

私にはいつもの日常が戻ってきていた。

すみれ、昨日のイミグレの新しいガチャの星5みた!?

すみれ

見た見た!レイ様超美麗だったよね〜!

まじで今回ビジュが神すぎる…!絵師さまありがとうございますだわ…!

すみれ

ほんとそれ!ダイヤ貯めてたけどこれは引かねば…!

お昼休み。

私は親友の紬と、机をくっつけてお弁当を食べながらイミグレの話をしていた。

あーこのレイ様かっこいいなあ…!でも、私は推しイベが近いかもしれないからダイヤ節約しないと…!

すみれ

ヴィルの前回のイベントって去年の箱イベだっけ?

そう!さすがに1年半以上経ってるからもうくるよ〜!楽しみだけど怖い…!

すみれ

ねー!次イベいつかな

もちろん、ママがイミグレの運営会社の社員であることは、守秘義務というもので家族以外には絶対に口外禁止。なので、親友とはいえ、紬にも内緒なのだった。

と言っても、これまでママが関わっていたのは開発運営ではなく、広告などのPRやライブなどのメディアミックスのみ。

忙しそうにしていると、「何かリアイベが発表されるのかな?」くらいは察知できたが、

基本的に新しいガチャやイベントの情報は普通に公式から発表されるまですみれにも知らされることはなかった。

すみれ

(まあ、だからこそこうして紬と一緒に盛り上がれるんだけどね)

すみれ

(でも次の推しイベがいつかぐらいは、教えてくれてもいいのに!)

すみれ

(今回のガチャ引いて次に推しイベ来たらどうしよう!)

もちろんそんなことを聞いたって、当然ママは「いや私も知らないから」というだけで、絶対に教えてくれないのだが…

すみれがそんなことを考えながらお小遣いとダイヤの残り数を計算していると、不意に紬がスマホをいじりながら、「あ、ねえねえ」と話しかけてきた。

そういえばさ、最近わたしVtuber見始めてね?

すみれ

え!?

あ!もしかして、すみれも見てた?

すみれ

う、ううん!ぜんぜん知らない!名前くらいは、聞いたことあるけど…

あ、そう〜?

突然の話題にすみれはギクリとしたが、なんとか平静を装ってペットボトルのお茶に口をつける。

でね、このユニットの奏と紅羽にすっっごいハマっちゃったの!

すみれ

ブフッ!!

わたしは思わずお茶を吹きこぼした!

ちょっと!すみれ汚い!

すみれ

ごめっゴホゴホ!気管に入っちゃって…

も〜ゆっくり飲みな!ほらタオル

すみれ

ありがとう…

すみれは紬から貰ったタオルで濡れた制服を拭きつつ、内心ヒヤヒヤしていた。

まさか、紬がハマったのがあの2人だとは!

それでねー!「Foliage(フォリアージュ)」っていうユニットなんだけど、本当に2人とも仲がいいの!わたしの推しは奏さんなんだけどねー、声が本当に優しそうで素敵なんだ〜!ゲームもとっても強いし、それでいてガツガツしてなくて、何よりゆったりした雰囲気がね!王者!って感じで〜

すみれ

へ、へ〜

私は紬の言っていることに「わかるよ…」と心の中で相槌を打ちつつ、表情に出ないよう素知らぬ振りを続けた。

すみれ

(あの2人、そういうユニット名だったんだ…)

すみれ

(紬まで見てるなんて…。本当に大人気なんだな)

すみれ

(紅羽さんを起こすのは本当に大変だったし、傷つくことも言われたけど…)

すみれ

(私、少しでも力になれたならよかった)

すみれ

(なんだかちょっとだけ、誇らしいな)

今更2人のグループ名を知るも、もうすみれが彼らと会うことはない。

そのことに少しだけ残念な気持ちが湧いてきて、ちょっぴり悲しくなる。

すみれ?大丈夫?

すみれ

え?あ!うん!それで、そのユニット、どんな配信が面白いの?

そうそう!おすすめはね〜…えーとこれとか…、
あと、このシリーズも面白いよ!あとうたみたとかも上手だし…

これからは、ひとりのユーザーとして、紅羽さんを応援しよう。

そう思いながら、私は紬に教えてもらったいくつかの動画をチェックしてリストに入れたのだった。

『これからは、ひとりのユーザーとして、紅羽さんを応援しよう。』

そう、思ったばかりだったのに。

ママ

ごめん…!!これが最後のお願いなの…!

