青side
いふ
何もなかった暗闇の世界から突如明るい蛍光灯のような光が入ってきて、ゆっくりと瞼を開ける。
ないこ
いふ
最初に目に飛び込んできたのは、 涙目で俺のことを見下ろすないこの姿だった。
カーテンのような仕切りや、自分が元いた場所を考えると、ここは保健室なのだろう。
多分俺が教室で倒れたのを、教師だかクラスメイトだかがなんらかの方法でここまで運んできてくれたのだ。
ないこ
胸に手を当てて安堵したように短くホッと息を吐き、ないこは苦笑する。
自分が倒れた、という事実がいまいち結びつかなくて、意味がない事はわかっていても手を握ったり開いたりを繰り返した。
いふ
ないこ
ないこ
いふ
人生で初めて授業をサボってしまった
・・・・・・いや、サボったのではなく受けられなかったと言うべきなのか。
どちらにせよ、俺にとっての初めての経験が不安を煽って、俺の胸を酷く締め付けた。
ないこ
ふと、ないこの両手が俺の左手を握る
驚いて肩をびぐっと震わせ顔を上げると、そこには聖母のように優しく微笑んでいるないこがいて。
鍵で閉ざされた自分の心の中の扉が、少しだけ緩んだ気がした。
ないこ
いふ
首を振って叫んだ俺に、ないこは語りかけるようにして続ける。
ないこ
ないこ
ないこ
__本当にそれ、 無理してないって言える?
ないこの低音で放たれた言葉が、俺の脳内に纏わりついて何度も何度も繰り返される。
いふ
ないこ
ないこが「落ち着いて」と俺の耳元で囁いてくる。
その声が聞こえたのとほぼ同時に__俺の脳内を走馬灯のように思い出が、気持ちが流れ込んできた。
いふ
黒木家 母
いふ
昔から褒められるのが好きだった俺は、親のために小学・中学と成績優秀を常に保ってきた。
その頃は初兎、ほとけと新たな弟も生まれ、両親も忙しくしていたけれどそれでも、良い成績を取れば褒めてくれる両親のために、 一人で勉強を頑張った。
黒木家 母
黒木家 母
__そんな俺にとって、 アニキは憧れだ。
長男として弟である俺たちの世話や、母親の家事の手伝いをしながら常に勉強では上位に立ち、高校では生徒会長を務めた。
まだ両親の手伝いにあまり関わっておらず、勉学だけに集中してきた俺には、その両立する姿がとてもカッコよく映ったのだ。
俺もあぁなりたい、生徒会長になって親の手伝いもしっかりする、アニキのようにカッコいい人に。
いつしか俺の目標は『アニキみたいな人』になっていた。
だからアニキと同じ高校に行って、アニキと同じ軽音部に入って、アニキと同じ生徒会長になった。
軽音部に関してはアニキを目指す前から入りたいと思ってはいたけれど、 それ以外は殆どアニキと同じを心がけた。
そうすればみんな俺のことを褒めてくれるだろう、 そんな淡い期待も込めて。
だけど__ 現実はそんなに甘くなかった。
いふ
教師
教師
男子
いふ
男子
みんな褒めてくれるには褒めてくれた
『さすがアニキの弟だ』、そんな決まった言葉だけを使って。
そして年月が経っていくうちに、 俺の『優秀』は『当たり前』に変わっていった。
あの言葉も『アニキの弟だから』という、さも俺が優秀なのが当たり前だと言わんばかりのものに変化した。
いふ
俺はアニキに憧れて、 アニキを目標に定めて今までの人生を歩いてきた。
だからアニキも褒められて、 俺も褒められるあの言葉をもらうのが嬉しいと、 普段なら感じるはずなのに。
いふ
いつもの嬉しさ、 喜びが感じられない。
むしろ悲しいとか苦しいとか、 辛いとかマイナスの気持ちが俺の心を埋め尽くした。
最初はなんでなのか、 正直自分でもわからなかった。
でも気づいたのだ。
__自分は『アニキの弟』として褒めて欲しいんじゃない、 自分を『黒木いふ』として認めて欲しいと思っている、と。
今までの褒め言葉は全て、 『アニキの弟』として言われてきた。
