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4件
感情表現が天才、、😿 わーつ好きなので沸きました❕
うわああ切ない… 栞ちゃんの健気さがまた悲しい。 続きが楽しみです!
東園舞と同じクラスになったのは、高校二年の春だった。
私が最初に気付いた、よく通る彼女の声。
教室の後ろの席から、低くもなく高くもない、転がるような笑い方がいつも聞こえてくる。
誰かの話に乗っかって、大きく反応して、また笑う。
それが一日に何度も聞こえてくるものだから、私はいつの間にか、声の方向を確認するようになっていた。
振り返るたびに、舞がいた。
栗色の髪を肩のあたりで切り揃え、制服のリボンが少しだけ緩んでいて、誰かの肩を叩きながら笑っていた。
クラスの中心にいる、というより……どこにいても自然に人が集まってくる。そういうタイプ。
私とは、正反対だった。
舞
最初に話しかけられたのは、五月の終わりだった。
放課後の教室。私は窓際の席で本を読んでいた。大半の生徒はもう帰っていて、教室には数人しかいない時間帯。
栞
舞
栞
舞
栞
舞
舞は私の持っている本を、遠慮なく覗き込む。
距離が近かった。石鹸のような香りがした。
舞
栞
舞
栞
舞
舞はそう言ってまた笑う。普段通りの転がるような笑い声が、空になった教室に響いた。
聞きながら私は、胸の中で何かがドクンと動いたことに、その時まだ気付いていなかった。
仲良くなるのに、さほどの時間はかからなかった。
舞の方が距離を縮めるのに慣れていた。私が少し引いてみても、彼女はそれを気に留めない。
むしろ引いた分だけ近付いてくる。それが押しつけがましくなかったのは、舞の絶妙な距離感なのだと思う。
怒りもせず、拗ねもせず、ただ笑っていた。
栞
舞
栞
舞
栞
舞
舞
舞はそう言ってから、少しだけ照れたように笑う。
舞
栞
舞
「楽」という言葉を、私はその時、素直に受け取った。
自分が誰かにとって楽な場所になれることは、嬉しいことだと思っていたから。
男子から告白されたことは何度かあった。
全員、悪い人ではなかった。真剣に話してくれた。ちゃんと断るのが申し訳なくて、一度付き合ってみたこともある。
でも……何も起きなかった。
手を繋いでも、名前を呼ばれても、何も進展しなかった。
ドキドキするとか、すぐにでも会いたいとか、そういう類の感情が一切湧かない。
相手が悪いのではなく……私の中の問題。
おかしいのかな、と思うこともあった。でも考えすぎだと思うことにした。まだ若いから、とか。
でも。
舞
六月の雨の日だった。
放課後の図書室。窓に雨粒が当たる音が続いていた。
舞
静かな声だった。いつもの明るい笑い声とは、全然違う。
目が合った。舞の瞳は真剣だった。
栞
舞
舞は少しだけ頬を赤くしながら続ける。
舞
舞
「怖い」という言葉が舞の口から出ることが、私は意外だった。普段あんなに笑っている人が、恥ずかしそうにしながら。
舞
栞
舞
栞
私はそう言いながら、自分の胸の中を確認する。
心臓が……速かった。
栞
声が、少しだけ震えた。
栞
舞が目を丸くした。
それから、また笑った。
しかし今回のそれは、日頃の強い彼女から想像もつかない、泣きそうな笑い方だった。
舞
外で、雨の音が静かに続いていた。
舞と付き合い始めてから、世界が少しだけ変わった。
今まで曖昧だったものが、彼女といることで形を持ち始めた。
私が「好き」と思える人がいること。その人と並んで歩けること。それがこんなに……こんなに温かいなんて、知らなかった。
舞はよく笑い、よく話し、よく私の手を引いた。
私は、舞の私だけに向けてくれる一挙手一投足がどれほど尊いものかを、念入りに確認していた。
依存……という言葉が近かったのかもしれない。
舞
舞が私の部屋に来た日、隅のギターケースを見つけて言った。
栞
舞
栞
舞
私は少し迷ってから、ケースを開けた。
舞はベッドの上に腹這いになって、顎を手のひらに乗せつつ、キラキラした目で私の方を見ていた。
何を弾こうか考える。派手な曲は弾けない。だからといって暗すぎるものも違う気がした。
栞
結局、Simon & GarfunkelのThe Sound of Silenceを弾いた。中学生の頃から、指が覚えている曲だった。
私が弾き始めると舞は黙った。笑わずにただ聴いている。
舞
弾き終わった時、彼女がぽつりと言った。
栞
舞
栞
舞
栞
舞
栞
舞は照れたように前髪を直し、またいつもの笑顔に戻った。
舞
栞
舞
私は少しだけ考え、ギターとピックを持ち直す。
栞
次はFleetwood MacのLandslideを弾いた。
変化を恐れている自分、しかし変わっていく自分を受け入れようとする……そういう曲。
弾きながら、私は舞の顔を見ることができなかった。
見たら、泣いてしまいそうな気がした。
栞
特に理由もなく、そのままWurtSのBEATを弾いていた。
最近よく聴いていた、それだけ。