目の前には、両手を合わせて可愛く小首を傾げるママ。

私はママに今日の夜食のお弁当を作って、会社まで持ってきたところだった。

なのに、どうして会社の会議室に通されて、実の母を含めた大人達に囲まれているのか。

ママ

お願いっ!次のフォリアージュのライブまでの練習期間、毎日紅羽の目覚まし係をやってほしいの!!

すみれ

え、ええ…!?

私は困惑する。

だってあれは、急場凌ぎで人手が足りなくて、半分部外者の私が巻き込まれただけ。

それと、これから毎日、というのは、少し性質が違うような。

やりたくない、というわけでは決してないが、そもそも、訳がわからない。

すみれ

ママ、話はわかったけど、どうして?そういうのって、普通マネージャーさんとかがやる仕事なんじゃないの?

ママ

もちろん、それはそうなんだけど…

紅羽のマネージャー

は、はは…面目ないです…

すると、ママの隣に座っていた気の弱そうな男性が、苦笑いをして頭を下げた。

私は、慌てて口を押さえ、彼に向かって頭を下げる

すみれ

ご、ごめんなさい!決して非難する意図ではなくて…

紅羽のマネージャー

いやいや、いいんですよ。事実ですから。

ママ

もちろん、ライバーの管理もマネージャーの仕事よ。でも、私たちの事業は走り始めてすぐにバズってしまったから、今圧倒的に人手が足りないのよ。

ママ

その上、紅羽はうち一番の売れっ子。

ママ

スケジュール管理に外部との連携、新しい施策の進行管理だけで、彼は手一杯なのよ

その言葉通り、紅羽のマネージャーさんはやつれていて、顔にも生気がない。

ママですら忙しそうにしているのに、きっと休まず働いているのだろう。

ママ

すみれもわかる通り、紅羽はテコでも起きないでしょ。配信ならまだしも、ライブのダンスの練習なんて身内しかいないのにチャットの連絡だけで絶対に起きて来るわけなんてない。

ママ

でも、ライブに合わせて企業コラボとか企画を同時に何本も走らせてるから、マネが紅羽を起こしに現地に行ってる時間なんてない。

ママ

だからと言って、うちの大事な商売道具の紅羽を適当な派遣社員に任せて何かトラブルがあったらたまったもんじゃない!

ママ

だから、あなたにしか頼めないのよ…!

紅羽のマネージャー

お願いします。今回のファーストライブは、絶対成功させたいんです。あの紅羽を一発で起こしてきたすみれさんにしか頼めないんです!

大の大人2人に頭を下げられて、私も流石にたじろいた

ママの言っていることは理解できる。それでも、ただのお手伝いである私に務まる仕事とは思えなかった。

紅羽さんは、いくらVtuberとはいえ、有名な配信者だ。

ただでさえ、前回無理やり起こして嫌われてしまったのに、私がまた何か粗相をしてママの会社の所属を辞めるなんてことになったら、

一介の女子高生である私には責任も取れない。

すみれ

ママ、お願いは分かったけど、できないよ。何か不手際があっても責任取れないし…。

ママ

もちろん、責任は私が取る。それに、

すみれ

でも、やっぱり私には無理だと思うし、お断り…

ママ

それに、バイトとして当然お給料もだすわ!

すみれ

(…!!)

正式に断ろうと開いた口が、ピタリ、と止まる。

お給料。 その言葉に、脳裏にイミグレのレイ様⭐︎5イラストカードがよぎる。

すみれ

…………

すみれ

ちなみに、お給料ってどのくらい…?

ママ

そうね…。紅羽の取り分から5%ぐらいで計算して…

ママ

…2ヶ月間、夕方に起こしてスタジオに連れてくる。
その内容で、このぐらいでどうかしら?

すみれ

…………

ママがスマホの電卓で見せてきた数字は、イミグレのガチャの天井をゆうに足りる金額だった。

ごくり、と唾を飲む。

すみれ

(紅羽さんには嫌われてるし、アルバイトなんて初めてだけど)

すみれ

(くっ、背に腹は代えられない…!)

すみれ

わ、わかりました…、それじゃあ、2ヶ月だけ…

ママ

本当!?

紅羽のマネージャー

ありがとうございます!!助かります!

