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遺書 私、神崎隼也はこの度、皆様に多大なる御迷惑をおかけ致しましたことを、ここに謝罪致します。 そもそも私は未成年であり、財産や利権を有していないほか、身寄りもないため、遺言状ではなく個人的な考えや想い、そして、事件の経緯や真相について書き残したい所存です。つまり、遺書として以降の事項を書き留めることをご了承ください。 早速ですが、動機と呼ばれるものでしょうか。この事態を引き起こす契機となったことについて記したいと思います。 事の始まりは、21年前に遡ります。そうです。私がこの世に産まれ落ちる以前の話に至ります。 私の母、神崎冬子(かんざき とうこ)は私と同じく幼い頃から身寄りもなく、職を転々として食い繋いで生活していたそうです。しかし、その生活も限界があり、闇金と呼ばれるような民間の金融会社に借金をし、その手の業者に追い回されてしまうようになったそうです。母は絶望し、死ぬ事を決心していたようです。そんな母が、文字通り路頭に迷っていると、そこにあの橘真が現れたのです。 ここで、橘真について少し話す必要があるでしょう。橘真の祖父は著名な官吏として幅を利かせていたらしいのです。そこで得た資金を基に、父の代で行ったx県の宅地開発が大当たりし、いわゆる財閥を築いたのです。祖父、父の代で得たこの莫大な財産と権利を受け継ぎ、橘真は重鎮を占めることになります。橘真の評価としては、父のおこぼれを拾った"ボンボン"という声や、権力の椅子に座るだけで、実務は部下に任せっきりであるといった声もあったそうです。これについては、俗的な噂でしかなく、根拠は何もありませんし、別に橘真の仕事上の能力の如何などどうでもいいことです。 そんな橘真は偶然にも、路上で困り果てている母を発見し、その美貌に惹かれて声を掛けたそうです。母から事情を聞いた橘真は、「是非とも、私の別荘にでも来ないか」と提案し、藁にもすがる思いで母はそれを快諾しました。こうして、橘真は母、神崎冬子を匿うことにしたのです。 もうお察しかもしれませんが、その別荘というのが今回の事件に利用した、あの橘邸のことです。橘邸はx県の秘境と呼んでも良いぐらい、周囲に村落の一つもない奥まった森の中にあります。母はそこに連れられて、自然に囲まれた大邸宅で、毎日、豪勢な食事と親切な橘真という男に触れるうち、やがて橘真に想いを寄せることになります。初めのうち、橘真はとても良くしてくれたそうですね。いつも母のことを気にかけ、「いつまでも居てくれて良いし、帰りたければ、寂しいがいつでも帰って良い」とまで言っていたそうなんです。 もう1人、ここで橘邸の居住者を紹介しなければなりません。それが、佐久間浩樹(さくま ひろき)という執事です。実は、私が生前の母を知ることができたのは、この佐久間さんという方のおかげです。彼は橘真の元で数十年も仕えていて、主に身の回りの世話や送迎を担っていたそうです。彼は、幸せそうな母からこれまでの話を、よく聞かされたといいます。皮肉にも、母は橘真のおかげで初めてこれほどの幸せを得られたのでしょう。後に、あんな仕打ちを受けるとも知らず……。 この3人だけが暮らす橘邸に来てから、2年が過ぎた頃だといいます。すっかり馴染んでいた母は、橘真との婚約を考えていたそうです。しかし、あくまで拾われた身です。橘真からのプロポーズをずっと待っていたらしいですね。あまり母のこうした面を語りたくはないのですが、語らざるおえないのでここに記します。この頃になると、母は橘真と体の関係もあったらしいのです。2年も過ぎて、お互いに憎からず思っていた仲なのでそれはあり得ることです。そんなある日、母は突然の吐き気からトイレに駆け込んだそうです。母は勘づいたそうなんです。これが "つわり" である事に。まず母は、佐久間さんにこの事を相談し、話し合いの末に橘真に子を授かったことを伝えたそうです。 するとどうでしょう。橘真はみるみる内に豹変し、焦燥と激昂から母を地下室に閉じ込めたと言います。恐らく、身寄りもなく、闇金から金を借りて路頭に迷っていた淫婦との子など、世間に公表したくないと言った下衆な考えなんでしょう。隠し子というものが出来て仕舞えば、橘財閥のリーダーとしての信頼を失います。スキャンダルからの失脚を第一に考えて、私達母子のことなど二の舞にしたのです。こんなクズを許しておけますでしょうか。 それからの母の生活は、地獄でした。