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シリーズ禁じられた迷宮

シリーズ禁じられた迷宮

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6

禁じられた迷宮【土用のうなぎ】

♥

2,024

2018年09月22日

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中学三年の夏休み

タクヤは両親と一緒に甲武山のふもとにある、じいちゃんの家を訪れた。

そして

今日は土用の丑(ウシ)の日。

夕方

同居しているおばさんが、近所のうなぎ屋さんから、てん屋もんをとってくれた。

じいちゃんにとって、久しぶりの家族そろっての夕ご飯となった。

じいちゃん

タクヤ向こうの中学はどないや?

じいちゃんは食が進まないのか、少し口をつけただけで箸を置いてしまった。

タクヤ

別に

別に

好き好んで行ったわけじゃない。

おとんの身勝手でこうなったんや。

タクヤはふつふつと湧きあがる感情を腹の中に押し込め、ウナギを頬張った。

オジサン

オヤジ

オジサン

食べられへんかったら、無理せんでええで

もともと痩せていた。

久し振りに会ったじいちゃんはさらに痩せていて骨と皮しかないように見えた。

じいちゃん

せやな

それだけ言うとさりげなく重箱をタクヤの前に置いた。

おかん

タクヤ

おかん

あんたが食べ

おい!

タクヤ

食われへん

おかん

タクヤ!

じいちゃん

まぁまぁ

じいちゃん

うなぎなんぞ、そないに たくさん食べられへんわなぁ

じいちゃん

じいちゃんが悪かった

おかん

すみません……

おかんはタクヤをにらみつけた。

家族全員が妙に気を使い合う。

いたたまれなくなったタクヤは、残りのうな重をかきこむと席を立った。

タクヤ

ごちそうさん!

これが家ならすぐにでも自分の部屋にこもる。

こもる場所がないから

仕方なしに店に出た。

おかん

お義父さん

おかん

すみません

おとん

一事が万事あんな調子や

じいちゃん

かまへん、かまへん

じいちゃん

年ごろの男の子は、みんなあんなもんや

のれんの向こうで大人たちの会話が聞こえてくる。

おとん

まったく、問題ばかりや

おとん

タクヤの受験もあるさかいに

おとん

単身赴任も考えとる……

中学一年の途中でいきなりの転職。そして転勤。

家族で見知らぬ土地に移り住んだ。

あげく、新しい環境に馴染めず不登校におちいったのだ。

勝手にしやがれ!

タクヤは店と母屋を繋ぐ廊下を勢いよく遮断した。

カウンターに頬つけ寝そべる。

不意に視線を感じた。

じいちゃんの撮った花嫁が、タクヤに笑いかけていた。

近藤家は代々写真館を営んでいる。

三代目がじいちゃん。

おじさんが四代目になる。

店舗は大正時代に建てられた、当時としては最先端の西洋建築だった。

むろん、今では町の文化遺産。

増築された住居部分は昭和の中頃にじいちゃんが建てたものだ。

これも たいがい古い。

七時閉店。

そろそろ店じまいのころ。

ドアの呼び鈴がカランと音をたてた。

お客

すんません

タクヤは顔をあげた。

見ると太鼓腹の中年男が汗をふきふき店に入ってきた。

お客

兄ちゃん悪いね

お客

ご主人呼んでもらえる?

タクヤ

ぁぁ……

タクヤ

……はい

タクヤはのれんをめくりドアを開けた。

すると、ほろ酔い加減のじいちゃんが、つっかけを履いて、ひょこっと顔を出した。

お客

すんません

お客

ご主人、これなんやけど

お客

よそで現像してもろうたら、こないなもんが写っとりまして……

男はポケットから一枚の写真を取り出した。

じいちゃん

どれ

じいちゃんは置いてあった老眼鏡をかけると、しげしげと写真を眺めた。

じいちゃん

お客さん、これ人魂や

じいちゃん

そらぁ、こんなもん写っとったら気色悪い

お客

送別会で皆で撮ろちゅうことになりましてね

お客

もしや、こん中の誰かが死んだりしますやろか?

じいちゃんはかかかと笑った。

じいちゃん

この人魂は、そないな悪さはせいへん

お客

ホンマでっか?

じいちゃん

心配せんでもええ

じいちゃん

しかるべきところにお願いして、始末するさかい、置いていきなはれ

男は安堵の表情を浮かべた。

ひとしきり世間話をすると客は上機嫌で帰っていった。

オジサン

最近、口コミでこの手の持ち込みが多い

奥から大人たちのぼそぼそとした会話が聞こえてきた。

オジサン

肝心の現像の方はパソコンの普及やなんやかんやで、さっぱりや

オジサン

おかげで日銭が稼がれへん

おとん

学校やら、七五三やらあるやろう?

