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梨本和広
とと
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ハスタ
バンドリーダー・ハスタがドラムスティックを振り演奏をストップさせる。
ハスタ
美来
まったく、ハスタってばいつも厳しいよな~
たまにめげそうになるボーカリスト『とけちゃん』こと『時計草』本名、畑美来(はたけみらい)26才。
趣味と言えどもハスタは、バンド経験20年以上の天才的なテクニックを持つドラマーだ。11才からドラムスティックを握っている。
センターパートの黒髪をかき上げつつ
ハスタ
と念を押した。
美来
スタジオでは弱音を吐かず120%のパフォーマンスをするとけちゃんこと美来。白いレースのミニスカートとポニーテールが今日も飛んだり跳ねたりする。
スタジオで120%の力で練習をしておいて、本番のステージでは多くても80%までの熱量で演る。ここ、肝心。 毎回の練習を120%やりまくっているから、ライブハウスでは全力を出さずにリラックスした状態で100%(つまり、ほぼパーフェクト)のステージが魅せられるってわけ。
ロックバンド『美来来(みらいらい)』はロックンロールも演奏すれば、ジャジーなブルーズもする。パンキッシュな楽曲やアイドル歌謡のようなフワフワした愛らしい楽曲もある。 七変化するボーカリスト・時計草なのだ。
辰
金髪ツンツンヘアー、ギターの辰(たつ)がだるそうに言う。機嫌が悪いわけではない。そういう男なのだ。
町木
とスタジオの会計を済ませたベースの町木(まちき)
町木はフツーのサラリーマン風の男性だが、ひとたびベースを奏で始めると豹変する。ベースの弦を噛み切りそうな勢いだ。
辰
20代は時計草だけ。他のみんなは30代のお兄さんだ。 美来来は社会人バンド。と言っても時計草こと美来は只今失業中。先日カフェの仕事を辞めたばかり。 店長のセクハラに遭ったのだった。店長は執拗に美来をお茶に誘い、誘惑を仕掛けていた。ストーカー行為が発覚し、示談交渉でめいっぱい慰謝料や引っ越し費用をぶん取ったのだ。だが、200万円という額はたくさんのようでいてそうでもない。未来はのんびり屋の自分を知っているので、早く仕事見つけなくちゃ、と焦っている。
ハスタ
リーダー・ハスタの言葉が解散の合図だ。
バンド練習は毎週土曜日の午後2時から2時間だ。
みなそれぞれバラバラにスタジオ前で手を振り去って行く。
――――美来にはちょっとした憧れがある。それは……いわゆる『デス声』を出すことだ。そう、ハードコアパンクなどで、主に男の人が叫ぶ
デスです
といった野太い声、ちょっぴりしゃがれたような。
美来の声はとても澄んでいて高音だ。
その日美来は弁当店で、唐揚げと目玉焼きとハンバーグと焼き肉の入った『スンゴクすたみな弁当』を買い帰宅した。
あたし、瘦せ過ぎなのかな。それでぶっとい声が出ないのだろうか
美来はなんとしても派手に一丁デス声を轟かせたく、よく食べる。そして隔日で行う自宅筋トレも欠かさない。
お弁当を食べ終え、お風呂に入りスッキリ。ロリータチックなネグリジェ風のピンクの部屋着に着替え、美来はパソコンの前に座った。
動画サイトで……『デス声のレクチャー』とかないかな
キーボードを叩き検索。
美来
見つけたのだ、未来は。怪しげだが、見つけた。
『デス声出したい人、集まれ~』
とのタイトル動画を。
アカウントにカーソルを持って行くと
『ラミーの一生懸命』
と書いてある。
『ラミー』恐らくアカウント主のハンドルネームだろう。
なによりも目に付いたのはサムネイルだ。 全然一生懸命じゃなさそうな男性がこちらを見つめている、というもの。 ピンク色にヘアカラーされたウルフカット。鼻ピアス。魚の死んだような目。目の輝きに生命力を感じさせないが、引き締まった身体付きの色男だ。年の頃は自分と同じぐらいかな? と美来は思った。
なになに、どれどれ
瞳を輝かせ再生ボタンをクリックする美来。
サムネイルの男性がしゃべり始めた。
ラミー
暗い声だ。どこが『一生懸命』なのだろうか。
ラミー
サッと画面のこちら側に人差し指をさす華麗な姿がムカつく。
美来
シニカルに笑う美来。
ラミー
美来
美来は聴き逃すものかと姿勢を正した。
ラミー
美来
美来は唖然とする。さっきまでこの男、艶やかなアナウンサーのような声だったのに。
ラミー
美来
ラミーとかいう動画の主のオリジナリティーが強すぎて、さっきから独り言が止まらぬ美来。
ラミー
美来
突っ込む美来。
ラミー
美来
ラミー
ラミーが締めくくると、楽し気な音楽が鳴り始めた。女性のファルセットで
音楽隊
ミドルテンポの明るい曲調。
ラミーはクルッと画面に背を向け歩き始める。 少しずつ画面から離れて行くラミー。
おろ?
