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しばらくそうして、ふたりで同じ景色を眺めていた
特別な会話があるわけじゃない。
それでも、不思議とこの時間が嫌じゃなかった。
むしろ、今日の中で一番落ち着いている気さえする
窓の外の空は少しずつ色を変えて、教室の中にもやわらかな橙色が差し込んでいた。
そのとき、不意にうりが立ち上がる。
ur
ぽつりと落ちた声に、ひろも我に返った。
hr
もっとこうしていたい、なんて言えるはずもなくて、ひろは曖昧に笑う。
hr
そう言うと、うりは小さく首を振った。
ur
その一言に、胸の奥が小さく跳ねる。
けれど、それに何か返す前に、うりは鞄を持ち上げて教室の扉へ向かってしまった。
ひろも慌てて立ち上がる。
hr
そのときだった。
扉に手をかけたうりが、何かを避けるように少しだけ腕を上げた拍子に、制服の袖がほんの少しだけずれた。
白い手首。
その肌に、不自然な赤い線がいくつか見えた。
一瞬だった。
本当に、一瞬だけ。
けれど、ひろの視線はそこに縫い止められたみたいに動かなくなる。
hr
息が詰まる
見間違いだと思いたかった。
光の加減かもしれないと、そう思いたかった。
でも、頭より先に心が理解してしまった。
あれは、ただの見間違いじゃない。
うりもすぐに気づいたらしい。
はっとしたように腕を引いて、慌てるように袖を下ろす。
その動きが、余計にひろの胸を締めつけた。
教室の空気が、一瞬で変わった気がした。
さっきまであんなに穏やかだった時間が、急に薄いガラスみたいに張り詰める。
何か言わなきゃいけない気がした。
でも、何を言えばいいのかわからない。
hr
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。
呼ばれたうりは、振り返らない。
ただ扉の前で立ち止まったまま、小さく肩を強張らせている。
その背中が、さっきまでよりずっと遠く見えた。
聞きたいことは、たくさんあった。
それ、どうしたの。 痛くないの。 誰かに何かされたの。 大丈夫なの。
頭の中ではいくつも言葉が浮かぶのに、どれひとつ口にできない。
軽々しく触れてはいけないものに、うっかり触れてしまった気がした。
沈黙が落ちる。
短いはずなのに、ひどく長く感じる時間だった。
やがて、うりがほんの少しだけ俯いたまま、小さく言う。
ur
その言葉だけを残して、うりは扉を開けた。
夕方の光が一瞬だけ揺れて、細い背中が廊下へ溶けていく。
hr
反射みたいに名前を呼んだのに、うりは振り返らなかった。
扉が静かに閉まる音が、やけに大きく聞こえる。
ひろはその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
追いかけた方がいいのかもしれない。
今すぐ、呼び止めた方がいいのかもしれない。
頭の中ではそう思うのに、足がうまく前に出ない。
もし今、追いつけたとして。
もし今、うりの前に立てたとして。
自分は何を言うつもりなんだろう。
「どうしたの」 「何があったの」 「誰かに何かされたの」
違う気がした
そんなふうに簡単に聞いていいものじゃない気がした。
じゃあ、せめて。
――大丈夫?
