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――私立姉崎(あねさき)女学院。

 それは山の上に建つ、県内でも有数のお嬢様学校――

 だったのは、昨年までの話。

 時代の流れから共学化した今は、

 ――私立姉崎学院。

 と校名を変えている。

 まあ、名前から『女』が取れただけなのだが。

しかしそれは、校名だけの話だ。

 未だに学院内は『女の園』。

 十数名しか存在しない我々『男』は、さしずめ花にたかる害虫だろう。

 そんな『害虫』から『花』を守るため、とある組織が設立された。

 その名も、男女交際取締委員会。

 人呼んで――、

 ――カップル撲滅委員会。

万里野(まりの)

吐け! 吐くッス!

 小柄な男が、机を叩き威嚇してきた。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いや、何を?

万里野(まりの)

ネタは挙がってんスよ!

 一昔前の刑事ドラマのようなやりとり。

 しかし部屋の内装も、いかにもだ。

 部屋――教室の中央には簡素な机が置かれ、当然のように卓上ライトが置かれている。そして窓にはブラインダー。こちらも当然のように全閉され、雰囲気を作るのに一役買っている。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

おい、椎名(しいな)

 俺は、ブラインダーの隙間から意味もなく外を臨んでいる幼なじみに助けを求めた。

椎名(しいな)

何だ、五十川(いかがわ)?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いや、何なんだよ、この状況?

椎名(しいな)

ふっ

 薄く笑い、眼鏡のブリッジを指で持ち上げる椎名。

 その所作は妙に様になっており、非常に腹立たしい。

椎名(しいな)

言ってやれ、マリオ

万里野(まりの)

マリオじゃないッス。万里野(まりの)ッス!

 対面に立つ小柄な男は、威勢良く訂正を入れた。

 なるほど。このいかにも小物臭がする男は、某有名土管工と同じ名前らしい。

万里野(まりの)

五十川 九十九(つくも)!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

やかましい、フルネームで呼ぶな

 古の時代には、キラキラネームという文化があったそうだ。しかし現代では、そのキラキラがデフォルトとなりつつある。

が、俺の名前は違うベクトルで恥ずかしい。

 数字がたくさん並んでいて、却って頭が悪そうなところが、最高に恥ずかしいのだ。

万里野(まりの)

五十川 九十九!

繰り返すな、余計に恥ずかしいだろ

 しかし某有名土管工は、俺の苦言など意にも介さず、机を叩き声を荒げた。

万里野(まりの)

貴様には『男女交際』の容疑がかかっているッス!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

……は?

万里野(まりの)

貴様には、『男女交際』の、容疑がかかっているッス!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いや、繰り返さなくても聞こえてるわ

 しかもご丁寧に区切りやがって。聞こえなかったわけではなく、意味がわからなかったのだ。

……ん? 男女交際?

 そういえば、この学院には男女交際を取り締まる組織が存在する、という噂を聞いたことがある。

 確か……、

五十川 九十九(いかがわ つくも)

……あー、お前らアレか。噂の『カップル撲滅委員会』か?

万里野(まりの)

カップル撲滅委員会じゃないッス! 男女交際取締委員会ッス!

 訂正を入れる某有名土管工。

 いや、カップルをしょっ引いて強制的に破局させてるんだから、『カップル撲滅委員会』でいいだろう。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

ていうか、男メンバーもいたんだな

 てっきり女子ばかりの組織だと思っていた。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

お前、モテなそうだもんな(笑)

万里野(まりの)

し、失礼なっ! 逮捕ッス、逮捕! 公務執行妨害で逮捕ッス!

 公務ではないだろ。

ていうか図星だろ。

自分がモテないもんだから、他人の恋路を邪魔しているんだな。

かわいそうに。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

で、非モテマリオ

万里野(まりの)

マリオじゃないッス! 万里野ッス! ファイアーマリオみたいに言うなッス!

 バンバンと机を叩く某有名土管工。

 何てからかいがいがあるやつだろう。

 俺は、真面目な顔で言った。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

ボク、カノジョなんていないんですケドー(棒)

万里野(まりの)

よし、逮捕ッス。今すぐ退学ッス

五十川 九十九(いかがわ つくも)

えー? じゃあ、証拠見せて下さいよ~(笑)

万里野(まりの)

お前のその態度が証拠ッス! お前は何か気にいらないッス!

 横暴が過ぎるな、こいつ。最も権力を持たせてはいけないタイプだ。

椎名(しいな)

まあ、待てマリオ

万里野(まりの)

椎名さん、俺はマリオじゃないッス。万里野ッス

椎名(しいな)

こいつの言い分も聞いてやろうじゃないか

 そう言って、椎名は窓から離れた。

 ゆっくりと歩を進め、こちらに近付いてくる。

椎名(しいな)

なあ、五十川

五十川 九十九(いかがわ つくも)

んだよ

椎名(しいな)

本当に、身の覚えはないのか?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

ねえよ

 まあぶっちゃけ、めっちゃありますけどね。

椎名(しいな)

彼女は、いないんだな?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いるわけねーじゃん

 実は、三人いるんですわ、これが。

椎名(しいな)

嘘を吐くと、お前の為にならんぞ?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

俺がお前に、噓なんか吐いた事があるか?