舞はベッドの上で、さっきから静かだった。Landslideを聴いていた時はぽつぽつ話しかけてきたのに、今は黙っている。
私は弦に集中しつつ、あの子が黙っている間は大抵考え事をしている時だと知っていたから、特に気にしなかった。
複雑なコードをひとつ、丁寧に押さえる。
その時だった。
栞
気配が動き、舞がベッドから降りた音がして……次の瞬間、唇に何かが触れた。
舞
栞
弦から指が離れる。
音が、途切れる。
舞の端正な顔が……すぐそこにあった。目を閉じていた。栗色の髪が、私の頬に優しく触れていた。
時間が止まった気がした。
それから舞が身体を傾け、私はそのまま後ろへ倒された。ギターが手から離れて床に静かに落ちる。弦が低く鳴った。
天井が見えた。
舞が上から私を見ていた。
告白してくれた日と同じ顔だった。
栞
舞
声がいつもより低い。私は黙った。
舞の顔がまた近付いてくる。今度は首の方へ。
栞
舞の唇が、私の首筋に触れる。
躊躇いがあるような軽さだった。
でも次の瞬間……少しだけ、力が入れられる。
歯が、触れた。
栞
痛くはない。むしろ……快感があった。
私の中で何かが燃え始める。考えるより先に身体が動いた。
舞
舞の首に手を回し、多少強引に引き寄せる。
それから、私も同じようにした。
ただし……少しだけ、強く。
舞
栞
舞が笑った。今度は普段通りに近い。しかし頬は赤かった。
舞
栞
舞
栞
舞
舞は自分の首筋を確認しようと顎を引いたが、どうしても確認できないと分かって私を見る。
舞
栞
舞
彼女は怒っていなかった。むしろ……満足そうだった。
舞
栞
床に落ちたギターが、まだそこにある。
BEATの続きを弾く気に、今夜はなれなかった。
それから一年が過ぎ、季節が一周した。
私は舞の全てを大切にしていた。
大切にし過ぎていた、かもしれない。
舞が私以外の誰かと話す時間が増えても、私は何も言わなかった。言う資格があると思えなかった。あの子はもともと、誰とでも話す人だったから。
でも。
少しずつ、私たちの間で何かが変わっていった。
舞からのメッセージが減った。会う約束が流れた。
会えた時も、彼女の目がどこか遠くを見ていることがあった。
私は……気付いていた。
気付いていたけど、聞けなかった。
聞いた途端、終わってしまう気がしたから。
舞
十一月の放課後。教室には私たちしかいなかった。
私を呼ぶその声の感情が読み取れない。
栞
舞
私は舞を見た。
彼女は私に視線をくれず、代わりに窓の外を見ている。
低い雲の立ちこめた空は灰色だった。
栞
舞
言葉が落ち、私の中で何かが止まる。
栞
舞
栞
舞は少しだけ黙る。それから、窓の外を眺めたまま言った。
舞
栞
舞
それは、予想していた言葉ではなかった。
あの日、舞は「気を遣わなくていい」と言った。
「居ていいんだって思える」と言った。
それは……嘘だったの?
それとも、変わったの?
どちらなのかを聞く前に、舞が続ける。
舞
栞
舞
栞
舞
「普通」という言葉が、胸に刺さった。
栞
舞
栞
そこで初めて、舞が私の方を向いた。
舞
それだけ。私は頷いた。
栞
舞
栞
大丈夫ではなかった。
でも、それ以外の言葉が見つからなかった。
舞の顔を、最後にもう一度だけ見る。
彼女は申し訳なさそうな表情をしていた。しかしその奥に、どこか……解放されたような軽さがあった。
私はそれを見て、何も言わず、微笑んだ。
いつもの、穏やかな顔で。
家に帰ってから、私はすぐにギターを出した。
理由は分からない。ただ、チューニングをする自分の手が震えていることに気付く。
調律だけは正確にやろうとしている自分が、少しおかしい。
弦に指を当てる。何を弾くかは、決めていなかった。
ややあって、指が動き出す。
Landslideだった。舞の前で弾いた、あの曲。
Well, I’ve been afraid of changing...
栞
歌詞を口にしようとした瞬間、声が出なかった。
声の代わりに、別のものが込み上げる。
涙が落ちた。
一粒ではなかった。止まらなかった。弦が滲んで、コードの形が見えなくなった。
それでも指を動かし続ける。音が歪んでしまっていることは分かっていた。でも止められなかった。
泣きながら、弾き続けた。
舞の顔を思い出した。
告白してくれた日の泣きそうな笑い方を思い出した。一緒に歩いた帰り道を思い出した。私のギターを聴くあの横顔を思い出した。愛しさで付け合った噛み跡を思い出した。
「きれい」と言ってくれた声が、まだ耳の中にあった。
栞
何で。
声にならない言葉が、胸の中で溢れた。
何で暗いとか、重いとか、そんな言葉で終わりにできるの。
何で今さら、普通の方がいいとか……じゃあ私と付き合っていた時間は何だったの。
全部、声にならなかった。ならないまま涙だけが落ち続ける。
弦の音が歪んでいた。
それでも、弾くのをやめられなかった。
やめてしまったら……本当に、終わる気がしたから。
松下一成
成長痛ガチ膝にくる