アミキティア魔法学校に入学してから2週間。
最初は戸惑いの連続だった魔法学校や寄宿舎での生活にもなれた頃に、新入生全員が大教室に呼ばれた。
大教室というのは、約300人が入れる大きな教室で、正面の教壇に向かってアーチ状の席が階段のように並んでいる。
新入生200人くらいであれば余裕で入れるので、講堂を使うほどではない集会はここで行われる。
教壇にはストリクト先生の他に、若い男の先生と女の先生が立っている。
男の先生の方はプルムス先生。
グレイのスーツにフレームレスメガネという、いかにも先生という見た目をしている。 一般授業の指導を受け持っている先生で、初歩的な質問にも嫌な顔をせずにきちんと教えてくれる優しい先生だ。
女の先生の方はウェヌス先生。
ボディラインのメリハリがはっきりしている服の上に、ワンサイズ大きい白衣を羽織っている。 ぼくは初めて見る先生だけど、保険養護教諭……つまり、保健室の先生らしい。 他に魔法研究家としても活動していると紹介された。
ちなみに先生達の名前は本名ではなく、魔名《マナ》という魔法使いとして名乗る名前らしい。
生徒全員が着席したところで、ストリクト先生が話し始めた。
プルムス先生
教壇の上の大きなスクリーンに、健康診断に関する注意事項が表示された。
ぼく達は後ろの方に座っていて字が読みにくかったので、タブレットを起動した。
学校内での連絡用アプリがあり、健康診断に関してのお知らせメールを着信していた。
健康診断のおしらせ 新入生の健康診断を行います。 診断項目:身長、体重、視力、聴力、魔力、魔法属性 魔法具《マギアルーツ》を所有している生徒は性能の確認があります。 他、診断結果により各自問診があります。 大教室で待機し、呼ばれたら寄宿舎の部屋番号順に、移動してください。
最初に診断される生徒が呼ばれて、プルムス先生、ウェヌス先生とともに、大教室を出ていった。
ユウゴ
寄宿舎の部屋番号は奥から順につけられていて、階段に1番近いぼく達の部屋の番号が1番大きい。
順番が来るまでやることもなさそうなので、みんなで話しながら待つことにした。
ユウゴ
ナミスケ
シシロウ
ナミスケの疑問に、魔法にくわしいシシロウがこたえる。
ショウリ
ナミスケ
ショウリ
ナミスケ
ショウリ
ナミスケに論破されてショウリが頭をかく。
ユウゴ
入学試験の時は、火を吹いたり体当たり攻撃を仕かけてくるガイド妖精に触って診断を受けた。
またあんなことをしなければいけないんだろうか。
シシロウ
ナミスケ
ナミスケが机の上に乗っかって、前のめりに聞く。
ユウゴ
ナミスケ
健康診断にやる気も何もないと思うけど。
ショウリ
机の上に体をあずけるナミスケに、ショウリがなぐさめるように言う。
ユウゴ
ショウリ
ユウゴ
メイカは人に反感を買いやすい性格のせいか、ユトリとの勝負も含めて、すでに5回のアミ戦を行い連勝中らしい。
シシロウが言うには、新入生で1番のポイントランカーだとか。
ショウリ
ユウゴ
ショウリ
ショウリが人差し指を立てて上に向ける。
ユウゴ
ショウリ
50代の倍ってことは、50×2で……
ナミスケ
ナミスケがガバッと起き上がった。
ショウリ
ショウリが笑って答えた。
ナミスケ
ユウゴ
……。
急な沈黙。
ショウリ
シシロウ
ナミスケ
ショウリやシシロウだけでなく、ナミスケにまで冷たい視線を浴びせられた。
と言うか、この話題を広げたのはショウリだったよね?
