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「八月の桜」
プロローグ
〜咲いた花なら〜
── 空は、青かった。
あまりにも澄んでいて、 どこまでも抜けるようで。
けれど俺の記憶の中で、 それは決して穏やかなものではなかった。
この青の向こうに、俺たちは数えきれない怒りと、悲鳴と、炎を見た。
何十機もの戦闘機が交差し、 咆哮のようなエンジン音が空を引き裂き、焼け落ちる都市の光景を、 俺は決して忘れない。
硫黄島。沖縄。そして、東京。
どの名前も、まだ胸の奥を焼くような 感覚とともに蘇る。
あの日々の記憶は、いくら時間が過ぎても、色褪せやしない。
そして、その記憶の中には、 あいつがいた。
軍服に身を包み、肩を怒らせ、 言葉より先に背中で語るような男。
何を思っていたのか、当時の俺には理解できなかったけれど。それでも、 確かに思っていた。
この”敵”は、どこか俺と似ていると。
他国が語る「狂気」とか「暴走」という 言葉では片付けられない、 何かを抱えていた。
それは責任か、誇りか、あるいは ただの生真面目さだったのか。
でもそれが、俺には妙に…… 沁みた。
「敵に情を持つな」 そう叩き込まれたけれど、心はそう簡単にできちゃいなかった。
──日帝(おまえ)は、俺の記憶に、 敵以上の存在として刻まれていた。
それから、長い時間が経った。
終戦。占領。復興。そして冷戦。
俺は世界の中心で在り続けながら、 時に迷い、時に失い、 それでも前を向いてきた。
けれど、どこかでいつも思っていた。
「おまえなら、 これをどう見るんだろうな」って。
「今の世界を、おまえは……許せるのか、誇れるのか」って。
もちろん、そんな問いを投げる相手はもういないはずだった。
日帝は戦後、姿を消した。魂のように、 国の記憶からも意図的に遠ざけられて。
俺もまた、それに倣った。 忘れたふりをした。
──だが、忘れられなかった。
毎年夏が来るたびに、胸の奥が疼いた。
そして、今年── 終戦から八〇年という節目の夏。
俺は、ついに「あの場所」へ足を運んだ。
靖国神社。
善悪も評価も、いまだ議論が絶えないこの場所に、俺が再び立つ日が来るとは 思っていなかった。
蒸し暑い空気。蝉の声。ゆれる日差し。 そのすべてが、まるで時を 巻き戻すようで、俺は一歩ずつ、 石畳を踏みしめていた。
拝殿の前で立ち止まり、帽子を脱ぐ。
目を閉じる。何も祈らなかった。 ただ、思った。
──もし、おまえが、 ここにいるとしたら。 ──俺に、何を言うんだ?
そのときだった。
背後で、風が吹いた。
風鈴が鳴るような微かな音と共に、 空気の質が変わった気がした。
振り返った先に、誰かが立っていた。
それは、ありえない姿だった。
けれど、俺は一瞬で分かった。
あれは夢でも幻でもない。
"あいつ"だ。
あの日と変わらぬ軍装。
姿勢は凛として、目はまっすぐ 俺を見据えていた。
ただ、どこか淡く、光に透けて 見えるようなその姿が、 現実との境界をぼやかしていた。
「……日帝?」
俺は、かすれた声で名を呼んだ
時間が、止まった気がした。
周囲の音が遠のき、 蝉の声すら耳に入らない。 俺の心臓だけが、 やけにうるさく鳴っていた。
八〇年分の問い、想い、言葉が 胸の中に渦を巻いていた。
でも、声になったのは、 たった一言だけだった。
「………なんで……」
なんで、今になって。 なんで、姿を見せた。
なんで、おまえは── まだ、俺の前にいるんだ。
日帝は静かに目を細めた。
「蝉の声は、変わらんな。」
俺は、何も言えなかった。
日帝は一歩、俺に近づいた。 そして、かすかに笑った気がした。
「お前が、 ここにいるとはな。」
俺は、ようやく息を吸い、そして吐いた。
ああ、これが、あいつだ。 俺の記憶の中の、 あの時のままの日帝だ。
──これはただの奇跡じゃない。
これは、何かが始まる"兆し"だ。
八〇年という時を経て、 俺たちはまた、出会ってしまった。
これから始まる"あいつ”との時間が、 何を意味するのか。 俺はまだ、知らない。
けれど──
俺の中の"あいつ"は、 ただの記憶じゃなかった。
ずっと、ここにあったような気がした。
言葉にできない想いだけを抱えて、 俺はこの邂逅ずっとを望んでいた。
──やっと、おまえに会えた。 この、青空の下で。
Thank you for reading!!
続きはネップリにて お楽しみください!
コメント
1件
コメント失礼致します。ギャァァアア!!!気になりすぎますぅぅぅ