森本美月
目を開けると、彼女の整った顔があった。
森本美月
そう言って、彼女はリビングへと向かった。
僕はスラッとしたその後ろ姿に見惚れた。
起き上がって、彼女の後を追う。
森本美月
そう促され、僕は食卓についた。
渡部瑛太
相変わらず美味しい。
彼女は料理が得意なのだ。
そのため、僕はここに来て一週間になるけれど、キッチンの前に立ったことすらない。
森本美月
焦った様子で言い、彼女はカバンを手に取った。
森本美月
渡部瑛太
玄関まで見送ると、僕は食卓に戻った。
そして、ゆったりと朝食を食べた。
時間だけはたっぷりあった。
僕は今年28歳になるけれど、無職だった。
僕は同棲している彼女に養ってもらっている。
彼女の名前は「森本美月」。
大学病院に勤める精神科医だ。
美人な上に頭も良い、パーフェクトな女性だ。
他に男はいくらでもいるのに、なぜこんな自分と同棲しているのか謎である。
僕は生活の全てを彼女に依存していた。
何か手伝おうとすると、「大丈夫、ここにいてくれるだけで、私は満足なの」と彼女は言った。
僕はそれに甘えて、のんびりと暮らしていた。
鳥のさえずりが聞こえて、窓を見た。
見えるのは森林だけだ。
伊豆高原に、この別荘は立っている。
ここは美月の家族の別荘だった。
一人でいると、僕はいつも不安になった。
この空虚さは、自分の脳内のようだった。
僕には、美月と同棲する以前の記憶がない。
それは、三週間前だった。
目を覚ますと、病院のベッドにいた。
頭には包帯が巻かれていた。
すぐに医者が来て、様々な検査をした。
その結果、僕は自分の人格以外のことを、全く覚えていなかった。
当然、交際相手である美月の顔も忘れていた。
そんな僕に、彼女は色々と説明してくれた。
僕は居眠り運転の単独事故を起こしたらしい。
電信柱に激突した際、頭を強打して病院に運ばれた。
居眠りの原因は、睡眠薬だった。
1年前から鬱病の治療を受けており、睡眠薬を処方されていた。
薬の飲みすぎで、眠気におそわれたらしい。
当時の僕は会社員だった。
上司からパワハラを受け、鬱になった。
僕は高校の同級生である美月に、鬱の治療を頼んだ。
治療を続けるうちに、恋愛に発展したようだ。
退院後、美月は記憶の戻らない僕を引き取り、より良い環境で過ごさせるために、ここへ連れてきた。
僕は会社を辞めて、美月と同棲を始めたのだ。
この日は、日曜日だった。
美月の提案で、ドライブに出かけた。
僕は助手席に乗って、美月が運転をした。
ハイウェイを走って、海へ行った。
車を降りると、目の前に海が広がった。
空は曇っていた。
十月だったため、海水浴客はいない。
僕と美月は砂浜を歩いた。
進んで行くと、白い流木を見つけた。
僕たちはそこに座った。
海を眺めていると、癒された。
渡部瑛太
僕はそう提案して、スマホを取り出した。
背景を海にするため、二人で流木に座り直す。
渡部瑛太
僕はスマホをかざして、美月に顔を近づけた。
シャッターを押した。
画面を確認すると、ツーショットが撮れていた。
渡部瑛太
森本美月
渡部瑛太
森本美月
渡部瑛太
森本美月
渡部瑛太
僕は美月にアプリの説明をした。
「AR」とは、「Augmented Reality」の略称である。
現実の世界を、仮想的に拡張する「拡張現実」と訳される。
これは、実在する風景に、バーチャルの視覚情報を足して表示できる技術のことだ。
「ARフォトグラフ」は、これを利用した写真アプリだった。
まず、好きな場所に行ってスマホで写真を撮る。
その写真を、アプリを使って場所に記憶させるのだ。
これで、そこには存在しないはずの写真が、スマホの画面を通して見ることで、浮かび上がってくる。
保存した写真は、SNSのように公開でき、その場所に来たアプリユーザーは全員見られた。
説明を終えると、僕はアプリを開いた。
地図モードにして、現在地をタップすると、さっきの写真を保存した。
そして、カメラモードに切り替えた。
スマホを流木にかざすと、画面上に、その写真が浮かび上がった。
スマホを外すと、流木の他に何もないけれど、スマホをかざして見ると、写真が現れた。
森本美月
渡部瑛太
渡部瑛太
画面をよく見ると、さっき撮った写真の隣に、もう一枚写真があることに気づいた。
他の誰かが投稿したものだろうか。
渡部瑛太
写真を見て驚いた。
そこに写っていたのは、僕だった。
そして、僕の横に、女性が写っている。
それは美月ではなかった。
小柄でショートカットの女が、僕に寄り添って微笑んでいた。
森本美月
そう言って、美月がスマホを覗き込んできた。
すると、途端に驚いた表情になった。
渡部瑛太
僕は美月に尋ねた。
森本美月
彼女は戸惑った様子で答えた。
僕が記憶を失うずっと前に交際していた女性だろうか。
写真の日付を確認した。
「2019年7月18日」と書いてある。
渡部瑛太
森本美月
渡部瑛太
僕が不思議そうに顔を見ると、彼女は目をそらした。
明らかに動揺していた。
森本美月
渡部瑛太
森本美月
美月はそう言って、僕の腕を引っ張った。
僕たちは海辺を後にした。
美月は、何かを隠しているようだった。
コメント
3件
すごく続きが気になるお話でした。楽しみにしています…!
新連載です😊 小説として書いたので、地の文多めです! 読みづらかったらごめんなさい🙂