記憶なんて
って俺は嫌悪感を抱く。
知ってるだろ、「トラウマ」って言葉。
無限の形のないものが、凶器になる事もある。
教室の真ん中で吐いた。
授業中、教材用のビデオを見ている最中だった。
第二次世界大戦についてのビデオで、「日本は戦時注意、将兵の防寒着を得るために一般家庭から大量の飼育猫や犬が徴収された」と言った事が紹介されていた。
そこで役員が「補足」として、わざわざビデオを停めてこんな事を言った。
役員
役員
役員
役員の説明が終わるより先に胃液が逆流した。
そして記憶は掘り起こされた。
幼少のころ、
養父母が飼っていた猫を食べてみた事と……
そうだろうな。
どうも俺はマトモではない。 被害妄想の気(け)があり、癇癪を起こしやすく、またそうなると体力が切れてぶっ倒れるまで暴れるらしい。
両親と死別してからそう言う特性が表れるようになった、ような気もするがどうでもいい。
周りの人間曰く、「俺個人に問題がある」らしいのだから。
虫や小動物を殺す事にも快感を覚えるようになった。 そんな俺だから周りからは腫れ物のお荷物扱い。
そこでムシャクシャして、発作的に飼い猫を殺して食ったってんだから、やっぱり俺は救いようがない。
近所に住んでた、 姉弟と、俺より7歳上の男。
そいつらと俺は、ひとまとめにされる事が多かった。
ミサキ。
昔よく遊んでた、いや俺の世話役を押し付けられた、近所に住んでた姉弟だ。
いつも泣き虫の弟が後ろを付いて回ってた。 笑うと左の頬に笑くぼができた。
その笑顔は俺にもよく向けられた。優しい人間だったと当時は思った。 ように思う。
猫を食したあたりから、大人達は俺を更生と言うか、矯正と言うか、隔離施設に押し込むようになった。
そこからは度々脱走してたんだが。 「その日」も施設を抜け出し、冬の公園で空を見上げていた。
そこにミサキが来た。あの笑くぼを俺にむけてくれた。
2人で他愛もない話をしていた。
楽しかった。本当に。心の底から。
だから
見事なタイミングで施設の役員に居所がバレて、施設に連れ戻されて、折檻(せっかん)を受けて
「被害妄想」が発動した。
すなわちミサキと施設の役員がグルなのでは、と思い込んでしまった。
実はその後から記憶が途切れている。
それほど俺の怒りは、失望は、いや絶望か?は強かったのだろう。
だから「それ」に至るまでどのような経緯があったのかは覚えていない。 ただ鮮明に覚えているのは、手袋の布地越しに伝わるミサキの体温と。
ミサキが動かなくなるまでミサキの首から手を話そうとしなかった事だけ。
それがきっかけになったのかもしれない。
以来俺の特性が発動する気配はない。
きっとああでもしないと、俺はマトモな人間に近づけないのんだ。
そして「その記憶」は俺にずっと付きまとうんだ。
そう言えば一度、時系列としては「その出来事」が起こった後、
やけに硬くて生臭い肉を食べた事がある。
…結局ミサキの死体は見つかったんだろうか。
俺と、ミサキと、泣き虫の弟。
まとめてお世話してくれたのは、当時高校一年の男子学生だ。
そうだ。 あのやけに硬くて生臭い肉は男子学生が提供したやつだった。
硬くて、生臭くて、でも初めての味わいじゃない「それ」を咀嚼し続ける俺を
皆のまとめ役でいつも笑顔を絶やさない男子学生が、目にはっきりと侮蔑の色を浮かべて見下ろしていた。
ここでわりと最近の記憶が浮上する。
第二次世界大戦のビデオ教材を見る前、
「猫を食べる」とか補足してた、最近施設に着任した若い役員がわざわざ俺を呼び出して変な話を始めた。
役員
役員
役員
教室の真ん中で吐いた。
こんな記憶がある。
ミサキと男子学生が2人っきりで何か話している。俺は物陰でそれを聞いている。
ミサキ
俺の角度からミサキの顔は見えない。 でもきっと、あの笑くぼは浮かんでいない。
男子学生の顔は見えた。いつも通りの顔だった。
役員
俺は手放したい。
もういらない。
形もはっきりしないくせに、喪失感と絶望だけを押し付けた
記憶なんて
コメント
2件
話の構成自体は大学生の時に考えてたやつです。カニバリズムとかみなさまびっくりするのでは…と思って当時は執筆までには至りませんでした。 当時はこんな生々しい描写ではなかったです😌。それだけ作者が荒んで……ゴホンゴホン大人になったのでしょう😌 読んでくださりありがとうございました!