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硫黄島 1944晩秋
船の揺れが腹に響く
潮風に混じった機関油の臭いが鼻をつく
一郎は曇天の下 波立つ海を見ながら静かに息を吐く
隣では修造が顎をさすりながら呟く
修造
彼らの目線の先にあるのは 暗く荒れた島影
硫黄島
それは本土から離れた絶海の孤島
舟に詰め込まれた兵士たち皆 重苦しい沈黙の中 その島を見つめていた
兵士A
誰かがボソリと呟く
確かにぱっと見ればただの島だ
だが 一郎にはその奥底に潜む運命の影が見える気がした
船が浜に近づくと 兵たちは命じられるままに荷物を抱え 次々と甲板を降りていった
一郎もライフルを肩にかけ 足元の不安定な砂を踏みしめながら島へと上陸する
熱い
浜に降りたった途端 全身にまとわりつく熱気が襲った
潮の香りと共に どこか硫黄のような異臭が鼻をついた
硫黄島、名前どうりの臭いだ
振り返ると修造も不安そうに鼻をしかめている
修造
一郎
自嘲気味に笑いながら 荷物を背負い直す
周囲には 既に到着していた部隊がいた
兵たちは汗だくになりながら物資を運び 掩体豪を掘り進めている
その中心に見えるのは 栗林中将の姿だった
遠巻きに見えるだけだったが その背筋の伸びた立ち姿に威厳を 感じた
そんな中_____
藤本軍曹
突然の命令に兵たちが一斉に顔を上げる
軍曹が指さした場所は 岩盤だった
修造
思わず呟いた修造に軍曹が歩み寄る 鋭い視線が修造を射抜いた
藤本軍曹
その低く静かな声に 誰も逆らえなかった
兵士たちは黙ってツルハシを持ち上げ 作業にとりかかる
ツルハシを振るう音が響く
硬い岩に刃が当たり 火花を散らす
一郎は腕にたまる疲労を振り払うように して何度も何度も振り下ろした
すぐに腕が痺れ 息が切れる
しかし止まれない
後ろを振り向けば 藤本軍曹の鋭い眼光が光っている
どれほどの時間が経ったか
額から流れ落ちる汗が 砂に吸い込まれてゆく
藤本軍曹
ようやく軍曹の声が響き 兵士たちはその場にへたり込んだ
待ちに待った飯の時間だ
しかし
飯盒を開けると麦飯だけが詰め込まれていた
兵士Dが箸を差し込んだ瞬間 不安そうな顔をする
兵士D
修造
ボソリと呟く修造に兵士たちは苦笑いをした
修造
一郎
修造
修造はニヤリと笑う
一郎はふと故郷を思い出した
一郎
兵士B
兵士C
その言葉に兵士たちが顔を合わせ笑い声をあげる
しかし笑いも長くは続かなかった
修造
修造が軍曹を見ながら呟く
軍曹は飯盒をそっと覗き込こんだ
軍曹は無言のまま腰の兵糧袋から何かを取り出した
それは白米のおにぎりだった
場が沈まり返る
兵士たちの視線が 一斉に軍曹の手元に注がれた
軍曹は気にも留めず ゆっくりとおにぎりを口に運ぶ
砂混じりの麦飯とは違い しっとりとした白米の輝き
それがどこから手に入ったものか 誰も聞けなかった
ただ 羨望と空腹の視線が軍曹に向けられる
軍曹は一口また一口とおにぎりを噛みしめた後 淡々と呟いた
藤本軍曹
その一言に誰も文句を言えなかった
兵士たちは黙々と麦飯をかきこみ 無言のまま箸を進めた
夜が更け 浜は静寂に包まれた
兵士たちは微かに掘られた洞窟で 警戒を続けるもの 交代で眠るもの
一郎もまた 洞窟の壁に持たれながら目を閉じた
砂混じりの風が頬を撫でる
戦いの幕開けは すぐに迫ってくる