TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

仮病

一覧ページ

「仮病」のメインビジュアル

仮病

1 - 仮病

♥

226

2020年09月20日

シェアするシェアする
報告する

笹岡重之

熱は測ったのかい?

田口亮平

さっき測ったら37.6度ありました

笹岡重之

平熱より高いな…

笹岡重之

それじゃあ無理に会社に来いとはいえないな

田口亮平

(いったらそれこそブラックじゃないか)

田口は頭の中でつぶやいた。

笹岡重之

笹岡重之

まさかとは思うけど

笹岡重之

今、流行りのウイルスじゃないだろうね?

受話器越しから役員の笹岡が不安気、というより半ば咎めるように訊いた。

田口亮平

それはないと思います

田口亮平

念のため、これから病院に診てもらうので

田口亮平

結果が分かり次第、またご報告します

田口が少し慌て気味にいうが、笹岡は変に勘ぐった様子も示さなかった。

笹岡重之

…うん、そうしてくれると助かるよ

笹岡重之

常務も普段、田口君が体調不良で休むことがないだけに

笹岡重之

かなり心配しているからね

田口亮平

ご迷惑をおかけします

笹岡重之

いいさ、今はまだ暇だからね

笹岡重之

繁忙期になられちゃ、ちょっと困るけど

と、笹岡は笑ってから通話を切った。

田口は携帯電話を枕元に置くと、

今まで抑えていた感情がどっと押し寄せ、愉快気にゲラゲラ笑った。

田口はG研磨という金属加工会社に勤務する作業員で、勤務歴は約4年。

冬の道路凍結による安全運転で遅刻を一度起こして以来、無遅刻無欠勤を貫いていた。

田口自身、責任感の強さを自覚しており、たんまり溜まった有給休暇でさえ、

会社側からの有給消化をいい渡された以外、自ら申請したことはなかった。

そんな彼が今日、初めてやったのが仮病だった。

別に会社の仕事に突然、嫌気が差したというわけではない。

よくある起床時に突然込み上げる出社意欲の喪失である。

出社拒否症及び出社困難症ともいわれているが、

田口の場合、手早くいえば唐突にサボりたくなっただけだった。

無論、熱もデタラメだった。

今は流行中のウイルスの影響で製造業関係の失業率が大幅に増えている。

田口が勤める金属加工業は解雇こそされないものの、

部品の入荷数が以前より減って作業員の時間を持て余しているのが現状だった。

故に、田口が1日休みたい旨の連絡を土壇場に入れても詮索されずに済んだのだ。

ただ、ウイルス感染を疑われた場合、会社に与える打撃は大きい。

下手をすれば工場を一時的に停止せざるを得なくなってしまう。

さすがの田口もそこまではしたくなかったので、

笹岡にウイルス感染の疑いを向けられたときは慌てて否定したのである。

田口亮平

病院の結果は適当に伝えれば大丈夫だな

田口亮平

思った通り、診断書をもらうようにもいわれなかったし

同僚たちが普段の田口の勤務態度を異口同音に評価しているように、

笹岡含む上司たちの気受けも田口はよかった。

以前、勤務姿勢を注意された同期が体調不良を理由に欠勤の連絡を入れた際、

笹岡は病院から診断書を受け取るように釘を刺したことがある。

要は、同期が体調を崩して休んだという事実を示す証拠が欲しかったのだ。

会社なりの仮病を用いたズル休みを暴く手段だった。

実際、その同期は本当に体調を崩していたのだが、

疑り深い会社のやり方に腹を立てて退職届を提出し、つい先月辞めてしまった。

田口は、それをいわれないほど自分が会社に信頼されているんだと思い、

愉快な気持ちに浸りながら洗面所へ向かった。

水曜日の正午、田口は駅付近の商店街をぶらぶらしていた。

独り暮らししているマンションの一室に篭っていても仕方ないので、

適当に近所を散策する気になったのだ。

やはり平日なだけに、主婦や定年を迎えた高齢者が多く行き来しており、

田口のような30代半ばの年齢層はほとんど見かけない。

真夏の暑い太陽が照らす炎天下の商店街を行く当てもなく歩いていると、

田口は誰かに名前を呼ばれたような気がした。

思わずドキッとした。

田口亮平

(まさか会社の誰かか?)

