人気の少ない夜の街
街であることには違いないが活気が溢れているわけではなかった
みな己の明日のために死にものぐるいで生を掴むのだから
その中に人でない俺も含まれるだろう
野良猫ということもあり食料問題は常につきまとい
街中にいるのにサバイバルを強いられていた
また野良猫であるだけでなく黒猫でもあった俺はもうひとつ問題を抱える
人の子が勝手につけた迷信
黒猫は不幸になるということ
俺を見るやいなやガキ共は石を投げる
人の子の最強の武器は投擲だ
子供とはいえ猫の俺とでは体格差が激しいにも程があった
つまり俺を殺めるには十分な威力を有していた
食料問題で死ぬのが先が人の子の作り出した迷信で死ぬのが先か
それらに脅えながら俺は日々を過ごす…
そんなある日のことだ
細身の男性が俺を見つけるや否や近づいてきて声を掛けてくる
その一言一言は今まで聞いてきた言葉にはなかったものばかり
俺の受けてきた言葉は人達で言う心が無い悲しき言の葉
それ故なのかこの男が話す言葉一つ一つはそれらとは比べられない何かがあった
寒い夜空の下俺の受けたその言葉は身も心も暖かくなった
不覚にもそう感じざるを得なかった
けれども俺は今まで人の子に散々なことをされ言われてきた
だからその男を俺は信じきれなかった
彼が差し出すその手を俺は爪を出して引っ掻いてそれを拒絶する
俺は最低なヤツだと分かっていた
けれどその男は諦めなかった
引っ掻かれて驚きはしたようだけど
ニコッと笑って変わらず俺にその手を差し出す
初めての温かみが目の前にあったが
俺はそれが怖かった
彼の手を拒絶しても彼は諦めなかった
こちらは敵意を出してるのに相手は敵意を出さず
俺という存在を受け入れようとしてくれた
その温かさが怖かった
境遇が境遇なだけに素直に受け取れなかった
どうすればいいのか分からなくなった俺は
彼から逃げることを選択した
それが俺の導き出した正解だと思ったから
身体の構造上俺の方が地を駆けるのは有利であった
僅かながらの人々の足の隙間をするりと抜けて逃げていく
後ろを確認することは無かった
だって後ろを見たら彼がいるかもしれなかったから
だから自分が話せたと思うまでは確認しなかった
……それから少し経った頃
相手を上手く巻いたと思った俺は後ろを振り向いて確認する
俺の水晶体が捉えたのは白い息を吐きながら追いかけてきた彼の姿だった
脚力はコチラの方が上だったはずなのに
俺は彼の執念に負けたのだ
俺の孤独を好むという思いよりも
彼の抱く俺を想うその気持ちに…
そう思った時俺の体はもう歩くのをやめた
しばらくしてヘトヘトの男がようやく俺の前まで来ると膝をおり俺の頭を撫でる
疲れてるのに彼は満面の笑みで一言
【捕まえた】
”捕まえた”同じ言葉なのにこうも気持ちが違うものなのか
俺は今まで数名に追いかけ回された
そして俺が捕まる度に人の子は口を揃えて”捕まえた”と言葉をこぼす
俺の知る捕まえたはこれから俺が不幸になることを暗示していた
けれども今回は違う
むしろその逆で温かみを感じた
同じ言葉でも同じ笑顔でもこうも違うのか
それを初めて俺は感じることが出来た
これはとある日の小雪が降り出した街の角の誰にも知られない出会いだった
彼に拾われて数週間が過ぎた
今では俺は彼を信じる事ができるほどまで心を開いていた
その中で彼について少し知ることが出来た
それは彼が画家というものであったと
簡単に言えば絵を描いてそれが価値ある物となる
そんな風にして生計を立てているようだ
最近は俺の絵を描いているようだが思い通りの作品が描けてないようだ
そんな中でも俺は初めて”名前”をもらった
【ネーヴェ】
これが俺の名前だ
名前というものにも意味があるようでこの名前にした理由を聞かせてもらった
正確に言えば一方的に告げられたかもしないけれど…
画家
画家
画家
画家
画家
画家
雪の降る中出会ったから”雪”という名前
闇夜に紛れるようなこんな漆黒の体を持ちながら
名前は人々を魅了する美しも儚い白銀の一粒である”雪”なのだ
正直なところちゃんちゃらおかしいと思う
だが名を与えられた俺からすればそんなの些細な問題ですらない
俺に居場所を与えてその上名をくれたのだ
そんな人にあれこれ言えるほど太い心は持ってない
ただ今はこの何気ない日々を俺は大事にしたい
俺なんかでも必要とされるそんな風に思えた瞬間だから
………けれど
終わりとは突然来るものだ
ある日の夕頃画家の男は突如胸を抑えだし座っていた椅子から転げ落ちる