ストリクト先生
いつの間にかぼく達の順番が来ていたようで、ストリクト先生がぼく達のところまで呼びに来た。
ぼく達が最後だったので、ストリクト先生の案内で保健室へと向かう。
ストリクト先生
ストリクト先生
道中、このような小言を延々と聞かされ続けながら。
反論すると、さらなる小言となって帰ってきそうな気配がするので、みんな大人しくついて行った。
ちょっと頑張ったくらいじゃ、こういう小さいミスを重ねてしまうので、評価を多少上げてもすぐに戻してしまっている気がする。
校舎の2階から、となりの建物につながる渡り廊下を通っていく。
ショウリ
保健室は校舎の1階にあるけど、そことは違う道順にショウリが疑問を口にした。
ストリクト先生
ストリクト先生が振り返らずにこたえる。
ストリクト先生
ショウリ
ストリクト先生
ストリクト先生
ストリクト先生
ストリクト先生
案の定、小言が何倍にもなってかえってきた。
ユウゴ
ショウリ
健康診断の会場になるウェヌス先生の研究室に到着するまで、ストリクト先生の小言が止まることはなかった。
健康診断の内容自体は、普通だった。
Tシャツとジャージズボンだけになり、身長と体重を測ると、視力検査、聴力検査を行う。
全部、学校や病院で見たことがある、検査用の機械で行われた。
それらの数字を取ったあとで、となりの部屋に移動して魔力測定と魔法属性の診断が始まる。
これは時間がかかるみたいで、まだ2つの列が並んでいた。
列の最後尾にプルムス先生が立って、誘導していた。
プルムス先生
列の先を見ると、右の列はガイド妖精が魔法具《マギアツール》を確認し、左の列はウェヌス先生が直接診断していた。
手を握ったり肩を撫でたりと、結構際どい動きを見せている。
ナミスケ
プルムス先生
ちゃっかり左の列に並ぼうとしていたナミスケだが、プルムス先生にあっさりと右の列に戻された。
ナミスケ
プルムス先生
プルムス先生
横柄な態度のナミスケにも、プルムス先生は丁寧にわかりやすく説明してくれる。
しかも生徒の列の動きをさばきながら。
右の列は結構人数が残っているけど、魔法具《マギアツール》を所有していない生徒は数が少ないらしく、左の列の残りはぼくとショウリの2人だけ。
先にショウリがウェヌス先生の診断を受ける。
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ショウリ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ウェヌス先生が吐息混じりの艶っぽい声でこたえる。
話しながらショウリの手を取り、撫でたり指をからめたりしている。
この場面がメイカに見られたら、またアミ戦をふっかけそうだ。
先生相手にアミ戦ができるのかは知らないけれど。
ウェヌス先生
ウェヌス先生がショウリに抱きつくようにして、Tシャツの裾から背中に手を回しはじめた。
ショウリ
普段はクールなショウリも、さすがに顔を真っ赤にして後ろに飛び退いた。
ウェヌス先生
もうアミ戦抜きでメイカに襲いかかられる未来しか予測できない。
ショウリがイスに後ろ向きに座り直して、Tシャツの背中をまくる。
ショウリ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ウェヌス先生の指先が、ショウリの背中の傷をなぞるように撫でていく。
ショウリ
痛いのかくすぐったいのか、ショウリは歯を食いしばって我慢している。
ナミスケ
シシロウ
シシロウが列待ちをしながらこっちの様子を見ていたナミスケの背中を押して行く。
シシロウも顔を赤くしていた。
次は自分の番かと思うと、ぼくも顔が熱くなってきた。
ウェヌス先生
ショウリ
ショウリが以前お風呂で聞かせてくれた、メイカと2人で魔物に襲われた時のことを話す。
ウェヌス先生
ウェヌス先生
何やらつぶやきながらも、ショウリの傷を撫で続けている。
ショウリ
ウェヌス先生
中心?