不意に肩をポンッと叩かれ、振り向いた田口は顔を驚かせた。

田口亮平

大島じゃないか

大島稔

よっ、久しぶり

相手が大島稔と知り、田口はホッと胸を撫で下ろした。

この大島稔こそ、体調不良を怪しんだ会社のやり方に憤り、

怒りに任せて退職届を出した元G研磨の作業員だった。

2人は外の猛暑から逃れるように、近くの喫茶店に避難した。

大島稔

それにしても、まさかこんなド平日に田口に出くわすとはね

注文したアイスティーで喉を潤してから大島がいった。

大島稔

会社は通常勤務のはずだろう?

大島稔

それとも、ウイルスの影響で部品の入荷数が減ったんで暇なのか?

田口亮平

いや、単純にサボりたくなっただけだよ

大島稔

えっ、お前が?!

大袈裟に驚く大島に、田口は思わず含み笑いを浮かべた。

大島稔

信じられないな

大島稔

だって職場でのお前ってバカ真面目というか

大島稔

常に甲斐甲斐しい働きぶりが目立ってたからな

大島稔

まさに仕事が生き甲斐みたいな感じだったじゃないか

田口亮平

それは買い被りだよ

田口亮平

確かに責任感はある方だとは思ってるけど

田口亮平

大島が思うほど大層なもんじゃないよ

田口亮平

田口亮平

それより、そっちこそ仕事はどうなんだよ?

田口が訊くと、大島は露骨に肩をすくめた。

「愚問だった」と、田口は詫びた。

平凡な私服、かすかに伸びた髭と髪、どう見ても勤め人の身なりではない。

その上、ド平日の昼間に外を出歩いていたのだから察せないはずがなかった。

大島稔

実は勢い任せに辞めたことを今になって深く後悔してるんだよ

大島稔

流行ってるウイルスの影響で企業倒産が全国的に相次いでるし

大島稔

倒産は免れても業績不振による人員削減も各地で起きてる

大島稔

そんな状況下で後先考えずに怒りに任せて仕事を自分から失っちまった

大島稔

就活生たちも内定の取り消しを受けているほどだから

大島稔

一方的に会社を辞めた今のおれが新しい仕事を見付けるのは不可能だ

田口亮平

不可能とはいい切れないだろう?

大島稔

…確かに不可能はネガティブ過ぎたかもしれない

大島稔

けど、現実的に容易じゃないのは確かだよ

それは田口も認めざるを得なかった。

大島が悔やむ気持ちもわかるが、突き放したいい方をしてしまえば、

その場の感情に任せて退職届を叩き付けた彼の自業自得であった。

田口亮平

生活の方は大丈夫なのか?

訊くべきではないと思いつつも、田口はあえて尋ねた。

大島稔

大島稔

厳しいに決まってるじゃないか

大島稔

頼りになれる身内、親戚もいないんだからね

大島稔

だから、いつまでも弱音ばかり吐いてちゃいけないんだ

大島は、まるで自分にいい聞かせているかのようにいった。

重苦しい話題を最後に、2人は喫茶店を出て別れた。

笹岡重之

…で、症状は?

田口亮平

以前と同じく、頭痛と腹痛が…

田口亮平

それからかすかに喉の痛みも感じます

笹岡重之

扁桃腺が腫れてるんだろうね

笹岡重之

笹岡重之

それにしても困っちゃったなぁ…

笹岡重之

ようやく相手先の工場も起動し始めた途端に

笹岡重之

また風邪なんて引かれてしまっちゃねえ…

笹岡が額に手を当てて本気で困っている様子が田口の脳裏に浮かんだ。

頭痛の欠片も感じていないごく正常な状態の頭に、である。

1ヶ月前のズル休みに続く、2度目の仮病を田口は執行した。

仮病の理由は1度目同様、出社意欲が唐突に失せたことだった。

今回は2度目ということもあり、田口はおずおずと連絡を入れた。

前回の仮病後、ウイルスの蔓延が終息に向かう兆候を示し始め、

それに伴い、一部の相手先の工場が機械の稼働を再開しだしたのだ。

それにより仕事量が増えたG研磨も流行以前の活気に戻りつつあったのだが、

その矢先での体調不良による欠勤は会社にとって大きな痛手だった。

田口もそれは百も承知だったので、緊張せざるを得なかったのだ。

田口亮平

申し訳ありません

と、今度は本心から詫びた。

笹岡重之

とりあえず、ぼくから常務に報告しておくけど

笹岡重之

くれぐれも体調管理だけは怠らないでくれよ?

