鴨野
そこから諒は、
不倫のことを話しました

鴨野
あとはもう、
鶴崎さんにメールで送った通りです

鶴崎さん
はぁ……

鶴崎さん
全く、
何年も連絡がないと思えば、

鶴崎さん
これほどの
所業をしていたとは……

鶴崎さん
うちの愚弟が
取り返しのつかないことをした

鶴崎さん
本当に、申し訳ない

鴨野
顔を上げてください、鶴崎さん!

鶴崎さん
ですが、

鴨野
いいんです

鴨野
どうせもう、
戻ってきやしないんですから

鶴崎さん
鴨野君……

鴨野
さあ、顔を上げてください

鴨野
今日は

鴨野
鶴崎さんに謝ってもらうために
呼んでませんから

鶴崎さん
すみません、本当に

鶴崎さん
余計な気遣いまでさせてしまって

鴨野
このくらい大丈夫ですよ

鶴崎さん
では、

鶴崎さん
そろそろお聞きしましょうか

鶴崎さん
貴方が今日、
僕に話したかったことを

僕はグラスをカウンターに置き、
組んだ手に顎を乗せる。
鴨野
一週間前の、優香の事故のことです

鴨野
優香の解剖結果は、
誰もが分かる通り交通事故でした

鴨野
だけど僕は、

鴨野

鴨野
優香の事故に何か、
裏があると考えました

鶴崎さん
裏、ですか……

鴨野
優香が轢かれなければならない理由
が、過去にあったはずなんです

鶴崎さん
それを考えたきっかけは?

鴨野
事故が起きる前、優香が息子を
アイス屋に連れて行ったことです

鶴崎さん
特に変わった所は
ありませんが……

鴨野
実を言うとその日、
アイス屋は閉まっていたんです

鴨野
普通、店が閉まっているのに
わざわざ向かいの店まで行く必要
があると思いますか?

鶴崎さん
私なら行きませんね

鶴崎さん
けれど、
優香君は学生時代の頃から
抜けている部分があったでしょう

鴨野
場当たり的に行動することが多い
人でしたからね……

鶴崎さん
うーむ……

鶴崎さん
この事柄と貴方の言う裏は今、
何の関係もないように思われますが

鴨野
そう、思うでしょう?

鴨野
だから僕は、
鶴崎さんに話した諒との会話を
否定しないといけなくなる

鶴崎さん
愚弟との会話とは、まさか……

鴨野
そう、そのまさかです

鴨野

鴨野
諒はそもそも、
優香と浮気をしていない

鶴崎さん
ですが貴方と話していた時、愚弟は不倫を認めたのではないですか?

鴨野
確かに諒はあの時、
不倫の話をしました

鴨野
けれどあいつが話したのは、

鴨野
・・
優香との不倫のことではありません

鴨野
・・・・・・
優香と別の誰かとの不倫話でした

鶴崎さん
別の、誰か……?

鴨野
この際、
はっきりさせてしまいましょう

鴨野
優香の事故の裏に関わり、
優香と本当に不倫した……

鴨野

鴨野
黒幕は、あなたです

鴨野
鶴崎さん

鶴崎さん
随分と面白い話をしてくれますね

鶴崎さん
最近の仕事に追われる日々は少々退屈でしたので、楽しめそうですよ

鴨野
楽しんでいただけて何より

鴨野
僕も、鶴崎さんが僕の話を聞く度
どんなふうに歪んだ顔を見せてくれるのか楽しみです

鴨野
では、
この推理ショーを盛り上げるために
僕たちの過去を遡っていきましょう

鴨野
まずは僕たちが高校生の時の話です

鴨野
諒が毎日のように、女子絡みで
揉めていたことを覚えていますか?

鴨野
彼女を奪ったーとか、なんとかで

鶴崎さん
ああ、そのことですか

鶴崎さん
傷が絶えることがなかったので、
よく母が手を焼いていましたよ

鶴崎さん
それがどうかされましたか?