美来
美来はウケる。
小さくなって行くラミー。自分の部屋なのだろうか。ドアの所まで行くと振り返ったラミー。
ラミー
ボソッと、とても良いことがこの先起こりそうにない、覇気なき声で口にし、右手を上げてバイバイのポーズを取った。
美来
大爆笑しながら、ふとパソコン画面『ラミーの一生懸命』プロフィール写真近くの数字に目をやり、美来はおったまげた。
美来
こんなただの変態男になんで……。しかし二ッチな需要もあるということだろう。
それにしても、ま、言い得て妙かもね
美来は動画を消し、思った。
デス声を出せたら良いなと思ったけど、のどの構造とかあるのかなあ。出来そうにないことにこだわり続けるよりも、得意な所を伸ばせばいっか
――――まさか、この日を境に自分が『ラミー沼』にハマって行くなんて、思いもつかない美来であった。
***
ハスタ
ハスタが訊く。
また1週間が過ぎ、今日も楽しくもあり、緊張感もありのバンド練習だ。
美来
町木
エフェクターを繋げていたベースの町木が言う。
美来
と美来。
辰
おっ立てた金髪ヘアーを整えつつ、ギターストラップを首から既にぶら下げている辰が言う。
美来
ハスタ
ハスタのスティックの音が鳴り、5曲のメドレーから始める。
***
美来
ちょっとソワソワしている美来。
毎週土曜日なんだよね『ラミーの一生懸命』動画のさ、更新曜日
ハスタ
ハスタに念を押される美来。
美来
一番乗りでスタジオを跡にした。
タタタタタと駈け駅に向かい電車に乗る。
電車~、速く行け―
いや、美来。速く行ったらアウトだから、電車。危ないし。
美来は『ラミーの一生懸命』をリラックスして観るために、入浴やお肌と髪のお手入れをとっとと済ませ落ち着きたいのだ。 鑑賞中のお供は極上のドリップコーヒーだ。
美来
お祈りするみたいに左右の指同士を交差させた手を、ちょいと右に傾け、乙女チックな水色のネグリジェで、まるで人待ち顔の美来。
夜7時半に必ず新しい動画がUPされることを美来が知ったのは、例のデス声動画を観た次の週の書き込みからだった。 その日はなんとなくまたあの混沌としたデス声動画を今一度観たくなり、ラミーの所へ飛んで行ったのだ。
ラミンーのファン
ラミーのファン
ラミーのファン
およ? そうなんだ~
と美来は思ったのだった。
ちなみにその日は、ラミーファンの書き込みに対しラミーが答えるという回だった。 白いA4用紙を数枚持ったラミーが出て来た。
ラミー
ボソッ。
今夜も暗い。東京中の街の灯を全て抹殺してしまうほどの威力があるネクラっぷり。