何もないコンクリートの無機質な空間で、時計もないために時間の経過も曖昧になり、ただ壁と天井を見つめるしかない。扉を叩いても防音仕様になっていて助けも求められず、そこに存在するしか術はなかったのです。食事と水は一応出たらしいですが、当然のように、以前まで出ていた食事なんかではなく、パンの一つ、あるいは野菜をもりつけただけの皿が運ばれたそうです。これも、佐久間さんが内密に地下室まで食事を運んでいたからわかる事なんです。 その際の母の様子は、とてもまともではなかったらしいです。それはそうですよね、妊婦で精神状態も不安定な時期に、そんな部屋にずっと閉じ込められていたらおかしくもなります。時間にして、そこで7ヶ月は居たそうです。とてもじゃないですけど、こんなことがあってはなりません。 この7ヶ月目にして、母は私を産む事になります。これは早産になります。いつものように食事を運んできた佐久間さんに、破水した事を伝えて、病院へと連れて行ってもらう事を請い願ったそうです。佐久間さんは急いで扉を開けて、自身の車に乗せたそうです。その際、橘真は「連れていきたいなら連れて行け。しかし、行くのならもう二度と戻っては来るな」と言い渡し、その言葉を承知した上で、佐久間さんは母を産院へと運びました。本当に、橘真はどこまでも卑劣な男です。 無事、産院に着くとそこで母は私を出産しました。しかし、母は病床であっけなく死んだそうです。突然死だったそうです。あの地下室に閉じ込められた生活が祟って、栄養失調になっていた事も判明します。医者は佐久間さんに、なぜこんな状態になっているのかと、当然問い詰めましたが、相手はあまりに大きい権力を持っている橘財閥です。佐久間さんは何も答えられず、私を里親として引き取る事にしたのです。そうです。私は、佐久間浩樹という元執事に今まで育てられてきました。 私がこの経緯を知ったのは、16歳の頃です。佐久間さんはもう70を過ぎていて、死期が近いということはよくわかりました。総合病院に入院した佐久間さんは、死ぬ2日前に、前述した通りの母と橘真との経緯を教えてくれました。これまでは、両親に関して何も教えられなかったのです。嘘をつくのも下手な人なので、ただ黙っておくしかなかったんでしょう。それが、途端に凄惨な真相を打ち明けられました。私は何もいうことができず、気付けば佐久間さんも亡くなっていた事を覚えています。 葬儀の際も、私は涙一つ流せませんでした。周囲からは、随分と薄情な貰い子だと思われたことでしょうね。実際のところ、私には悲しむ余裕さえなかったんです。 それから幾日と、幾週と経ったでしょうか。ようやく私は悲しさや怒りといった感情を実感し、その遣り場のない衝動を抑えられることができませんでした。そうして私は、橘真に復讐する事を決意します。それが、今回の"マーダーゲーム"の始まりです。 まずは情報取集から始めました。現在の橘財閥や橘真について調べる内、どうやら財閥は衰退し、橘真は現在、妻子を持って隠居しているようなのです。妻は橘理恵、子は橘真衣というそうです。これを知ったときにも、とてもつもない憎悪が湧きました。私の母をゴミ同然に捨てておいて、今はぬくぬくと幸せに暮らしているのです。私の母を奪ったものとして、橘真だけでなく、その幸福を潰してやるために橘一家全員を消す事にしました。そこで、橘真衣にまず接近し、私は事情を簡単に告げて脅迫しました。しかし、橘真衣は思いの外素直に従い、日付も私に伝えて、その日に別荘へと家族揃って骨を休める予定が立ちました。それからは同じ事です。 もうこれが読まれる頃には、全てが発覚している事でしょうから、事件の詳細については省くことに致します。とは言え、何も説明しないわけにも参りませんから、簡単に流れを追って説明致しますと、私は県内のミステリに精通している人物や、極めて推理力が備わっている人物を言葉巧みに騙し、橘邸に連れ込み、橘真衣に罪を被せた上で、皆さんに解決をさせようと考えていた次第です。そうすると、私の罪は完全に闇に葬られ、橘真衣の単独犯によって、自殺もとい自首をしたということになるからです。しかし、私はもう疲れました。4人を殺害した末、こんな事を続けるのが馬鹿馬鹿しく、愚か極まる事であると、今更に気付いたのです。本当にすみませんでした。 謝って済むことではないと理解した上で、改めて、警察関係者の皆様、この事件の関係者の方々、そして、私が犯した取り返しのつかない、もう二度と戻ることのない魂に陳謝致します。 本当に、申し訳ありませんでした。 ○○年 ○月○日 神崎隼也