田口亮平

わかりました、お手数かけます

通話が切られると、田口はホッと小さくため息を吐いた。

起きたときは涼しい風が吹いていて気持ちよかったのだが、

いつのまにか額から小粒の汗が流れ、頬を伝っていた。

「それにしても…」と、田口は思った。

ほんのちょっとした気持ちから仮病で会社を休んだだけで、

あっさりと2度も繰り返そうという考えに至った自分が信じられなかった。

大島や会社の人間が評価するほど勤務意欲があるとは思っていないが、

責任感に関しては確かに人一倍高い方だという自負はある。

にもかかわらず、2度目の仮病を躊躇なく執行してしまった。

頭を抱える笹岡とガムシャラに働く同期たちの姿が思い浮かぶ。

田口亮平

もうズル休みは今回限りにしておこう

物憂い気分の田口はそう心に決めた。

昼過ぎに田口は少し遠出したくなり、県外へと足を運ばせた。

来たこともない土地で昼食を済ませ、適当にぶらぶらする。

1ヶ月前と同じく、気晴らし目的以外の理由はなかった。

あてもなく街を歩いていたかと思ったら、とある工業団地に辿り着いた。

沢山の田畑と金属部品を取り扱う企業が至る所に点在する団地だ。

時刻は午後1時過ぎ。

視野に入る工場からは機械の稼働音がせわしなく聞こえてくる。

田口は会社のことを思い出しそうになり、逃げるように向きを変えた。

そのとき、目の前の道路で信号待ちをしているトラックを見てギョッとした。

G研磨が所有する運搬トラックだった。

無意識に体が凍り付いたが、目はしっかりと運転席に向けられていた。

田口亮平

田口亮平

(富永部長が運転してるんだ)

トラックの運転席でハンドルを握るG研磨部長、富永勝宏の姿がハッキリ見えた。

信号が青に切り替わると、富永は田口に気付いた様子もなくトラックを発進した。

トラックは、信号を渡ってすぐ目の前の工場で停車した。

富永が工場の人間と一言、二言話して相手が消えてからボディの側面を開いた。

バンっという音で、ぼんやり眺めていた田口は我に返った。

田口亮平

(見付かったら面倒なことになる)

今の田口は体調を崩して寝ていると会社は思っている。

それが外を、それも県外を出歩いている様子を目撃されては不味い。

もし田口の存在に気付いたら不審に思い問い詰めるか、

逃げられても田口を見たと会社の笹岡たちに連絡をするだろう。

田口は踵を返そうとしたが、その足が突然止まった。

富永が開け放たれた荷台の前で、体を震わせていた。

と思ったら、今度はいきなり周囲を見回し始めた。

田口は慌てて傍の電信柱に身を隠した。

そっと富永の様子を伺うと、今度は荷台に登ってうろうろしてから、

端っこにある大きな麻袋みたいな物に手をかけた。

富永はそれを、部品を入れたパレティーナの陰に隠れるように移動させた。

まるで、相手側の死角に入るようにするかのように。

丁度そのとき、相手がフォークリフトに乗って現れた。

富永は何食わぬ顔で二言三言交わしてから、工場へ入って行った。

その間、荷台の荷物がリフトによりどんどん下ろされていく。

田口はじっと身を潜めたまま、富永が現れるのを待った。

やがて、リフトは麻袋を死角に潜めたパレティーナのみを残し、引き上げた。

富永が戻ってきて、先方に笑顔で頭を下げてから側面を下ろし、運転席に乗り込んだ。

途端、富永の表情が再び硬くなった。

田口亮平

(あの麻袋が原因か)

好奇心にかられた田口はいつの間にか電信柱から身を乗り出していた。

富永部長は明らかに挙動不審だった。

田口亮平

(なにかある)

