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二人の影が、赤黒く混ざり合いながら、 夕闇の向こうへ消えていく
その様子を、遥か高い「光の境界線」の向こう側から、 じっと見つめている少年がいた
古賀勲
勲だった
もう痛覚はないはずなのに、 酒瓶でやられた古傷が痛むような気がした
彼は、あの12歳の頃のまま、泥も煤も綺麗に落ちた姿で、 澄み切った穏やかな光の差す場所に佇んでいた
炭鉱の奥底で慎一に頭を撫でられ、 「ゆっくり休めよ」と言われたあの日から、 勲の魂はずっと、この場所で慎一が旅立ってくるのを待ち続けていた
古賀勲
勲の口から、掠れた声がこぼれ落ちる
かつて慎一に握ってもらえた右手を、 睨むように見つめる
しかし、どんなに声を張り上げても、 あちら側の重く淀んだ赤い夕焼けの空には、自分の声は微塵も響かない
勲の視線の先では、慎一が露子の冷たい手を、 しっかりと握り返しながら、歩いている
古賀勲
古賀勲
胸が、引き裂かれるように痛む
かつて夕暮れの帰り道で、真っ赤な顔をした自分に、 「仕方ないな」と笑って手を握り返してくれた、一番温かかった慎一の手
自分が命がけで守りたかった、 未来で自分のために涙を流し続けてくれた慎一の魂は、 最期の瞬間、自分ではなく「露子」を選んだ
慎一が握っているのは、もう自分の「生きた温かい手」ではない 露子の「凍りつくような死の手」だ
「絶対に離さない」 「もう僕を一人にするな」 あの時にかけてくれた言葉すら、ただの嘘だったの? 本当は、俺をどう思っていたの? それに、このモヤモヤの名前はなんていうの?
こんなに苦しいなら、最初から出会わなければよかった 考えれば考えるほど、呼吸が浅くなる もう、生きた肉体なんか残っていないのに
古賀勲
勲の目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ、 光の床に吸い込まれて消えていく
どれだけ時間が経とうとも、死後の世界が分かたれてしまおうとも、 勲にとって慎一は「世界のすべて」のまま
だからこそ、慎一が自分ではなく怪異と共にいることを選んだ事実が、 あまりにも残酷であり、勲の心を打ち砕いていた
勲はしばらく、その場から動こうとしなかった
光の境界線の向こう、暗い夕闇に消えていく慎一の背中を、 涙を流しながら、目つきの悪い赤い瞳で、 じっと見つめ続ける
古賀勲
古賀勲
勲は届かない想いを胸に抱きながら、 夕闇へ消える慎一の背中を見つめる
しかし、その時、勲の胸の奥で、 張り裂けそうなほど巨大な「何か」が産声をあげた
古賀勲
それは、「友情」だとか、「依存」だとか、 そんな生ぬるい言葉では片付けられないものだった
慎一が露子に夢中になっていた時に感じる、 重たくて、自分でもわからなかった感情
勲は全てを「温かさと愛を貰えない環境のせい」にして、 自分の本心を見て見ぬふりをしていたが、 死後に今更、無視することなんかできない
そして、勲はハッとする 今まで、「ありえねぇ」と自分自身に言い聞かせていたが、 やっぱり、そうだったのだと
古賀勲
口にしなかったものの、 そこから先の言葉に詰まる
誰からもまともな愛を受けない環境で育ったためか、 寂しさの裏返しだと思っていた
「俺の慎一に触るな」と他の奴らを威嚇するのも、 ただの独占欲であり、単なる依存だと言い聞かせていた
慎一と二人で手を繋いで帰ったあの日、 心臓が跳ね上がるくらいドキドキしたのも、 世間にどう映っているのかわからない恐怖のせいだと、 自分に嘘をついていた
だけど、どうやら違うみたい
怪異として現れた露子の手を握る、慎一の後ろ姿を、 指をくわえて見ていることしかできない現状
手を繋いで帰った帰り道、夕焼けの下で過ごした二人の時間、 慎一を通せんぼして、廊下で追いかけっこをした日
慎一と過ごしてきた、全ての思い出が、 雪崩のように、一気に押し寄せてくる
気がついた頃には、頰が濡れる感覚を覚え、 両手には、雫が一滴、また一滴と落っこちてくる
古賀勲
古賀勲
勲は自分の胸元を強く 掻き毟り、 光の床に膝を突いて激しく 嗚咽した
もし、生きている間に、この気持ちに気づけたら
勲はふと、小さな頭でそう考える
あの放課後、 慎一の服の裾を引っ張った時、 「そいつに近づくな」なんて回りくどい言葉ではなく、 「俺だけを見てくれ」と、自分の本当の本心を、 飾ることなくぶつけていたら、少し未来は変わっていたのだろうか
慎一のあの鋭い目は、自分の気持ちを見抜いて、 少しは「仕方ないな」と笑ってくれたのだろうか
どんなに後悔しても、もう遅い 慎一と笑い合えた日なんて、もう遠い昔の話
古賀勲
涙で視界をぐしゃぐしゃに歪ませながらも、勲は光の境界線の向こうにいる慎一の残影を、 狂おしいほど一途に、見つめ続けていた
コメント
1件
うわあ…第4話、めちゃくちゃ重くて切なかったです。勲が死後も慎一を待ち続けてる設定、ここで効いてくるんですね。慎一が露子の手を握って去っていくのを、光の境界線の向こうから見つめるしかない地獄。「離さない」って言ったのに…って思うと胸が痛い。そして自分が恋愛感情だったと死んでから気づく展開、「遅ぇよ」って自分を責めるシーンが特に響きました。「俺だけを見てくれ」って生きてる時に言えてたら…って後悔、辛すぎます…