オジサン

あるにはあるが

オジサン

昔ほどじゃない

じいちゃんは奥の会話に気にするでもなく

札の貼ってある棚の中から、せん餅でも入っていそうなアルミ缶を取り出した。

じいちゃん

で、タクヤは

じいちゃん

志望校決めたんか?

タクヤ

……

じいちゃん

高校だけは出た方がええぞ

じいちゃん

中卒やと

じいちゃん

どこも雇ってくれへん

タクヤ

分かってる

タクヤ

さっきのお客……

タクヤ

あれ、なんやった?

じいちゃん

これや

じいちゃん

キモ冷やすなよ

そう言ってじいちゃんは写真を手渡した。

花束を持つ女性の周りを会社員たちが囲んでいた。

和やかな写真のはずが、

頭上にサッカーボールほどの人魂が横切っていた。

タクヤ

これ心霊写真?

じいちゃん

そうや

じいちゃん

処分に困ったお客が置いてゆくんや

じいちゃん

で、このカンカンの中にとりあえず納める

タクヤ

缶の中

タクヤ

見てもええか?

じいちゃん

ええけど

じいちゃん

一人で寝られんようになっても、じいちゃん は知らへんぞ

イタズラっ子のように笑うと、アルミ缶をタクヤの前に置いた。

中にびっしりと写真が納められている。

タクヤ

こんなに?

じいちゃん

いっぱいやろう

じいちゃん

これで、ざっと一年分

タクヤは写真を一枚取り出した。

タクヤ

うぇ……

旅先のカップル。

男の肩に明らかに別の手がのっている。

園児の集合写真。

子供の足が一本多い。

タクヤ

動物園のサル……

タクヤ

サルにサルの幽霊?

じいちゃん

霊長類は人に近いから

じいちゃん

こういうのもありや

日本人形に真っ赤な光線。

外国の城。窓辺に浮遊する黒い影。

タクヤ

わっ

タクヤ

なんやこれ

バイクと一緒に写る若者。

バックの木造校舎の窓に、たくさんの顔、顔、顔……

じいちゃん

この人

じいちゃん

このあと、バイク事故で片足無くしたんや

タクヤ

悪い霊?

じいちゃん

うーんどうやろう

じいちゃん

あるいは、事故が起こることを知らせようとしたか

じいちゃん

お坊さんに聞かな、じいちゃんにも分からへん

タクヤ

水に映るこの霊は?

じいちゃん

これはあかん
これは悪い霊や

じいちゃん

特に盆時期の水遊びは気いつけた方がええ

じいちゃん

こいつは足をひっぱるでな……

じいちゃん

タクヤ

じいちゃん

そろそろ店じまいしよ

じいちゃん

悪いけど、看板入れてくれるか?

カラン~

不意に

店のドアが開いた。

タクヤ

じいちゃん客……

タクヤ

……?

人影が見えた気がしたのに……

誰もいない。

きっと気味の悪い写真を見たせいで、敏感になったのだ。

夜の八時半

風呂上がりにタクヤはじいちゃんに呼び止められた。

タクヤ

なに?

じいちゃん

ええから

茶の間におとんとおかん、おじさん夫婦も揃っている。

じいちゃん

これをタクヤにやる

じいちゃん

入学祝を先に渡してしまおうと思うてな

じいちゃん

祝い金はおとんに預けておく

そう言ってじいちゃんは神妙な顔をした おとんの手に、のし袋を手渡した。

じいちゃん

それでや……

じいちゃん

これをタクヤに

薄い化粧箱をタクヤに渡した。

なぜ今? なぜ入学祝?

ほぼ、100%、受験に失敗するかもしれへんのに?

じいちゃん

早よう開けなはれ

うずうずしたように言う。

タクヤはもたもたと箱を開ける。

赤い布きれ

広げてみると……

!!

タクヤの手の中に

真っ赤なブリーフが広がった。

ぷッ

おばさんが吹き出した。

タクヤ

こんなん

タクヤ

はけるか!!

おかん

これ!! タクヤ!

おかん

おじいちゃんに向かってなんて口!!