田口は通りかかったタクシーを止め、目の前のトラックを追うよう伝えた。

午後4時、富永がトラックを停め、荷台からあの麻袋を抱えて降りた。

とても重いのだろうか、富永の表情が幾分辛そうだ。

富永は麻袋を肩に担ぎながら周囲を見回し、川原へと下りて行った。

田口は運転手に代金を支払い帰らせてから、富永の後を追った。

富永はそれほど大きくもなく、といって小さくもない橋に近付いた。

橋の下でもう一度周囲を見回してから、富永は麻袋を地面に置いた。

田口は背丈ほどに生い茂る雑草に身を潜めながら、富永の行動を伺った。

橋の下にも2メートル弱の雑草が至る所で生い茂っている。

富永はその鬱蒼とした小さなジャングルの一部に、麻袋を乱暴に投げ棄てた。

ドサッという音が田口の耳にまで聞こえた。

数秒、肩を上下させてから富永が引き返してきた。

田口が身を潜めたまま目で追うと、富永は川原から土手に上がり、

トラックに乗り込むや否や逃げるように発進させ現場から去って行った。

川のせせらぎと夏の虫が夕方に奏でる鳴き声しか聞こえてこない。

田口は麻袋の中身が気になったが、急に薄気味悪さを感じ現場を離れた。

笹岡重之

田口くん、一旦作業の手を止めてくれないか

田口亮平

はい?

笹岡重之

社長がお呼びだから、社長室まで一緒に行こう

田口はギクッとした。

田口亮平

(まさか仮病がバレたのか…?)

ということは、あのとき富永部長に気付かれていたのだろうか?

そういえば、今日はその富永部長を見ていないような…。

田口は不安な気持ちのまま、笹岡に続いて社長室へ向かった。

社長室には藤原社長と、もう1人見慣れない背の高い男がいた。

藤原隆徳

こちら、R警察署の山下警部さんだ

田口は社長に頭を下げてから、山下警部に挨拶した。

田口亮平

(仮病がバレて警察が来るか?)

田口は益々訳がわからなくなった。

それに、ここでも富永部長の姿が見えない。

田口亮平

あの…富永部長は?

気になって尋ねると、社長の藤原が聞こえよがしに大きなため息を吐いた。

藤原隆徳

その富永のことなんだが、彼は身柄を拘束されたらしいんだ

田口亮平

みがらをこうそく…?

田口は一瞬、社長の言葉が理解できなかった。

山下芳生

富永勝宏は昨夜、殺人及び死体遺棄の容疑で我々が逮捕しました

田口亮平

えっ、本当ですか?

藤原隆徳

本当だよ

藤原隆徳

しかも君、その被害者が大島君だからこれまた驚きだよ

田口は愕然とした。

約1ヶ月半前、平日の真っ昼間に出会ったあの大島が、

どうやら富永によって殺されたというのだ。

笹岡重之

笹岡重之

で、この場でいうのもあれなんだけど

笹岡重之

田口君に是非、次長をやってもらいたいんだよ

田口亮平

次長ですって?

予想だにしなかった言葉に、田口はまたしても呆気に取られた。

藤原隆徳

現次長の有馬は部長代理も務めていたから彼を富永のポジションに

藤原隆徳

で、課長の木島は彼の要望を尊重してそのまま継続してもらう

藤原隆徳

そして、田口君には次長という役職に就いてもらうが、いいね?

思いがけない昇格に田口は頭の整理が追い付かなかった。

田口亮平

(夢にまで見た役職クラスがついに訪れたんだ)

田口は今すぐにでも外に出て飛び上がりたい気分だった。

が、すぐに冷静になって一つの疑問にぶち当たった。

田口亮平

(どうしてわざわざ警察がいる前でこんな話をするんだ?)

そんな田口の疑問を察したかのように、

藤原隆徳

それで山下さん

藤原隆徳

今度の富永部長…いえ、元部長が起こした殺人事件のことで

藤原隆徳

どうして田口君を呼んだんですか?

と、藤原社長が山下警部に尋ねた。

山下芳生

その前にお聞きしたいことがあるんですが

山下芳生

大島稔がこちらを退職する前に

山下芳生

金銭問題であなた方とトラブルになったことはありますか?

