テラーノベル
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静かに風が揺れ、木の葉がこすれる音が微かに聞こえる午後
蝶屋敷の奥、薬草の仕分け場で、芙梛は静かに佇んでいた
陽に透ける金髪
花弁のように整った横顔
その手元は慣れた動きで薬草を選んでいるが、
心は何処か上の空だった
芙 梛
呟いた声に名前は無い
その意味は自分自身にしか分からなかった
時 透 s i d e .
その頃、任務を終えた時透無一郎は、蝶屋敷の門を静かに開けていた
蝉の声
薬の匂い
何処か懐かしい空気
けれどその中に、微かに引っかかるものがあった
時 透
何かに似ている
何かを思い出しそうになる
歩みを進めると、いつものように芙梛が現れる
笑っている
無邪気に
まるでいつも通り
芙 梛
芙 梛
その声を聞いた瞬間、胸の奥に冷たい針が刺さったような感覚が走った
時 透
──以前、任務先で遭遇した女の鬼
あのときの、凍てつくような気配
触れれば散ってしまいそうな哀しみ
そして何より、その目
今、目の前で笑う芙梛の奥にも、同じ色が僅かに覗いていた
時 透
そう思っても、否定しきれなかった
自分の直感は、何時も冷静で正確だった
それでも無一郎は、自分の考えを強引にねじ伏せた
芙 梛
芙 梛
時 透
誤魔化したその声は、自分でも驚くほどぎこちなかった
その日の夜
無一郎は芙梛の自室の前で立ち止まっていた
理由も無く、ただ会いたかっただけ
時 透
そう思いながらも、指先は扉に触れようとしていた
そのとき
時 透
胸に浮かぶ、もう一つの違和感
任務が無い日も、芙梛の顔を思い出す
話さなくても、傍にいるだけで、少しだけ心が落ち着く
時 透
分からない
けれど、今までに無い感情だった
それは確かに、彼の心に芽生え始めたもの
" 恋 " と言う名の感情だった
だが、無一郎自身はまだ、その正体に気付いていない
ただ、胸がざわつく
何かが、変わって来ている
それが、怖くもあり、少しだけ温かくもあった
時 透
答えの出ない問いを抱えたまま、彼は扉に背を向けて歩き出した
部屋の中で芙梛はただ黙って佇んでいた
その目は、何処か遠くを見つめている
芙 梛
だけど
芙 梛
そう気付いたことが、一番の裏切りだった
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