喉の奥まで出かかったその言葉に、ひろは息を止める。
大丈夫なわけ、ないだろ。
あんな顔をしていたのに。
あんな声をしていたのに。
見ればわかるくらい、苦しそうだったのに。
なのに、それでも「大丈夫?」なんて。
そんなの、あまりにも無責任で、あまりにも遠い気がした。
本当にしんどいときに、そんな言葉を向けられて、うりは少しでも救われるんだろうか。
それとも、もっと困らせるだけなんだろうか。
何も知らないくせに。
何もわかってないくせに。
たった一日話しただけの自分が、そんな顔をして踏み込んでいいのかもわからない。
それでも。
それでも、放っておくことだけはできなかった。
ひろはぐっと拳を握りしめる。
追いかけたい。
今すぐ追いついて、ちゃんと顔を見て、何か言いたい。
でもその“何か”が見つからない。
言葉が足りない。
想いだけが先に溢れて、肝心な一歩が出ない。
hr
小さく吐き出した声が、誰もいない教室に落ちる。
結局、ひろは何もできなかった。
扉の向こうへ消えていった背中を、ただ見送ることしか。
さっきまで、同じ空気の中にいたはずなのに。
ほんの少し前まで、同じ夕焼けを見ていたはずなのに。
たったひとつ見えてしまっただけで、うりが急に遠い場所へ行ってしまったみたいだった。
ひろはゆっくりと視線を落とす。
うりが立っていた場所に、まだ夕方の光が薄く残っている。
そこに本人はいないのに、気配だけが置いていかれたみたいで、胸が苦しくなった。
hr
ぽつりと零した声は、思っていたよりずっと弱かった。
簡単な言葉のはずなのに。
誰にだって言える、短い一言のはずなのに。
どうしてこんなに難しいんだろう。
どうしてこんなに、軽々しく口にしたくないんだろう。
もし次に会えたら。
もし、もう一度だけちゃんと話せるなら。
そのときは、今より少しだけでも、うりの隣に立てる言葉を見つけたい。
そう思った。
夕焼けの残る教室で、ひろはひとり、閉まりきらない感情を抱えたまま立ち尽くしていた。
翌朝、教室に入った瞬間から、ひろは無意識に廊下の向こうを探していた。
別のクラスだし、教室が違うんだから見えるわけもない。
そんなこと、わかっているのに。
昨日のことが頭から離れなかった。
夕方の空き教室。 ずれた袖口。 見えた手首。 それから、振り返らないまま残された「見なかったことにして」という声。
結局、昨夜はあまり眠れなかった。
考えないようにしようとしても、気づけばうりのことばかり浮かんでくる。
ちゃんと帰れたんだろうか。 あのあと、ひとりで大丈夫だったんだろうか。
昨日の自分は、あまりにも何もできなさすぎたんじゃないか。
そんなことばかりが、頭の中をぐるぐる回っていた
ホームルームが始まっても落ち着かないまま、ひろは何度も窓の外へ視線を逃がした。
先生の声が遠く聞こえる。
朝の空気はいつもと変わらないはずなのに、自分だけが妙に取り残されている気がした。
一時間目と二時間目の間の休み時間。
ひろは席を立つと、半ば衝動みたいに教室を出た。
別に、どうするつもりも決めていない。
でも、じっとしていられなかった。
案内してくれた廊下を思い出しながら、教室が並ぶ方へ向かう。
転校二日目で、こんなことをする自分はたぶんかなり怪しい。
それでも足は止まらなかった。
ちょうどうり教室から何人かの生徒が出てくるところだった。
ひろはできるだけ自然を装いながら、その中のひとりに声をかける。
hr
多々(モブ
hr
相手は少しだけ不思議そうな顔をしたあと、あっさりと答えた。
多々(モブ
その言葉に、ひろの胸がざわつく。
hr
多々(モブ
軽い調子で言われたその一言が、妙に引っかかった。
珍しくない。
たまに休む。
それがただの体調不良ならいい。
でも、昨日のうりの顔を思い出してしまったら、そんなふうに簡単に流せなかった。
hr
短く礼を言ってその場を離れようとしたとき、背後で別の声がした。
佐藤(モブ
ひろの足が止まる。
振り返ることはできなかった。
でも、続いた笑い声だけで十分だった。
多々(モブ
そこから先は、ちょうど廊下を走ってきた生徒の声やチャイムの音にかき消されて、うまく聞き取れなかった。
けれど、その断片だけで十分すぎるほど嫌な予感がした。
胸の奥が、冷たくなる。
昨日の放課後。
うりはあのあと、どうしていたんだろう。
ひろと別れたあと、まっすぐ帰れたんだろうか。
それとも――
hr
考えたくないのに、勝手に悪い方へ想像が流れていく。
昨日見た手首が、頭の中で何度もよみがえる。
あのとき、追いかけていればよかった。
せめてもう少し、ちゃんと話していればよかった。
あのままひとりにしなければよかった。
後悔ばかりが、遅れて押し寄せてくる。
ひろは無意識のうちに拳を握りしめていた。
たった一日しか話していない。
そんな相手のことで、こんなに心が乱されるなんておかしいのかもしれない。
でも、もうどうでもよくなっていた。
ただ、無事でいてほしい。
それだけだった。
教室へ戻る途中、窓ガラスに映った自分の顔が思った以上に険しくて、ひろは少しだけ目を伏せる。
何も知らない。
何もできていない。
それでも、このまま何も知らないふりだけはしたくなかった。
ひろは小さく息を吐く。
次にうりが学校へ来たら、今度こそ。
軽い言葉じゃなくてもいい。
正しい言い方じゃなくてもいい。
せめて、ひとりじゃないって伝えられる何かを、ちゃんと届けたい。
そう思った。
180タップお疲れ様! あと少しで学校ッスねぇ.... next→♡200
#下手注意