息は荒く体も震えている
その苦しむ様を俺はただ見てることしか出来なかった
助けてくれた人を助けたいのに俺は何も出来ずただ眺めるだけ…
悔しい……
恩を返せないで彼の最後を見届けないといけないなんて
後悔してる俺を他所に彼は近くに落ちていた紙を手繰り寄せ
力ないその手文字を書き出して二つ折りにし俺の前にそれを置く
そして最後の力を振り絞って俺に伝えるべきことを伝えてくれた
画家
画家
画家
画家
画家
画家
画家
画家
画家
彼の最期も俺と会った時と同じで変わらない笑顔を見せた
ひとつ相違点をあげるならば彼の瞳からは泪が零れていた事だろうか…
想いを告げて力尽きた彼の頬をペロッと舐めてみる
肌からは温かみは消えていて少し しょっぱい味がした
そして俺は彼の残した想いある手紙を咥えあの人おなじ雪の降る街を走る
家を飛び出しひたすらに走った
目的地は俺の知らない場所
だけど体は目的地が分かっているようだった
思うよりも早く体が動き走り出す
久しぶりに感じた寒空の下はいつもよりも寒くてそして悲しみに満ちていた
行く途中子供を何人も見た
そして毎度の如く投げられる石や罵倒の数々
体中に痛みが走っても決して咥えたその手紙は離さない
心に針を刺されてもその痛みを堪えて俺はただ進む
子供達の群れを何とか抜け出して建物の屋根にと登りその上を走る
皮肉にもその姿は美しかったのだろう
あれほど人の子に嫌われた黒猫が美しく見えるなど……
蒼月が街を照らす夜
その光はまるでネーヴェの為にあるように
彼だけを照らし続けていた
屋根から屋根に飛び移るその姿は
あれほど忌み嫌われた黒猫とは思えぬほど
絵になる様であった……それこそ画家の追い求めた
黒猫を題材にした幻想的な絵そのものであるかのように
彼が追い求め生涯最後の作品にする
【蒼月の街を走る黒猫】
それを体現しているのだ
それをネーヴェ本人は知る由はない…
それからどれくらい走ったか…
体は血まみれで足もヨタヨタ
歩くことが出来ていることが奇跡に近い
そんな状態でネーヴェは画家の愛した人の元にたどり着いた
時刻はとうに夜を過ぎていた
もう遠くの山の影から陽の光が溢れ出す
そんな時間帯だ
扉の前まで何とか歩きそして遂にその膝を崩し、雪のベッドに身を委ねる
少しした後家の戸が開きネーヴェは抱えられる
彼が命を懸けて運んだその手紙は彼女の元に届いた
そして想いもまたそこに記されていた
少し時が経ち彼女の家の隣には少し大きめな墓標がひとつ建っていた
その墓標には二つ何者かに向けた言葉が彫られている
【愛しき人】 【雪の配達員】 彼らの想い御魂ここに眠る
雪の上でも映えるような色鮮やかな花々と”二人”の想いがある手紙が置かれている
雪が熔け液状になったからか最初の名前の部分は掠れていた
ーーへ 君には本当に申し訳ないと思っている 君の静止を聞かずに飛び出した僕を恨んでいるかもしれない 君への愛がないと思われたかもしれない 幻滅されたとしてもそれは仕方ないこと そう僕は思っている
だから最期にそれを謝りたかった 僕のわがままを聞いてくれてありがとう そして君の元に戻れなくてすまない 夢半ばで僕は力つきてしまった 僕は何も得れなかった 成果を君に届けられなくてすまない
ただここを出てからも君のことを忘れた事は1度もない 常に頭の中にも心の中にも君が住んでいた そしていつか訪れる君に会う日のために 最高の一枚絵をプレゼントしたかった
作品はもう書けないけれどタイトルはここに形として残せるよ いつか2人で話した黒猫のを題材にした絵 【蒼月の街を走る黒猫】
この絵を君に届けたかったけどそれは叶うことは無い でもね代わりにあの街で素敵な出会いがあったんだよ 僕らの話した理想の黒猫それにさ
彼に僕の想いを綴ったこの手紙を持たせているから分かるだろう もし彼の身が傷だらけだったなら手当して欲しい 彼もまた僕と同じはぐれ者だったんだ
長くなったけれどこれは伝えておきたい 大好きだよ……ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
ネーヴェ
そう告げる彼女の周りを小雪がしんしんと降り続いていた
コメント
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話の大元はバンプオブチキンのKという曲から頂きました この話読む時BGMでしんみりした曲流すとそれっぽくなります
黒猫の配達便.......ヤマト?