雨あがりを待つ時間は もったいないと思っていた。
夏のはじまり、 つまらなかった。
無意味と呼ぶには可哀想で、
有意義かと問われれば 否定するくらいには。
蝉が鳴いて、日が照って、
そんな陰の中で君を知った。
開放されたプールには 誰もいなくて
いつもよりどこか寂れて見えた。
ぽつりと答える声が 煌めく水面で跳ね返る。
アスファルトの地面に 火傷しそうになりながら
三角形を崩して 裸足を水につけた。
水中を蹴りあげて 飛沫を散らす。
ぱしゃぱしゃと遊んでいたら 疲れたのでやめた。
どこかの小学生たちの歓声と
蝉の合唱のほかには
静寂がふんわりと漂っていた。
先輩が薄く笑って 目を細めた。
だってありえてしまったら
夜、眠る前に 泣けなくなっちゃうから。
先輩が来ない日は、 鍵を借りて教室に入り浸る。
先輩の席で突っ伏して
机の表面をなぞってみた。
花丸みたいな太陽と
二秒で描いたような雑な雲と
歪んだ形の小さい雫
室内のぬるい空気を
窓から入る風が 冷やしていく。
やさしい睡魔にいざなわれて
そっと瞼を閉じる。
ざあざあとノイズのような音が すぐ近くで鳴っている。
顔を支えていたせいで 右腕が痺れていた。
首だけ動かして左を向くと
黒い空に雨が降っていた。
二人で廊下を歩いているとき
先輩が立ち止まった。
まだ止みそうにない。
自分の言葉が 身体中でくぐもって聞こえる。
こんなときばかり 沈黙に緊張してしまうなんて。
嘘ですよね、 と訊けないもどかしさ。
せめて本当ならと期待だけ。
指を絡めていた。
気づいていても 離さなかった。
そこからはずっと無言で 歩いていた。
夕立はこれかぎりだった。
それからも毎日 学校に行った。
どうでもいい世間話や 雑談ばかりしていた。
最終日も特に何もなく、
揺らめく水面に 酔いそうだった。
両手で水を掬って、 先輩に向けてかけた。
なんだかぼんやりしていた。
暗くなってきたから 帰ろうとした。
後悔なんてしていない。
私が遅かっただけ。
手を繋いだことは お互いに言わなかった。
公園のブランコに座って
ただ空を眺めていた。
終わってしまってから 私は
抜け殻みたいに過ごしていた。
先輩に会わないと決めたのは、
負けたから。
夏休みの間に告白するという 自分自身の賭けに。
これからも会っていたって どうせ言えない。
諦めたほうが楽だって思った。
他人には くだらないだろうけれど、
望まずに恋うのは苦しかった。
なんだかんだ人気者の先輩は
もう早く忘れてしまえばいい。
どうして私といてくれたのかは 解りたくもないけれど。
凪いだ顔が綻ぶ瞬間が 嬉しかった。
一秒だけ目が合って逸らすのも 楽しかった。
そういうのも無くしたのに 覚えている。
今なら どんな景色も安っぽく映る。
一緒に見た入道雲のほうが ずっと綺麗だった。
そういえば、 しばらく雨を見ていない。
いないかもしれない神様。
涙はまだ抑えていてください。
あの時間を 上書きされたくないから。
この傘も開きたくないから。
このまま晴れて、 傘もほうって、
コメント
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編集部ピックアップから来ました。 時差、初コメント失礼します。 主様の言葉選び、そしてそれが創る独特な雰囲気、大好きです。 応援しています。
初見なんですけど、めっちゃ好きです独特な雰囲気を醸し出しながらも、物語の中に吸い込まれるような感じで、素敵だなと思いました!