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チキンは注文しなかった。 隣人が感じ悪かったから。 ただそのかわり少しボリュームを大きめにして映画を観た。 それからビールも飲んだ。
芸能人なのに感じ悪いとか。 ファンじゃないからどうでもいいとか、そういう事なのだろうか。 だからって初見で"あげないよ、食べたいならご自分でどうぞ"なんて言う? 言わない。 しかもあんな鼻で笑いながら、馬鹿にしてるみたいに。
ホソク
独り言のボリュームはテレビのボリュームに負けず劣らずの大きさだった。
やっぱりチキン注文しよう。 むしゃくしゃを美味しさで払拭する為に、と言い聞かせて携帯を触ったのだけれど"隣は芸能人"というワードが先行して、フードデリバリーアプリより先にgoogleを開いた。
誰だ、あの人。 見た事ある気がする、でもどこの誰だ。 一瞬だけ見た姿を思い浮かべる。 グレーの髪と白い肌で、目が割と小さめで。
ヒントを適当に検索バーに入力する。 半ば"こんなので出るわけないか"と思いつつ。 映画の音が五月蝿くてボリュームを少し下げた。
ホソク
映画より確実に俺の声の方が大きいくらいのボリュームに下げた。
でもそれでも良い。 検索に出て来た人物が隣人で合っていたから。
ホソク
遡る事数十分前に会った時とはまるで別人のような写真がずらずらと出てくる出てくる。 でも面影があり過ぎて、この人じゃないなどと全く否定する余地もない。
通りで見た気がする訳だ。 俺の同期がグループ自体の大ファンでライブに行ってってそんな話と写真を見せられた事があった。 だからだ。
ホソク
なんて独り言を言った後で、インターホンの腑抜けた音が鳴り響く。 ボリュームを下げたせいでその音がやたら大きく聞こえたのは俺のミスだ。
ホソク
携帯の画面に表示されてる時間は23時過ぎ。
不審に思いつつも流石に大人として居留守はモラルというか良心の呵責で無理そう。
ホソク
万全のセキュリティを抜けて直接部屋のインターホンを押せるのは住民しかいない。 そして声が返ってくる。
ユンギ
隣。 反対の隣かと思えれば良かったのだけれど、その声は多分さっき聞いた低い声と一致している。 なんで玄関に来ちゃったんだろう、なんて大人として良くない後悔に無音で顔を歪ませた。
でもその後すぐに一呼吸で自身を落ち着かせて
ホソク
玄関のドアを開けた。
やっぱり。 ユンギだ。
しかも遠くからは小さく見えたのに、意外と背が高いのがまたちょっと癪に障る。
ユンギ
ぶっきらぼうに差し出された袋から、ふわっとチキンの匂いがした。 その袋もよく見たらチキンの店の物だ。
ホソク
ユンギ
ユンギの円な目は俺を見たりチキンを見たり忙しない。 受け取って良いものかどうか。
ユンギ
ユンギ
勝手に持って来て勝手な事を言ってのけた。 でもそう言われたらチキンの香ばしい匂いも相まって受け取るしかなくて、紙袋を両手で受け止めた。
ユンギ
そう頷いたユンギはそのまま自分の部屋の方へ。 いや、ちょっと。
ホソク
足で玄関のドアを止めて不意に呼び止めてしまった。 もう自分の部屋へと続くドアノブに手を掛けた状態のユンギが俺の方を見る。
ホソク
どんな形であれ、どんな相手であれ。 貰ったからにはお礼は言わないと。
"これ"と言ったのはチキンの事で、ユンギがしたみたいに軽く持ち上げて見せて言った。 ユンギの口角が微かに上がったように見えた。
ユンギ
ユンギ
ユンギが、笑った。 数十分前の笑いとは違う方のやつ。 呆然とする俺に手をヒラヒラと振って、ユンギは自分の家の中に消えていった
さっき見た画像の中にあった笑顔と全く同じ笑顔で、改めて"本物だ"なんて。
ユンギから貰ったチキンは本当に半分もなかったけど、美味しかったしお腹より心が満たされた気がした。
まさか隣人と早々に顔を合わせる事になるとは、異例だ。
嫌だなんて事は思わないけれど、逆に"良かったのだろうか"なんて事は思った でもユンギはチキンをくれたし笑ってたから、それが答えなんだと思う事にした。
俺も何か少しでも返すべきか否かを考えていたのだけれど、それっきりユンギと顔を合わせる事はなくて。 ただたまに物音がした事で、勝手に生存確認だけはしていた。
まぁ隣人なんて普通はこんなもん、と思い始めた頃、俺の引越し祝いの日がやって来た。 時間はあっという間に過ぎるものだ。
集まった同期は六人。 男女比3:3という良い比率だ。 別段、その同期のその中で惚れた腫れたなどという話しはないが、それは"今"の話しだけである。 からして、もしかしたらこの引っ越し祝いの席でそういう気持ちを抱く人もいる可能性はゼロとは言えまい。
ホソク
同期を三人引き連れて訪れたジンヒョンの手にチキンの袋が一袋。 後から注文すれば済む事を。
ジン
ジン
ホソク
受け取った袋に印字されているチキンの店の名前は見た事がないもので、確かに美味しそうな匂いがした。 今日オープン…そうだ。
ホソク
ジンヒョンは勿論要らないって言ったのだけれど、それを聞かずにキッチンへ向かった。 半分くらいの量を皿に乗せて、もう半分はそのまま箱に入れたまま。
ジン
不思議そうなジンヒョンがそれを覗き込んで言ったけれど、六人なら食べられるだろう勿論。 でもそうじゃなくて。
ホソク
依然として不思議そうなジンヒョンを残して、チキンの入った袋を持って部屋を出る。 そしてすぐ隣のドアへ。
居るかどうかなんて分からないけれど、居たらあげればいいし居なければ六人で食べれば済む事だ。 インターホンを押して数秒待つ。 居ないかも…? 相変わらず静かな通路には俺以外の人影がない。
居ない、か。
諦めて踵を返すと袋が揺れてガサガサという音だけがそこに響いた後で、カチャンとドアが開く音がした。