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あの日以来、奏は旧校舎の空き教室へ行くのをやめた。
理由は明白だ。
あそこはもう「誰もいない静かな場所」ではなく、瀬戸ハルという名のまばゆい光が差し込む場所になってしまったから。
市川 奏
大学近くの古びた喫茶店。そこが奏のバイト先だった。
チェーン店のような活気はなく、客層も近所の老人がほとんど。
コーヒーの香りと柱時計の音だけが支配する、奏にとっての「真の聖域」だ。
カウンター越しにカップを磨きながら、奏は窓の外を見やった。
空はどんよりと重く、ついに大粒の雨が降り出している。
市川 奏
そう思った瞬間、店のカウベルがカランカランと鳴った。
市川 奏
瀬戸 ハル
入り口に立っていたのは、びしょ濡れの金髪だった。
高級そうなシャツは肌に張り付き、自慢のセットも崩れて前髪が目元にかかっている。
けれど、その瞳だけは執念じみた光を宿して奏を射抜いた。
市川 奏
瀬戸 ハル
ハルは肩で息をしながら、カウンターの一番端の席に倒れ込むように座った。
市川 奏
市川 奏
奥から出てきた店主の奥さんが、慌ててタオルを差し出す。
ハルはそれを借りながら、恨めしそうに奏を見た。
瀬戸 ハル
市川 奏
瀬戸 ハル
市川 奏
奏はわざと冷たく突き放し、ハルの前に温かいおしぼりを置いた。
ハルはそれを手に取ることもせず、じっと奏の手元を見つめる。
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
市川 奏
瀬戸 ハル
心臓が、ドクンと跳ねた。
奏は動揺を隠すように、注文も受けていないのにブレンドコーヒーを淹れ始める。
市川 奏
市川 奏
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
ド直球だった。
ハルの言葉には、裏も表もない。ただ、太陽のような熱量だけがそこにある。
市川 奏
瀬戸 ハル
ハルはカップを受け取ると、少しだけ真剣な表情で奏を見上げた。
市川 奏
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
奏は、コーヒーを淹れる手を止めてハルを見た。
濡れた金髪から滴が落ちて、ハルの頬を伝っている。
その姿は、いつもキャンパスで見る「完璧な王子様」ではなく、雨に濡れた捨て犬のようにも見えた。
市川 奏
瀬戸 ハル
市川 奏
奏が小さく呟くと、ハルの顔がパッと明るくなった。
その変化があまりに露骨で、奏は少しだけ毒気を抜かれてしまう。
市川 奏
市川 奏
市川 奏
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
市川 奏
奏が溜息をつくと、ハルはニカッと笑った。
それは、前に見せた「営業用の笑顔」ではなく、もっと幼くて、剥き出しの感情。
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
市川 奏
奏は背を向けて、洗い物を始めた。
けれど、鏡代わりにしているステンレスの棚に映る自分の顔が、ほんの少しだけ緩んでいることに、彼はまだ気づいていない。
瀬戸 ハル
瀬戸 ハル
市川 奏
雨音にかき消されそうな小さな会話。
けれど、二人の距離は、確実に「旧校舎の隅っこ」から「奏のテリトリー」へと一歩踏み込んでいた。