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ミスった
俺はこいつを、怒らせすぎた
……
やべぇ…これ、
俺殺されるやつだ
心拍数が上昇する
全身に鳥肌が立ち、小刻みに震える
耳鳴りがして止まない
本能が警告している
ここにいたら死ぬぞと
そんな身体のSOSとは対照的に
俺の心はひどく落ち着いていた
異常なほどに静かだった
殺るならさっさと殺れよ
恐怖を通り越して諦めていたんだと思う
死ぬ覚悟と呼べるような
そんな大層なものは持ち合わせていないけれど
生きたい理由も特にない
いや、あった
あったんだ
数ヶ月前までは
でも
もうどうでも良い
けれど、いつまで経っても
俺は殺されなかった
それどころか
目の前の男は微動だにしない
真っ直ぐに俺を見つめている
殺気が少し弱まっているようにも感じた
濡れた髪から雫が滴り
水面に波紋を描く
どうなってんだ
訳がわからない
俺は困惑し始めた
俺を殺すんじゃなかったのか…?
それとも
この奇妙な状況を楽しんでいる…?
痺れを切らした俺は
少年
なんとか声を絞り出した
それでも男は動かない
どうすりゃ良いんだこの状況
まじでピクリとも動かない
目も見開いたままだ
まさか、立ったまま気絶してたり…
少し心配になった俺は
まだ震えが収まりきらない手を 無理やり持ち上げて
男の方に伸ばそうとした
そのときだった
男
ようやく反応した
男は息を吹き返したように動き始める
俺は急いで手を引っ込めた
男は数度まばたきをした後
壁を見て…窓を見て…天井を見て…
一通りキョロキョロした
そして視線を俺に戻し
男
溜息をついた
そして__
「体が温まるまで上がってくんなよ」
と言い残し、ここを去っていった
疑問だらけだが
最後の一言は特に強烈だった
なんであんなこと言ったんだろう
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あの男に言われた言葉を 脳内リピートしていると
頭の中で声が響いた
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聞き慣れた声
歌っているような、高くて透き通った声
耳障りの良い、心地の良い声
少し前まで俺のものだった声__
安心感のあるそれを耳にした俺は
思わず泣きそうになる
違う
すんでのところで涙をこらえた俺は
違う、思い出すな
自分にそう言い聞かせる
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[ ]
あの人を信じるな
ずっと俺を騙していたんだ
本心じゃない
あの言葉は全て
“まやかし”なんだ…!
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[ ]
うるせぇうるせぇうるせぇ!!
黙れ おせっかい
消えろ
俺の記憶から完全に
思い出すだけで……腹が、立つ
騙されるな
俺は裏切られたんだぞ
あの人は、あの人は俺のッッッ!!
ガッシャーーーン!!!
大きな音で我に返る
冷静になるんだ俺
今はそれどころじゃないだろう
静まれ静まれ静まれ……
大丈夫、いけるな、俺
少年
何か分かるかと思って 記憶を掘り起こしてみたけど
やっぱり分かんねぇ
あの男の行動をまとめるとこうだ
連れて来る
怒る
水(湯)かける
睨む
固まる
心配(?)する
いや、は?
ますます分からなくなった
情緒不安定かよあいつ
急に固まったり怒ったり……
あ、怒らせたのは俺かw
理由はどうであれ助かったわけだ
今はそのことを喜ぼう
“喜ぼう”?
なんで……?
死んでもどうでも良かったんじゃ…
俺の生きる理由は確かに無くなったはずだ
なのに死なずに済んで ホッとしている自分がいる
生きたい、のか?
俺は、、、どうすれば良いの
………
そういえば
すごい物音が聞こえた気がするな
たしかに
俺は物音のおかげで 昔の記憶から抜け出すことができた
じゃ、あの音は一体何だ
嫌な予感がする
俺は急いで立ち上がり扉に手を伸ばす
この扉の向こうから音が鳴ったはず……
まばたき一つせず硬直していた 男の様子を思い出した俺は
あいつ、倒れたのかも……!
そう直感して
浴室から出ようとする
もし、わざとだったら?
悪魔のささやきのような声が
俺の心に浮かび上がった
意図的に音を出して 俺を騙そうとしているとしたら?
ノコノコ出ていった俺は今度こそ……
そもそも始めから罠だったとしたら?
あいつの意味不明な言動が
俺を混乱させるために 仕組まれたものだとしたら?
でも、本当にただ倒れているだけだったら…?
俺はあいつを
見殺しにしたことになる
どうしたらいい…
なあ、俺はどうしたらいい?
誰でもいい
誰でもいいから
誰か、俺に教えてくれ!
俺はどうしたらいいんだッッッッ!!
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またこの声だ
あなたは呼んでないんだけど
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……昔、
尋ねたことがあった
モンスターと戦うとき
攻撃が当たれば確実に倒せるけれど
外せば自分は確実に死ぬ
そんな場面になったらどうするんだ?って
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笑いながら答えてくれたっけな
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だろうな
貴方が負ける相手なんていないだろ
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でも、死ぬかもしれないんだぞ?
そんなの、怖い…じゃん
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あの人は少しかがんで俺と目線を合わせ
真剣な顔でこう言った
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少年
せっかく良いことを言っていたのに
最後ので台無しじゃねえかww
俺はあの人を憎んでいる
俺を裏切ったから
だが今の俺には
そんなことはどうでも良かった
ここでずっと待っているよりも
自分で確認しに行ったほうが良い
悩んでもしょうがないし
俺は拳を握りしめて
勢いよく浴室から出た
水でぐっしょりと濡れた服は
張り付くし重いし
とにかく動きづらい
それでも俺は走った
罠じゃありませんように
そう願いながら