じいちゃん

驚いたか

じいちゃん

赤い下着は運気を上げる

じいちゃん

いざ勝負に出るときは、この赤いパンツをはきや

じいちゃん

ちなみに

じいちゃん

じいちゃんがばあちゃんにプロポーズした時は、赤いフンドシやった

じいちゃん

さすがにフンドシはなぁ…せやからパンツにしたわけや

唖然とするタクヤを見て、じいちゃんは無邪気に笑った。

真夜中

タクヤはおとんの酷いイビキで目を覚ました。

タクヤ

……

タクヤ

うるさくて寝られん

カタン

物音がする。

階下で何かしらの気配を感じた。

じいちゃんか?

一階は階段を使わないよう、じいちゃんだけが寝ていた。

トン トン トン トン

軽やかに階段を上がる音

じいちゃんなわけがない。

タクヤは耳をすませ様子をうかがう。

ミシッ

じっとしているのが耐えられない

そんなふうに板の間が鳴った。

襖の向こう側に誰かいる。

パチン!

手拍子?

それっきり

音も気配も無くなった。

翌朝

じいちゃん

夕べ

じいちゃん

久し振りにおっきい兄ちゃんが夢に出てきたわい

タクヤは食べかけていたトーストを皿に置いた。

オジサン

盆も近い

オジサン

きっと、好物のうなぎにつられて戻ってきたんやろ

おじさんは仏間をみやる。

お供え膳にウナギが乗っていた。

じいちゃん

……そうかもしれへんなぁ

おばさんが教えてくれた。

じいちゃんの兄、千吉さんは、先の戦争で亡くなった。

千吉さんが戦地に旅立つ前の夜、ひいばあちゃんがどこからかウナギを手に入れた。

戦地に赴く息子に食べさせようと、近所の板前に頼み込んで

たった一杯のうな丼をこしらてもらったのだという。

じいちゃん

ワシらは幼かった。おっきい兄ちゃんが戦地に行くことがどおいうことか実感がなくてな……

じいちゃん

だから兄ちゃんばかり、いいもん食って、ずるいと思うてたんや

じいちゃん

そしたら兄ちゃん

じいちゃん

一口だけ口をつけてな

じいちゃん

はらいっぱいやと言って

じいちゃん

残りをわしら弟妹に食べさせたんや……

話はここで終わり。

こないな話はやめやめと言いながら、じいちゃんは店に行ってしまった。

午後

盆前に一足早く、墓参りに行くことになった。

おとん

こうして皆で来るのも久し振りや

ひと夏のうちに長くなった草をむしりながら、おとんが言った。

オジサン

タクヤ

オジサン

男はおまえだけや

オジサン

いずれタクヤが墓守せなあかん。今からちゃんと覚えておくんやで

タクヤはおじさんに言われるまま 墓石をごしごし洗った。

皆で手を合わせた帰り

ヒヨドリ寺の安斎住職を訪ねた。

安斎住職

近ちゃん

安斎住職

先月の法要の時より、ちょっと太ったんちゃうの?

じいちゃん

何をおっしゃいますやら

じいちゃん

腹のあたりに皮がたまりましたんや

年寄り二人はゲラゲラと笑った。

じいちゃん

あっちも、こっちもガタがきて

じいちゃん

そろそろ体ごと交換せなねばなりません

じいちゃん

その時がきましたら

じいちゃん

安ちゃんにお願いしたいと思うてな──

じいちゃん

今日はこうして、皆で挨拶に来させてもろうたわけです

その時って……

タクヤは何もかもが急にぼんやりしたように感じた。

安斎住職

近ちゃん、そないに焦らんでも

安斎住職

まだお迎えには、ちと早いわ

住職は邪気を飛ばす勢いで豪快に笑った。

安斎住職

で、例のあれは?

おじさんは風呂敷をひろげ、アルミ缶を住職に手渡した。

安斎住職

また増えたんか

ふむふむと中身の重さに感心しながら、

どおいうわけか住職はタクヤに視線を向けた。

安斎住職

夕べ

安斎住職

おっきい兄ちゃん 来はったな?

タクヤを見透かしたように言った。

タクヤ

えっ?

その迫力に押され、タクヤは小さくうなずいた。

大人たちはタクヤを見て驚いた。

住職は豪快に笑う。

安斎住職

たった今も、タクヤをよろしゅうと

安斎住職

きみの後ろから頭をさげとるよ

安斎住職

さてさて

安斎住職

千吉さんに、迷える魂の道案内をしてもらおうか

安斎住職

タクヤ君も手伝うてくだされ

アルミ缶を開け

写真を一枚一枚並べた。

心霊写真は本堂の半分の面積を占めた。

安斎住職は仏像の前に座ると経をあげた。

それは、まるで長い長い歌を聴いているかのようだった。

じいちゃん

おじさんにおばさん

おとんとおかん

目を伏せて手を合わせている。

タクヤもなんとなく手を合わせる。

じいちゃんのおっきい兄ちゃん

近くにいるんやろか……

視線はさ迷い、ふたたびじいちゃんに戻ってくる。

丸めた背中は背骨が酷く浮き出ていて理科室にある骨格標本みたいだった。

お経が終わり、タクヤは写真を集めた。

タクヤ

この写真、このあとは……?