鴨野
……諒とダジャレで仲良くなったある日、あいつから打ち明けられたことがあるんです

鴨野
『本当は女子が大の苦手で、今までの恋愛対象は全員男なんだ』

鴨野
って

鶴崎さん
それは、初耳でしたね

鶴崎さん
ですが近年、
性指向が両性のバイセクシャルが存在
しているでしょう?

鶴崎さん
例え貴方にゲイだと宣言していたとしても、どこかで女性にも魅力を感じる可能性は大いにあるはずです

鴨野
……あくまでシラを切り通しますか

鶴崎さん
私は可能性を提示したまでですよ

光悦とした表情を浮かべる鶴崎に、
僕は苛立ちを募らせる。
けれど息を深く吸って、沸々と湧く
苛立ちを落ち着かせた。
鴨野
……では次に、
諒の家族なら誰でも知っている話
に入りましょう

鴨野
鶴崎さんは当然の如く、
諒の血液型をご存知ですよね?

鶴崎さん
……急な愚問ですね

鶴崎さん
A型でしょう

鶴崎さん
先ほど貴方が話していたではありませんか

鴨野
……ふふ

鶴崎さん
何か、おかしな点でも?

鴨野
ふふ、すみません

鴨野
本当おかしくて笑っちゃいました

こみあげる笑いをなんとか咳払いに移して、話を続ける。
鴨野
ついでにもう一つ

鴨野
諒が小さい頃から重度のアレルギー体質だったことを知っていますか?

鶴崎さん
ええ

鶴崎さん
子供ながらの記憶ですが、何かを食べる度に蕁麻疹が出ていたことを記憶してますよ

鴨野
それを心配した諒の両親が、
病院に通っていたことも?

鶴崎さん
当然

鴨野
なら、

鴨野

鴨野
こんな事は知っていますか?

鴨野
アレルギー検査をするとき、
その過程で血液型を調べることが
できることを

今まで何を聞いても、顔色一つ
変えなかった鶴崎さんが瞠目する。
鶴崎さん
まさか、

鶴崎さん
あいつの血液型は……

鴨野
A型ではなく、

鴨野

鴨野
正真正銘のB型です

鶴崎さんは突如告げられた真実に
口をあんぐりと開けている。
鴨野
……あの交通事故がなければ

鴨野
血液型検査をすることはなかったし、

鴨野
こうして今、最悪な気分になることも無くて

鴨野
あなたも、不祥事なく起業家の仕事も続けられていて

鴨野
僕ら家族三人はベットの上で、幸せに眠れていたのに

鴨野
鶴崎さん

鴨野

鴨野
・・・・
あなたが起こした交通事故のせいで、

鴨野
真実が暴かれることなく成り立っていた
幸せが、すべて壊れました

鶴崎さん
私が……起こした事故だと?

鴨野
正確に言うと

鴨野
あなたの指示によって起きた事故、
でしょうか

鶴崎さん
ばかばかしい話だ

鶴崎さん
第一、事故の推理を聞かせる相手は私ではなくて、優香を轢いた奴だろう?

鶴崎さん
偶然起きた交通事故の責任を
なすりつけるのも大概にしていただきたい

鴨野
なら今、

鴨野
あなたの家にある電話に繋いで、
その方と話をさせてくださいよ!

鶴崎さん
何を言っているんだ!

鶴崎さん
優香を轢いた犯人は
未だ逃亡中だとニュースで、

鴨野
真実はお前の財力で揉み消してるだろう!?

鴨野
本当は逃走中なんかじゃない、

鴨野
まだお前の家にいるはずだ!

鴨野
今は仕事に行くこともできず、

鴨野
連絡を取ることも許されていない、

鴨野
諒との仲の良さを暗示した、
お揃いのイヤーカフをつける人物……

鴨野
諒の恋人、白鳥がね!!

