フレンチコネクションさんリクエスト
突然お腹に腕が回って、背中には暖かい温度。
ut
ベランダの柵に腕を引っ掛けた彼女は、淡い笑みをその頬に飾っている。
灰皿と一緒に置きっ放しのライターで先端から焦がしてあげて 自分も一本咥えれば、不意に翳った視界に濡れた毛先が揺らぐ。
彼女の瞳がぐらりと揺らいで、慌てるようにそれを拭って隠した。
初めてじゃない
今までも何回か、こうして悲しい表情をするときや、大きな瞳から涙を零しそうにしたりしているのを見たことがある。
ut
軽い気持ちで聞いてみると、苦しそうに視界を落として、錆びた柵をぼんやりと見つめていた。
今まで何回も見てきた表情なのに、なんだか放っておけなかった
付き合った当初から、ぼーっと一点を見つめたり、溜息をついたりする事が何度もあった
今回も、それと同じものなのに、ここでそのまま流していたら後悔する気がした。
でも雰囲気は違えど、紫煙を空気に融かす彼女は今までと何も変わらないから、不思議な感覚だ
ut
今まで柔らかかった彼女の声が、突然鋭利になった。
燻らせる煙が、ゆるやかに融けていく
ut
言葉を零すと、同時に涙も流していた
止まる勢いのない涙が、頬を滑り落ちてはベランダのコンクリートに染みを作っていく。
言いにくそうに、ゆっくりと彼女の口から紡がれた言葉を理解するのに時間が必要だった
まだ1口しか吸っていない煙草を灰皿に擦り付けた彼女の視線は下を向いたままだ。
ut
散々悔しそうに泣いた後に、彼女は澄ました笑みを顔に貼り付けた
だけどまた今にも泣き出しそうで、鼻をすする音が静かな街に響いた
ut
ut
心配する言葉よりそんな言葉が出てきたことに驚きながらも、彼女はきっと心配されるよりこっちの方が断然心が楽になるだろうと思った
ut
ut
彼女の唇は微かに震えている。
そっと唇を重ねると、冷えた彼女の頬に、紅梅色が咲き乱れた
ut
俺の背中に腕が回って、そっと抱き寄せられた。
淡々としているつもりだけど、本当は物凄く怖くて、彼女にそれがばれないように必死だった
ひとつ頬を滑り落ちた涙を、彼女に気づかれないように拭って、朝日の差し込む室内へと戻っていく。
ちょい、と服の裾を握られる
振り返ると、つま先立ちの彼女が自分から唇を合わせてきた。
初めてのことじゃないのに、なんだか落ち着かなくて。
そんな事されたら別れが苦しくなるだけなのに、理性が吹っ飛んだ俺は、何度も彼女と口付けを交わす。
ut
そしてまた布団の中に潜り込んで、太陽が真上に来る時間帯まで眠りについた。
それから、彼女は半年生きた。
彼女の死が判ってからもう数年は経ったと言うのに、まだ会う女性を彼女と重ねてしまうし、煙草だって吸いもしないのに彼女の好きな銘柄を買ってしまう
無意識のうちにベランダに繰り出されていた俺は、またライターで先端を焦がして
1本咥えては、頭を過ぎるのは彼女との思い出ばかり。
ut
煙が舞って、空気に融けていく
きっとこの先、俺だけが彼女の事を忘れられないまま歳をとっていく。
明日は彼女の命日だ。近所の花屋で彼女の好きな菊の花でも買っていこう。
そんな考えが頭を過ぎる、まるであの日と同じような朝のことだった。
コメント
1件
!?めちゃくちゃ凄いです!ありがとうございます!! 本当に情景描写の書き方好きです、、、!ブクマ失礼します!