コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
典子
妻の典子の言葉で、梅津はネクタイを緩めていた手を止めた。
梅津康一
典子
梅津の顔からスーッと血の気が引いた。
が、すぐに平静を装うと再びネクタイを緩める手を動かした。
梅津康一
梅津康一
典子
梅津康一
梅津康一
典子
典子
梅津康一
突拍子もない妻の言葉に、梅津は思わず目を丸くした。
典子は小さなため息を吐いて頭をポリポリかいた。
典子
梅津康一
典子
典子
梅津は記憶を辿ってみた。
一年前、梅津は妻の典子と結婚し、披露宴が行われた。
その席に親戚一同と、梅津が勤める会社の部下と上司が出席したこと、
そして上司の計らいで、部下の一人がビデオカメラを手に新郎新婦の梅津たちと、
披露宴会場を撮影していたのを思い出した。
典子
典子
典子
典子
梅津康一
典子
典子
典子
梅津康一
梅津康一
梅津が問うと、典子はまた気だるそうにため息を吐いた。
典子
梅津康一
典子
典子
典子
典子
梅津康一
というと、典子はプイッと背中を向けて台所へ足を進めた。
妻の後ろ姿を見送った梅津は、深くため息を吐いた。
それは安堵に満ちた吐息だった。
梅津康一
梅津康一
梅津康一
携帯を握る梅津の手は、さっきの緊張でまだ少し汗で濡れていた。
携帯の奥から、彼の緊張をほぐすかのように井上美弥子の声が聞こえた。
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子は三十代半ばの童顔が印象的のOLなのだが、
時々、相手がムッとなるようなことをサラッという癖がある。
梅津は痛いところをチクッと刺されたような気分になりながら、
梅津康一
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
梅津康一
井上美弥子
梅津康一
美弥子の笑い声に釣られ、梅津も思わず笑った。
一度は和んだ雰囲気だったが、次に美弥子が切り出した言葉で一変した。
井上美弥子
梅津康一
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
梅津は思わず息を呑んだ。
N組といえばこの地方を拠点に活動する暴力団組織である。
以前、N組の構成員が引き起こした事件が報道されたのを見たが、
暴力団なだけに恐ろしいことをしでかすものだ…と、
梅津は戦慄したのを覚えている。
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津がまるでミスを犯した部下を諭すような口調で尋ねた。
しばしの沈黙が続いた後、美弥子が「梅津さん」と力強くいった。
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津にとって、井上美弥子との逢瀬はスリルを味わう目的もあった。
二人は本気で結婚するつもりで密会を繰り返していたのだが、
梅津はなにも知らない典子が全く疑う素振りを見せないことを、
やや優越感に浸りながら愉快げに見ていた。
典子は、梅津が休日の夜に会社仲間と飲みに行くといっても特に詮索せず、
いつも家を出るときのように「いってらっしゃ~い」と呑気に見送るのだ。
梅津康一
そう思うだけで、典子を出し抜いた気分に浸りながら梅津は楽しんでいた。
梅津から結婚してほしいといわれた井上美弥子も、
N組構成員、岡部洋行の影に怯え続けたが、梅津から結婚を申し込まれてから、
毅然と岡部を突き放す姿勢を取るようになったという。
井上美弥子
井上美弥子
と、美弥子が嬉しそうにいったのは電話をしてから半月後だった。
両者共に、結婚というゴール地点を目指して、
地道に逢瀬を繰り返しながら絆を深めあった。
ところが、梅津が結婚を申し込んで約一ヶ月が過ぎたとある平日。
梅津の携帯に井上美弥子から着信が来た。
美弥子は今日、有給を取って友だちと街を散策しているはずだった。
オフィスを出て誰もいない会議室で梅津は電話に出た。
飛び込んできたのは酷く怯えた美弥子の声だった。
井上美弥子
梅津康一
井上美弥子
井上美弥子
梅津康一
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
井上美弥子
美弥子の弱々しい声が小刻みに震える梅津の耳に虚しく響いた。
梅津は一瞬、パニックに陥りかけたが、すぐ頭を振って気を落ち着かせた。
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津康一
梅津康一
井上美弥子
梅津は安心させる言葉をかけるのも忘れ、呆然と電話を切ってしまった。
午後九時過ぎ、梅津は悶々と悩みながら電車に揺られていた。
美弥子に任せておけと、咄嗟に口走ったことを深く後悔していた。
凶暴な暴力団員に目を付けられたかもしれないという恐怖心が、
安全が保障されるわけでもない適当な文句を梅津に吐かせてしまったのだ。
電車を降り、駅前で乗ったタクシーに揺られている間も、梅津は考えを巡らした。
が、結局、まともな案も浮かばないまま、井上美弥子のアパートに到着した。