いつの間にか取れていた語尾の敬語を咳払いで誤魔化し、
鴨野
大方はこうでしょう

鴨野
まず、諒と交流を深めていて、

鴨野
かつ、弱みを握れる人間を探した

鴨野
それが、
親の借金を抱えている白鳥だった

鴨野
白鳥の借金を全て払い、逆らえない状態にした白鳥に優香を轢かせた

鴨野
白鳥に優香を轢かせたのは、不倫の証拠を揉み消すため

鴨野
白鳥を事故現場から拉致したのは、警察に事実を話すことを恐れたため

鴨野
そうでしょう?

鶴崎さん
……はは

鶴崎さんは首を折り、
カウンターと睨み合わせになる。
鴨野
? 何がおかしい、

鶴崎さん
いやはやまさか!

鶴崎さん

鶴崎さん
カモにバレるとはなぁ?

鴨野
! それは諒との、

鶴崎さん
良い言葉だな、これ

鶴崎さん
常日頃カモの相手をしているから
多用させてもらってるよ

鶴崎さん
うちの愚弟も例外なく、ね

鴨野
お前……

もう敬語を使う必要はないな、と呟いて
鶴崎さんは頭を掻き、長い足を組む。
鶴崎さん
それにしても驚いたな

鶴崎さん
おおよそ、お前の推理通りだよ

鶴崎さん
現に今、白鳥を軟禁しているし、

鶴崎さん
お前の女と不倫したことも事実だ

鶴崎さん

鶴崎さん
ただお前は、
少しばかり勘違いをしている

鴨野
何……?

鶴崎さん
俺が白鳥に轢くよう命じたのは、

鶴崎さん
お前の息子だ

鴨野

鴨野
どうして、俺の息子を……

鶴崎さん
将来、俺の障害になると判断したまでだ

鶴崎さん
妊ったと聞いた時、あいつに流産を促す薬を渡したことがあったのだが、

鶴崎さん
警戒して飲まなくてな

鶴崎さん
どう殺そうか考えていたんだよ

鶴崎さん
そして脳に浮かんだのが、
一週間前の事故のことだ

鶴崎さん
優香に子供を道路に放って、
車が轢きやすいようにしろと命令したんだ

鶴崎さん
あの時のあいつの表情は、
僕を昂らせるのに充分だったよ

鴨野
……待て

鴨野
優香に、息子を轢かせる手伝いって、

鶴崎さんは一瞬呆けた顔をすると、
さぞ愉快そうに笑い転げた。
鶴崎さん
はっはっは!

鶴崎さん
まさか気づいてなかったとは……

鶴崎さん
アイスクリーム屋に着目したから
知っていたとばかりに思っていたのだが

鶴崎さん
余計なことを喋ってしまったな

鶴崎さん
ふ、まあいい

鶴崎さん
そして、
これまた誤算だったのは

鶴崎さん
優香がお前の息子を庇ったことだ

鶴崎さん
あの面倒くさがりの女に母性があるとは露にも思わなかったよ

鶴崎さん

鶴崎さん
ああ、そうだ

鶴崎さん
これは少し、疑問に思っていたことだが

鶴崎さん
なぜお前は、確とした証拠も、DNA検査の結果もあったというのに、
警察にその証拠を持って行かなかった?

鶴崎さん
俺がこうしてお前と話している間、部下に片付けを済ませるよう指示している、

鶴崎さん
そんな可能性を考えやしなかったのかい?

口を小さく開いた僕をみて鶴崎さんは、
占めたと言わんばかりに顔を歪ませた。
鶴崎さん
ここまで私を追い詰めたのに、こんなところでヘマをするとは……
愚弟の友人だけにある

鶴崎さん
本当に残念だったな!

鶴崎さん
……なんだ

鶴崎さん
その、笑顔は

鴨野
いえ

鴨野
ただ、

鶴崎さん
っ何、

鶴崎さんはぎょっとして、
鈍色に光るそれを見つめる。
鴨野
あなたが想像した以上のクズで、
安心しただけです

鴨野
これで

鴨野

鴨野
ためらいなく、復讐できる
