ミノリカワ
そんな、どうして……。

ユキノ
(なんで……じゃねぇんだよ。ここでお前と同じカードを出したら、シンタの心象が悪くなるだろ?)

ユキノ
(わざと外したんだよ)

ユキノ
ごめんなさい、やっぱり報告するのなら【両親】かと思って。

シンタ
――もう亡くなってるのに?

シンタ
随分と前に、2人とも。

ミノリカワ
なるほど……【両親】が亡くなっているのならば、そこに連絡されても痛くとないし痒くもないな。

シンタ
それに、もしあんたが関係を強要したのであれば、それは会社の責任にもなり得る。

シンタ
つまり、ユキノにとって【会社】という選択肢も、実のところ痛くも痒くもない。

ユキノ
……私はただ、優先順位をつけてるだけ。

ユエ
あの、ユキノさん。

ユエ
私、自分のことを、世の中一般的にビッチと呼ばれる部類の人間だと思っています。

ユエ
初対面の方であっても、例え彼女がおられる方であっても、家庭を持っている方であっても抱かれます。

ユキノ
そ、それがどうしたの?

ユエ
人間なんてものは、所詮はその程度なのです。

ユエ
どれだけ文明が発達しようが、いまだに人間は本能という三大欲求にさえ勝てずにいる。

ユキノ
な、何が言いたいの?

ユエ
――いい女ぶるのは、やめにしましょうと言っているのです。

シンタ
あの、ユエさん。

シンタ
ちょっと僕が提案させて欲しいのだけど。

ユエ
はい、なんでございましょう?

シンタ
これをやりきったら、約束通り2人を赦します。

シンタ
ただ、妻がどこまでミノリカワに本気だったのかも知りたい。

シンタ
逆に言えば、どこまで裏切ることができるのかを見てみたいんです。

シンタ
本当は、結果はどうであれ、ユキノとは離婚しようと思っていました。

シンタ
でも、ユキノのことを信じたい気持ちもある。

シンタ
万にひとつかもしれないけど、本当に関係を強要されていた可能性もある。

シンタ
だから、お互いにカードを全部使い切って終わった場合……ユキノと再構築を考えようと思います。

シンタ
曲がりなりにも好きになって結婚した相手なんだから、これくらいはいいでしょう?

ユエ
――素敵。

ユエ
とても素敵な提案でございます。

ユエ
あぁ、ユキノさんが羨ましい。

ユエ
だって、私を心から愛してくれる方などいなかったから。

ユキノ
(この女……本当に頭をおかしいんじゃないの?)

ユキノ
(ただ、これは願ってもないチャンス)

ユキノ
(シンタの心象がどうのこうのって問題じゃなくて、単純に着地点が見えた)

ユキノ
(つまり、ここで課長を徹底的に裏切れば、再構築が望める)

ユエ
さて、シンタさんのご提案……ミノリカワさんからすれば、実に無慈悲ではありますが、ユキノさんにとっては希望があると思われます。

ユエ
当番組としては採用しようと考えていますが――。

ミノリカワ
もう、この関係が表に出た時点で、無事では済まないだろう。

ミノリカワ
別に採用してもらっても構わない。

ミノリカワ
もう、下手に格好をつけても惨めなだけだから。

ユキノ
シンタがそう言ってくれるのなら、是非。

その言葉に、ユエがうっすらと笑みを浮かべたのは気のせいだったのか。
ユエ
それでは、次のカードをお出しください。

ユキノ
(ここまで来てしまえば簡単。私の手札は【会社】と【旦那】の2枚。あちらの手札は【両親】と【旦那】の2枚。つまり……)

ユキノ
(互いに【旦那】を出さない限り、絶対にかぶらない。よって出すのはもちろん……)

ユエ
素晴らしい……これでユキノさんの【会社】にも連絡が行きますが、もとよりお2人は同じ会社ですから、痛くも痒くもないですね。

ユエ
一方、ミノリカワさんはユキノさんの【旦那】を選択。

ユエ
それぞれのアドレスにメールを送信します。

ユエはパソコンを操作して、メールを立て続けに送る。
ユエ
さて、消化試合になってしまいましたね。

ユエ
残りのカードをお出しください。

ユキノ
(これで残りのカードは【旦那】と、あちらは【両親】のはず)

ユキノ
(つまり完走!)