 むしろ嘘しか吐いた事ないけどな。

椎名(しいな)

よし、逮捕だ

五十川 九十九(いかがわ つくも)

何でだよ!?

 俺の心の声聞こえてた!?

椎名(しいな)

こいつは、昔から息をするように嘘を吐くんだ

万里野(まりの)

確かに、嘘吐きの顔をしてるッス

五十川 九十九(いかがわ つくも)

 心外だな、おい。

はあ……

 溜息を一つ。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

……おい、冤罪でっち上げ委員会

万里野(まりの)

冤罪でっち上げ委員会じゃないッス。男女交際取締委員会ッス

五十川 九十九(いかがわ つくも)

まどろっこしいのはやめようぜ? 出すもん出せよ

 ここに呼び出されたと言うことは、確証があっての事だろう。

 証拠があるのであれば、誤魔化しても仕方がない。

 複数の女子に手を出した時から、覚悟は出来ていた。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

さあ、出せよ

椎名(しいな)

…………

万里野(まりの)

……カツ丼ッスか?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

違ぇよっ!

万里野(まりの)

食堂から取り寄せる事は出来るッスけど、自腹ッスよ?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

だから違ぇよっ! 証拠だよ、証拠!

万里野(まりの)

しょうこ!? 遂に尻尾を出したッスね!? ……彼女の名前は『しょうこ』ッスね

五十川 九十九(いかがわ つくも)

だから違ぇよっ!

 薄々感じていたが、こいつポンコツだ!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

おい、マリオ

万里野(まりの)

マリオじゃないッス。万里野ッス

椎名(しいな)

お前は間違っている

 そう言うと、椎名はこちらに近付き、言った。

椎名(しいな)

お前は、天丼派だもんな?

そういえばお前もバカだったな!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

 お前のボケが天丼だよ!

椎名(しいな)

てんどん? そんな名前の女子が……

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いねえから安心しろ

 何こいつら、疲れるんですけど!?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

いや、ないのかよ証拠?

椎名(しいな)

あったら取り調べなどしない

万里野(まりの)

その通りッス

 うん、ダメだこいつら。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

じゃ、俺帰るから

万里野(まりの)

ま、待つッス!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

何だよ?

万里野(まりの)

お前と女子が、チューしてる現場を目撃した人がいるッス!

…………

 ……いや、

いやいやいやいやいや!

万里野(まりの)

何スか?

そんなわけがない

万里野(まりの)

何でッスか?

五十川 九十九(いかがわ つくも)

 ………………いや、え~っと、

五十川 九十九(いかがわ つくも)

……カノジョなんて、いないから

椎名(しいな)

嘘だな

五十川 九十九(いかがわ つくも)

う、ううう、嘘じゃねえよ!?

 な、ななな、何を根拠にそんな事を言うのかな、かな?

椎名(しいな)

お前は日頃、高校に入ってから『モテてモテて仕方がない』と言っているではないか

五十川 九十九(いかがわ つくも)

それはお前の気のせいだ!

 くそぅ、幼なじみ!

 お前がカップル撲滅委員会だと知っていたら、そんな事言ってねえわ!

万里野(まりの)

椎名さん

椎名(しいな)

ああ、容疑者は明らかに狼狽えているな

 ……ヤバいな。

 旗色が悪い。

 ここは話を逸らすのが吉だろう。

五十川 九十九(いかがわ つくも)

な、なあお前ら!

椎名(しいな)

何だ?

万里野(まりの)

何スか?

 乗ってきた!

 畳みかけるべき所なのに、安易に乗ってきた!

 バカだから!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

何で、こんな委員会をやってるんだ?

 実際、謎ではあった。

 カップル撲滅委員会なんて、人から恨みを買う事はあっても、感謝される事はまずないだろう。

 それを引き受けた上に、容疑者(俺)を呼び出して取り調べを行っている。

そこまで積極的に、カップル撲滅委員会の業務に取り組む理由とは、一体何なのか。

椎名(しいな)

ふ、知れた事

万里野(まりの)

簡単な理由ッスよ

 椎名と万里野は薄く笑った。

椎名(しいな)

男女交際取締委員会は、生徒会長直属の組織だ

五十川 九十九(いかがわ つくも)

そ、それが何だって言うんだ?

椎名(しいな)

生徒会長にお近付きになって、あわよくばウフフな関係になる為に決まっているだろうが!

万里野(まりの)

次の生徒会長になって、権力を手に入れる為に決まってるッス!

五十川 九十九(いかがわ つくも)

…………

 俗!

 理由があまりにも俗!

 俺よりも先にお前らが取り締まられろ!

椎名(しいな)

さあ、会長と付き合う為に、

万里野(まりの)

さあ、俺が会長に成る為に、

『彼女がいると言えっ(ス)!』

五十川 九十九(いかがわ つくも)

死んでも言うかっ!

 こうして、俺とカップル撲滅委員会との死闘が始まった。

カップル撲滅委員会

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