ウェヌス先生
ウェヌス先生が、ショウリの左腰の傷に小指の爪を突き刺すように当てた。
ショウリ
ショウリから悲鳴にも似た声がもれた。
同時にショウリを中心に風が起こり、ブオンっと周囲に広がった。
弱い風で何も飛ばされなかったが、とても存在感のある風だった。
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ショウリ
ショウリ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ウェヌス先生
ショウリ
ショウリは一度頭を下げて、イスから立った。
次はぼくの番だ。
ウェヌス先生
ユウゴ
緊張して少しかんだ。恥ずかしい。
ウェヌス先生は特に気にする様子もなく、ぼくの手を握って話し始めた。
ウェヌス先生
ユウゴ
入学試験でガイド妖精に言われただけの情報だから、確信はない。
ウェヌス先生
ユウゴ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
闇《ケイオス》って響きはかっこいいけど、怖い感じもすると思っていた。
もしかしたら実は4属性のどれかかもしれないと聞いて、少しだけどホッとした気持ちもある。
ウェヌス先生
ウェヌス先生が体を近づけて、右手をTシャツの中にツッコんできた。
ユウゴ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
Tシャツに手を入れられているから、吐息がかかるくらいに顔が近い。
ユウゴ
ぼくは急いでTシャツを脱いで、左肩から左胸にかけての咬まれ傷を見せた。
この傷がついてから、傷を見せるために人前で服を脱ぐのははじめてだ。
ウェヌス先生
ウェヌス先生
肩から鎖骨に向かって指を滑らせていく。
魔物に咬まれた時、ぼくは寝たきりになったから後で聞いたけど、左の鎖骨に牙がガッチリ食い込んでいたらしい。
完治しているから痛みはないけど、たまにズキンと重くなるような感触がある。
ユウゴ
ウェヌス先生の指先が鎖骨の傷痕に触れた時、肩から先が外されたかのような痛みが、体の内側から湧き上がった。
痛みは一瞬で消えたし、肩はもちろん外れていない。
ウェヌス先生
ウェヌス先生が小指の爪を突き刺すように、鎖骨の傷痕に当てる。
その点を中心に黒い煙があらわれた。
入学試験の最終試験や、海で魔物鮫に襲われた時と同じような現象だ。
黒い煙がぼくの体からどんどんとあふれて、左腕にまとわりつくように広がっていく。
黒い煙が増えるにつれて、ぼくの意識が遠くなっていく。
ウェヌス先生
これまで大人の余裕で話していたウェヌス先生が、はじめてうろたえた声を出した。
それを聞きつけ、危機的状況を察したストリクト先生とプルムス先生が駆けつけてきた。
ストリクト先生
黒い煙は自分の意志ではコントロールできない。
それを伝えようとしたけど、口が思うように動かない。
左腕が黒い煙に締め付けられ、しびれて感覚もない。
左腕の感覚が完全になくなった時、黒い煙は爆発し四方八方に飛び散った。
ストリクト先生
プルムス先生
爆発した瞬間に、ストリクト先生とプルムス先生が両手を前に出して、魔法の盾を生み出した。
爆発の威力のほとんどは、その盾にはばまれて霧散した。
いくらかは盾のスキマから周りに飛んでいってしまったが、それも壁や床を傷つけた程度で、幸いにも人に当たることはなかった。
プルムス先生
ウェヌス先生
ストリクト先生
ユウゴ
ただ座っていただけなのに、マラソンを走り終わった時のように全身が疲れている。
こんな思いをするのなら、魔法を使おうなんて気も起きない。
それに壁や床をかなり壊してしまった。
ユウゴ
ユウゴ
ウェヌス先生
ウェヌス先生
それでも高そうな機械や調度品がいくつか壊れちゃっているけど、持ち主のウェヌス先生が大丈夫と言っているなら、その言葉に甘えておこう。弁償なんてできるわけもないし。
パキパキ……
壁にできたヒビのひとつが、音を立てて広がっていく。
バゴンと大きな音を立てて、壁材がいくつかの塊になって落ち、大きな穴があいた。
壁の向こうでは女子の健康診断の最中だった。
突然の出来事に、女子達が悲鳴をあげる。
男子と同じくTシャツとジャージズボンという格好だけど、人に見られたという羞恥心は別物だ。
アルク
穴の向こうからぼくに気づいたアルクがぼくの名前を呼ぶ。
ユトリ
ユトリも顔を青くして、疑いの表情をぼくに向ける。
何か話が嫌な方向に向かっていっている。
アルク
アルク
ユウゴ
先生達という強力な目撃者がいたから、疑惑はすぐに晴らすことが出来た。
でも、闇《ケイオス》は危険な魔法だと知れた出来事だった。
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