…寒く、未だ寒く。 無意識に欄干に触れると、その冷たさがすぐ手のひらに伝わってくる。このまま欄干の一部を自分の体温にするなんて気が引ける。 その手を離すと、手は寒さから赤くなっていた。冷たい欄干の温度を変えるほどの体温なんてない。手袋でもつけてくればよかった。
息を吐いた。 今更寒さに文句を言ったって変わらない。もう冬なんて二十回以上経験している。慣れてきたものだ。
ああ、でも。 温もりが欲しい。
明かりでもいい。それで明かりの色が橙色か黄色ならなおよし。暖かさを感じられるのなら、実際に暖かくなくてもいい。
冷たい空気が頬を少しずつ削っていく。痛くない刃物のようで、血が出ていないかやけに気になる。 今手足の感覚がないのだから、気がつかぬうちに指が一本なくなっていたとて違和感は感じないのだろう。
暑さよりはマシか?地球というフライパンの上で、ジリジリ焼かれるよりはマシなのか?ご丁寧に二酸化炭素で蓋までして、強火で長時間も。焦げることはないが、我々は溶けるのだ。
それでもこの地域では暑さの方がマシだ。
寒さが厳しい代わりに、他の場所より暑さは幾分かマシなのだから。
望むものが手に入らない。望まぬものも手に入らない。手に入るものはまるで手に入らないものかのように振舞っている。もどかしい。
私はただ、普通の暮らしがしたいだけなんだ。
でも、普通ってどこで決まるの?どういう基準なの?どこからどこまでが普通なの?何が普通なの? 全員にアンケートをとって、一番多い回答が普通なの?そもそも多数決が必ずしも正しいとは言い切れない。じゃあ、普通の証明はどうやるの?
"世間の普通"の中に"個人の普通"という括りがあるの?じゃあ私の普通は、世間から見たらきっと普通じゃないだろう。 世間の普通に私の普通は勝てない。世間の方が数も声も大きいから。
私の人生は、世間にあるどの普通にも当てはまらないんじゃないか?
ああ、そういうこと。うん。そういうことか。
私は「子供役」だったのだ。 そして、彼奴は「父親役」。
全て、演者でしかなく。 私は、その中のピエロでしかなく。 役なんて、もうずっと意味はなく。
そこに利益が生まれようか?そこに絆が生まれようか?そこに信頼が生まれようか?そこに愛が生まれようか?そこに無償の愛は生まれるのだろうか。
否、
生まれるかもしれぬのだ。
必要以上に縋る必要はない。その言葉を否定するのは、いつも自分だけだった。
自分に責任を負わせているのは、 自分を汚く罵るのは、 自分が変に固執しているのは、 自分だけは温かくなれないのは、
自分が勝手に責任を負ってるだけで、 自分へ汚く罵っているだけで、 自分が歪な固執をしているだけで、 自分だけは温まらないだけで、
全部、私だ。
未だ、寒い。
冷たい空気が私の身体の内側まで侵食して、凍らされていく。溶かさなければ。
暖かさがないと。私が知っている暖かいところなんて、一つくらいしか心当たりがない。
息を吸った。 次くらいは手袋がないと困りそうだ。
コメント
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「もう冬なんて20回以上経験している。慣れてきたものだ」だけで20歳超えてるのがわかるのいいな…
「私はただ、普通の暮らしがしたいだけなんだ。」←吉良吉影みがある 寒くなってきましたね