安斎住職

このあとは

安斎住職

日をみて焼いてしまうのや

安斎住職

それで大概は成仏なさる

安斎住職はタクヤが拾おうとした一枚に向かって言い放った。

安斎住職

それは あきまへん

じいちゃんが悪い霊だと言っていた、水に映る幽霊写真だ。

タクヤ

これ……

タクヤはじいちゃんを見た。

じいちゃん

じいちゃんが言った通りやろう

安斎住職

近ちゃん、これはたちが悪い

安斎住職は少し考えた。

安斎住職

近いうちに孫に行ってもらわなあかんな……

チリン……と

鈴が一つ

返事をするかのように鳴った。

 

夏が終わり

秋はあっという間に過ぎ去った。

新しい年を迎える前に

じいちゃんはあの世へ旅立った。

葬儀は写真館で執り行うこととなった。

お通夜では、じいちゃんを見送ろうと大勢の人が参列した。

お経が終わり

安斎住職が帰った後も

焼香だけでもと、知人やお客さんたちが次々お参りにやってきた。

女性

おじい様には

女性

一族でお世話になりましたのよ

一人の年配の女性がタクヤに話しかけた。

女性

一言お礼が言いたくて

女性

壁にかかっている花嫁の写真……

女性

私の娘のなんです

女性

綺麗に撮っていただいて……

女性

娘は…病気で亡くなってしまってね……本当はお嫁には行けなかったの……

女性

お宮参り、七五三、入学式……近藤さんには、娘の思い出をたくさん撮っていただきました……

女性だけじゃなかった。

ご近所さんたちが

じいちゃんが撮った写真を持ち寄った。

五年前も

十年前も

二十年前も

写真は色あせることなく綺麗なまま。

不意に祭壇のロウソクが

ぽっぽっぽっと揺れた。

タクヤには、じいちゃんが笑っているように思えた。

夜更け

線香を絶さぬよう寝ずの番をしていると

親戚たちと酒を飲んでいた おとんが、タクヤのところへやってきた。

おとん

明日は早いから、そろそろ寝たほうがええ

タクヤ

うん……

タクヤは写真館を見渡した。

赤子、園児、学生、新郎新婦、家族、老夫婦……

じいちゃんが撮った写真。 

皆、いい顔をしている。

タクヤ

俺……

アルミ缶、きっと、たまっているはずだ……。

タクヤ

俺……写真屋継いだらあかんかな……?

おとん

タクヤ? いきなりどうした?

タクヤ

ここで修行さしてもらわれへんやろうか?

おとんは首を横にふる。

おとん

このご時世、町の写真屋なんぞ先細りだぞ

おとん

甘い考えではとてもとても

タクヤ

タクヤ

夏が終わってからずっと考えとった

タクヤ

今夜

タクヤ

自分の気持ちがはっきり分かった

タクヤ

おとん

タクヤ

……

タクヤ

……あれを見ろ

タクヤ

壁にあるたくさんの写真

タクヤ

じいちゃんが一生涯かけて

タクヤ

お客さんの生きた証を撮ったんや

タクヤ

尊い事やと思った

タクヤ

俺もやってみたい

タクヤ

俺も、人の心に残る仕事がしてみたい

タクヤの目に涙が溢れ出でてきた。

おとんはしばらく黙っていた。

少ししてから

条件があると言った。

おとん

高校だけは行けよ

三月

タクヤは中学を卒業した。

おかん

タクヤ

おかん

忘れ物ないね

高校入試の朝

おかんが玄関先で見送った。

タクヤ

ない

タクヤ

いってくる

おかん

タクヤ!

おかん

じいちゃんからもらった……あれ……ちゃんとはいとるか?

物こそ言わないが、縁起もんの赤いブリーフを言っていた。

タクヤはVサインで答えた。

おかん

タクヤ

おかん

がんばれ

タクヤ

うん

タクヤ

おかん

タクヤ

俺がんばる

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コメント

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禁じられた迷宮シリーズ 土曜日。 これはいつか小説にしたいエピソードです。 絵本とかでもいいかな……

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