ユキノ
(これで最悪の状況は回避できた)

ユキノ
(最悪、会社は辞めるにしても、シンタと再構築して、専業主婦でもやってればいい)

ユキノ
(養ってもらうことがどれだけ楽か知ってるだけに、ここで離婚はないわ)

ユキノ
(でも、ちょっと火遊びがすぎたかな。次からは気をつけようっと。もちろん、シンタにもバレないように気をつけないと)

ユキノは【旦那】のカードを出し、ミノリカワは【両親】のカードを出す。
ユエ
これにて終了でございます。

ユエ
シンタさん、これにて2人を赦す……ということで構いませんね?

シンタ
まぁ、約束ですからね……。

シンタ
ただ、しっかり最後の送信先にメールを送ってからです。

ユエ
そうですね。ならば、せっかくですので、最後のメールはそれぞれに送信していただきましょうか。

ユエはパソコンを操作すると、まずミノリカワを呼んだ。
ユエ
ミノリカワ様、宛先を確認の上、送信を。

ミノリカワ
はい。

ミノリカワ
もう、これで俺も終わりだな。

ユキノ
(そうよ。ただし、終わるのはあなただけ)

ユキノ
(私は再構築の道を模索しながら、ゆうゆうと専業主婦でもやらせてもらうわ)

ユキノ
(もちろん、家事はこれまで通り半々か、少しシンタが多いくらいで)

ユエ
では、ユキノさん。どうぞ……。

ユエ
宛先をしっかりと確認した上で、送信してください。

ユキノ
はい――。

ユキノはパソコンの前に進むと、すでに作成してあるメール画面を確認。
ユキノ
(アドレスに自分と妻の名前を入れてるとか、正直気持ち悪くて仕方がないわ)

ユキノ
(でも、生きていくためには我慢も必要だもんね)

ミノリカワ
ひとつだけ――何度か、君に注意したことがあったね。

ミノリカワ
取引先にメールを送る時は、宛先はもちろんだけど、転送先も確認しろって。

ユキノ
――えっ?

ユエ
ふふふふっ……ミノリカワ様がさきほど確認したのは、ユキノさんの旦那様に送るメールのサンプルでしたからね。

ユエ
その時に気づかれていたのでしょう?

ユキノ
え?

ユキノ
え?

ユキノ
え、なにこれ――どういうこと?

ミノリカワ
だから最初に【会社】だと言ったじゃないか。

ミノリカワ
あの時、双方が【会社】を選択していれば、情報の漏洩は会社だけで済んだんだ。

ミノリカワ
でも、こうなった以上、もうどうにもできないよ。

ユキノ
て、転送……。

それこそ【旦那】に向けて送信されたメールには、何件……何十件という数の転送先が追加されていたのだ。
ユエ
お2人が穏便に済ませようとするなら、ダメージが全くない【旦那】にメールを送り、和解成立とすべきでした。

ユエ
しかし、実のところ【旦那】さん宛のメールには、最初から数多くの転送先が追加されているという、実にユニークな罠でしたのに。

ユエ
ミノリカワさんに気づかれた時はどうしようかと思いましたが、結果的には良かったです。

ユキノ
え、誰に送られたの?

ユキノ
ねぇ、これどこまで?

ユエ
会社、親族はもちろんのこと、ご友人からご近所様、挙げ句の果てにはスキャンダルを生業にしているインフルエンサーの方など、あなたの人生に関わる方で、宛先が分かる方全てが追加されてますよ。

ユエ
CCに――。

ユキノ
そ、そんな……。

ユキノ
(でも、これで和解は成立だし、シンタとも再構築を――)

シンタ
……さっき言ったよね?

シンタ
再構築を【考える】って。

シンタ
ユキノの周囲だけならまだしも、ご近所さんにまでばれたら、恥ずかしくて外も歩けない。

ユキノ
は?

ユキノ
約束が違う!

シンタ
約束は守るよ。

シンタ
再構築を【考える】から。

シンタ
まぁ、あまり期待はしないでね。

ユキノ
そ、そんな――。

ユキノはその場に崩れ落ちると、呆然と天井を見上げることしかできなかった。