梅津康一
階段を上がり、扉の前に立ってドアホンを押す。
梅津康一
反応がない。
不審に思いもう一度鳴らすが、やはり同じだった。
何気なくノブに手をやると、ドアは軋み音を立てながら開いた。
梅津康一
梅津は脳裏でぼやきながらも、部屋に足を踏み入れた。
若いOLが住むとは思えない古臭い間取りのアパートで、
短い廊下の途中にある洗面所とトイレを通り過ぎ、居間に入る。
居間は電気が灯しているが、肝心の美弥子の姿が見当たらない。
梅津康一
まさかとは思ったが、ふとそんな無神経な考えがよぎってしまった。
しかし、美弥子は10分、20分が経っても現れない。
しびれを切らした梅津は携帯を取り出し、美弥子の携帯に電話をかけた。
梅津康一
…トゥルルル、…トゥルルル。
梅津康一
梅津は携帯を押し付ける耳とは反対の耳をすませた。
梅津康一
…トゥルルル、…トゥルルル。
梅津康一
梅津は部屋の隅に目をやった。
そこには大きくもなく、といって小さくもない中型の冷蔵庫が置いてある。
携帯のコールを鳴らしたまま、梅津は冷蔵庫に近付いた。
梅津康一
…トゥルルル、…トゥルルル。
間違いなく、冷蔵庫の中から聞こえていた。
梅津は携帯を切ってから、冷蔵庫の扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
梅津康一
梅津康一
梅津は声にならない悲鳴を上げた。
白い網棚に乗った無残な美弥子の生首から垂れた深紅色の水滴が、
鉄分の独特な臭いを漂わせながら冷蔵庫の底で血だまりを作っていた。
生首の横にたった今鳴っていた美弥子の携帯が置かれていたが、
大きく見開かれた美弥子の両眼に睨まれ激しい吐き気に襲われた梅津は手も触れず、
口を押さえて急いで洗面所へと駆け込んだ。
洗面台に顔を押し付ける形で吐いた梅津は、荒い息遣いを繰り返した。
ふと、横の中折れ戸に視線を向けた。
洗面所は風呂場と隣接しており、浴槽に繋がる中折れ戸の型板ガラスから、
オレンジ色の電灯による光が差し込んでいるのに気付いた。
梅津は深呼吸をしてから、戸を横に引いた。
梅津康一
水のない浴槽でぐったりする背広姿の男がいきなり目に入った。
オールバックの細面が白目を剥いており、既に事切れているのが分かる。
梅津康一
外傷は見当たらず、口の端から一筋の血が流れていた。
梅津は両足をガタガタ震わせ、今すぐにでも飛び出したい衝動に駆られた。
が、死体(岡部洋行)がだらんと浴槽の外に垂れた手に持っている物が気になった。
梅津が掴み取ると、それは透明のケースに入ったDVDだった。
梅津はDVDと岡部の顔を見比べてから立ち上がった。
居間に戻り、室内のDVDプレーヤーにディスクを入れ再生する。
見覚えのある光景がテレビに流れ始めた。
梅津康一
梅津康一
そのとき、梅津は事の経緯を推測した。
浴槽で死んでいた岡部は恐らく、復縁を迫った美弥子が頻繁に会う男のことを、
徹底的に調べ始めたに違いない。
そのとき、どうやったかは知らないが、このDVDを手に入れ、
美弥子の密会相手が梅津康一と知った。
岡部は美弥子に対し、梅津の妻の典子にでも秘密を暴露して、
二人の秘密の関係を壊そうと画策したのかもしれない。
が、美弥子はあくまで梅津に想いを寄せているんだと主張した。
岡部は怒り狂って美弥子を殺害、首を切り落とした。
首を切断したのは、やくざ特有の凶暴性が衝動的に起こした凶行かもしれない。
最終的に、岡部は自ら毒を飲んで自決した。
梅津康一
梅津が妙に納得しながら、映像を眺め続けた。
映像では丁度、梅津が壇上でマイクを手にコメントをしている場面だった。
――いやあ、とても嬉しい限りです。本当に、ありがとうございます。
――この年で、永遠の同伴者に巡り合えた私は幸せ者です。
――幸せといえば、今の職場に勤めることが出来たのもまさに幸せでした。
――理想的な人間関係、厳しくも優しい上司、そして可愛い部下たち。
――特に、私が優秀と認めるとある社員なんですがね。
――彼女は常に周囲への気配りを怠らず、勤務姿勢も真面目で甲斐甲斐しい。
――まさに、私が求める第二の理想の女性像であって…。
――…おっと、これ以上いっては典子さんにド突かれてしまうので省略。
会場に笑い声が広がって映像は終わった。
梅津康一
梅津康一
梅津はなにか釈然としなかった。
なんの変哲もないごく普通の自分たちの結婚披露宴を写したものだが、
なにか違和感がある。
梅津は映像を最初から戻し、もう一度見直した。
やがて、梅津はハッとした。
梅津康一
梅津康一
梅津は背筋に冷たい寒気を感じた。
典子は既にお見通しだったのだ。
梅津が美弥子と逢瀬を楽しんで自分を出し抜いていたことを…。
でなければ、面識のない井上美弥子のフルネームを知っているわけがない。
典子も岡部同様、美弥子について独自に調べていたのだ。
梅津康一
夫をたぶらかした魔性の女を惨殺し、
目撃者とされる岡部も毒殺した。
やがて、自分がここを訪れることを見越してこのDVDを現場にーー。
ススーーーッ…。
ビクッと背後を振り返る。
隣部屋の和室に繋がる襖から現れたのは、
血糊でべったりと濡れた両刃のこぎりを持った梅津典子だった。
2020.11.22 作