そう言って手を取り合い涙を流さんばかりに喜んでいる2人を尻目に、私ははあ、とため息をついた。

すみれ

(本当に大丈夫なのかな…)

すみれ

(なんだか、嫌な予感がするんだけど…)

その私の嫌な予感はすぐに的中した。

すみれ

紅羽さん?すみれです!

いつかと同じように、私はまた紅羽の家のインターフォンを押していた。

すみれ

起きてますか?今日はライブの練習日ですよ!お迎えにあがりました。

当然のように、玄関の向こうからは何の反応もない。

私はため息をついて、二度目となる合鍵を使って家に入った。

玄関入ってすぐ横の、寝室の扉を叩く。

すみれ

紅羽さん、練習日ですよ。もう16時です。30分で支度をして会社へ向かわないと。

紅羽

……………

部屋の中から返事はない。

今日は前回より時間の余裕もあるし、いきなり寝室に飛び込んでいくのも悪いと思って、私はしばらく部屋の外で扉を叩きながら声をかけ続けた。

何度か衣擦れの音がして、さすがに起きただろうと様子を見ているも、またシンと静かになって音沙汰がなくなる。

この現象の繰り返しだった。

すみれ

紅羽さん?もう入りますよ!?

20分ほど粘っていたが、キリがないので突入を決行する。

ガチャ

相変わらず室内は昼間だというのに薄暗くて、遮光カーテンがぴっちりと日の光を遮断している。

キングサイズのベッドの中央で、配信界の王者がぐっすりと眠っている。

その様子は、まるで死体のようだった。

すみれ

紅羽さん、いい加減に起きてください。

紅羽

………

紅羽さんは相変わらずの無視。

よく見ると、耳にワイヤレスイヤホンがはまっている。

すみれ

(これじゃあ聞こえないわけだよ…!)

私はまるまる無駄にした20分を後悔しながら、そっと紅羽さんの体を毛布ごと揺する。

すみれ

紅羽さん、紅羽さん!

紅羽

!!

すみれ

わっ!

一瞬、ビクリ!と驚いたように紅羽さんが体を竦めた。

私が驚いて身を引くと、紅羽さんは寝起きの鋭い眼光で辺りを見回した。

そして、私の姿を認めると、より一層眉をしかめて、もう一度ベッドに潜り込んでいった。

すみれ

あっ!!ちょっと!!

紅羽

…………

すみれ

紅羽さん!

紅羽

………ヴヴー……

野良猫が威嚇して唸るような声が、布団の中から響く。

すみれ

いい加減起きてください。今日はライブの練習日なんですよね

紅羽

………うざ

すみれ

え?

紅羽

…何であんたがここにいんの

相変わらず、紅羽さんの寝起きの攻撃力は高いようだ。 掛け布団の中から、顔も出さずに暴言を吐いてくる。

私は怯まずに、しゃんと背筋を伸ばす。

すみれ

1ヶ月間、マネージャーさんの代わりにあなたを起こしに来る仕事を任されました。

紅羽

…なにそれうざ

すみれ

聞いてませんか?

紅羽

…………

返事はない。おそらく、ちゃんと聞いているはずだ。

それでも、紅羽さんは無視を決め込んだまま、布団の中にうずくまっている。

私はほとほと困ってしまった。

前回は生存確認のために毛布をめくったら、たまたま紅羽さんが体を起こしてくれたが、

今回はもう私が誰かもわかっているので、完全に無視を決め込まれてしまったようだ。

すみれ

(それに、今回は練習だから配信を待っているリスナーがいるわけでもないし)

すみれ

(説得材料があまりに少ない…)

すみれ

(むりやり毛布を剥げるほどの仲でもないし、やっぱり前回が奇跡だっただけで無理があるよ!)

すみれ

紅羽さん…あっ!

もう一度体を揺すると、紅羽さんの長い腕がそれを振り払って、毛布の中に戻っていく。

私は呆然と、その毛布の塊を見つめた。

すみれ

…………

すみれ

紅羽さん、どうしたら起きてくれますか…?

紅羽

…………

ダメ元で聞いてみるも、やはり、返事はない。

すみれ

(も〜!本当にどうしよう!ママ!!)

私は泣きそうになりながら、ママとマネージャーさんに『やっぱり無理かもしれません…』とチャットをしたのだった。

超人気Vtuberの目覚まし係になりまして

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

46

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