『黒木の弟』『悠佑先輩の弟』、 友人や教師からの褒め言葉にはこれに似たものが絶対に組み込まれていた。
アニキを目指した者としてそれは嬉しさを感じるけれど、そろそろ自分を自分としてみて欲しい。
そんな気持ちが芽生えた。
でもいきなりそんな事言って、 みんなが変えてくれるのかなんてわからない。
だからこそならなければいけない__アニキを超える、 『完璧』な俺に。
家の手伝いをして、 勉強もアニキより良い点数を取って、苦手な運動だって頑張って、歌の中でも自分のものだけを見つけて。
そうすればきっとみんなだって・・・・・・
いふ
いふ
現実に意識が戻ってきたところで、 「まろ」と心配そうな声で俺の名を呼ぶないこの声が再び聞こえてきた。
ないこ
その言葉と同時に、 家で使ってる柔軟剤の匂いが俺の鼻を通り抜けて、 頭が優しく撫でられる感触がする。
見上げると俺を見下ろして柔らかく微笑む、ないこの腕が俺の頭へと伸びていた。
いふ
声をなんとか絞り出すと、 今度はないこに優しく抱きしめられる
久しぶりに全面から感じた人の温もりに、思わずもっと欲しくなって彼をおずおずと抱きしめ返す。
そして耳元で囁かれた。
ないこ
ないこ
ないこ
ないこ
ないこ
俺の過去なんて知らないはずなのに、さっき叫んだ言葉だけを聞いて、 ないこは俺にそう語りかける。
「もう充分頑張ってる」、 その言葉が今の俺にジワジワと染み込んできて、 少しずつ目尻に涙が溜まっていく。
初めてだった、 自分の努力を認めてくれる人がいることが。
しかも心配までしてくれる人が。
溢れてきた涙は止まることを知らず、頬を伝って保健室のベッドへと流れていく。
いふ
ないこ
いふ
ないこ
いふ
そう言って、 しがみ付くようにないこの背中に手を回して抱きつくと、 相槌を打って話を聞いていたないこが呟いた。
ないこ
ないこ
__結局、子供のように泣きじゃくる俺をないこは泣き止むまでずっと抱きしめて側に居てくれた。
いふ
赤く腫れた目元を荷物を取りに行った教室の窓で確認すると、 ふと昼間教師からもらった仕事を思い出した。
いふ
ないこ
いふ
いふ
いふ
そこまで言ったところで、 背後から殺気とも取れるような謎の圧が俺を突如襲ってきた。
驚いて振り返ると、 そこにはジト目で怒りを表情に滲ませながら、俺を見るないこがいた。
ないこ
ないこ
いふ
無理するなと言われたばかりなのに、さっそく徹夜しようとしている俺に ないこは、 「ダメ!」と人差し指を出した。
ないこ
いふ
なにか謝らなければいけない事でもあったか。
倒れてしまった事、 無理していたことは先程ないこにしっかりと謝罪をしたし、 仕事が終わらないなら言わなきゃいけないことってなんなのだろう。
首を傾げる俺に、 ないこは「本当に話聞いてたのかな」と半分呆れたように言って、 言葉を続けた。
ないこ
いふ
そういえば俺がないこに抱きついていた時、そんな事言っていたなと今更ながらに思い出した。
あの時は泣いていて気持ちが追いついていなかったのだ、 許して欲しい。
ないこ
ないこ
いふ
いふ
ないこ
__どちらも本当の俺。
ぽえぽえボイスの時だって、 甘えたい自分と辛さを誤魔化す自分が心の中にいるのだ。
そして今回は前者。
ないこに話したことによって胸の中にあったつっかえが無くなり、 驚くぐらいに心が軽くなった。
ないこ
ないこ
いふ
ないこ、本当に本当にありがとう。
オレンジ色に染まった空とほんのり残る青色の空が、 俺らの影をそっと伸ばしていた。
コメント
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うああああ好き 無理しちゃダメだぞ、主さんもまろも!!