と、山下は笹岡と田口の2人に視線を向けた。

笹岡重之

それはありませんが、富永じゃなくて

笹岡重之

どうして辞めた大島君のことを訊かれるんです?

山下芳生

山下芳生

大島稔が殺害された理由なんですが

山下芳生

彼はどうやら脅迫で得た金を生活費に回していたようなのです

これには藤原社長たちも思わず「えっ」と声を上げた。

山下芳生

調べたところ、こちらで作業員として勤務していたときから

山下芳生

彼は時々、脅迫を繰り返してはそれで得た金を

山下芳生

生活費や遊興費に使っていたようなのです

山下芳生

そして、最近脅迫の標的に選ばれたのが富永勝宏でした

田口亮平

大島が富永ぶ…さんを強請っていた?

山下芳生

その通りです

山下芳生

富永には不倫相手となる愛人がいたんですが

山下芳生

奥さんにその愛人と親密な関係であることを明かすと脅され

山下芳生

幾度も金を支払い続けていたみたいです

笹岡重之

しかし、たかだか不倫をネタに脅されただけで

笹岡重之

殺しにまで発展するものでしょうかねえ?

山下芳生

それは人によりけりでしょうが

山下芳生

富永が殺意を抱くほど大島の脅迫がねちっこかったんだと思います

山下芳生

富永本人は、本気で殺すつもりじゃなかったといってますがね

藤原隆徳

それで…田口君を呼ばれた訳なんですが…

と、藤原が恐縮そうに上目遣いで山下にいった。

山下が空咳をしてから、田口に目線を向けた。

山下芳生

田口さんにお聞きしたいことがあるんですがね

田口亮平

はあ、なんでしょう?

山下芳生

山下芳生

富永勝宏が大島稔の遺体を遺棄した時間ですが

山下芳生

あなたは何処にいらっしゃいましたか?

田口はドキッとした。

田口が答える前に、笹岡が笑いながら割って入った。

笹岡重之

山下さん、それは聞く必要などありませんよ

山下芳生

なぜです?

笹岡重之

確か、富永が遺体を捨てたのは2週間前の△日ですよね?

山下芳生

そうです

笹岡重之

でしたら、その日彼は体調を崩して1日寝たきりだったんですよ

笹岡重之

無論、自宅で安静にしていたんですから聞くことはないですよ

山下芳生

山下芳生

それでは、これをどうご説明されるおつもりですか?

山下警部が懐からスマホを取り出し操作すると、画面を3人に向けた。

田口の目が今にも飛び出しそうなほど見開かれた。

それは動画だったが、田口には忘れられない映像を捉えていた。

川原を歩く1人の男が大きな麻袋を肩に担ぎながら歩いている。

その後ろを、まるで探偵のようにコソコソした動きで1人の男が尾行している。

間違いなく、2週間前の富永と田口を捉えた映像だった。

しかも、映像は想像以上に鮮明で、土手を下るときに捉えた顔で、

それが富永と田口であることはもはや否定の仕様がなかった。

山下芳生

以前、この川原でゴミの不法投棄が相次ぎましてね

山下芳生

それで設置された監視カメラの映像にこれが映っていたのです

山下芳生

富永勝宏はこの映像と、土手のトラックの社名を切っ掛けに

山下芳生

地元警察が割り出してこちらに捜査要請が届けられたのです

山下芳生

今の私が抱く疑問は田口さん、あなたなんですよ

再び山下の鋭い眼光が向けられ、田口は映像から相手の顔に目を向けた。

山下芳生

今の笹岡役員の説明によると、あなたは2週間前の△日は

山下芳生

体調不良を理由に会社を休んでおられる

山下芳生

そして、自宅で安静にしているともね

山下芳生

しかし、この映像が撮られた遺棄現場にあなたは映っている

山下芳生

これは一体、どういうことなんですかね?

田口は口籠もってしまった。

ここで、素直に仮病をして遠出をした際に、たまたま富永部長を見かけて、

好奇心から尾行して一部始終を目撃したことを洗いざらい話さなければ、

変な疑いを向けられてもおかしくない。

最悪、富永と共犯的な考えに及ぶ可能性も否定出来なかった。

田口亮平

田口亮平

(だが、ここで素直に話してしまったら…)

田口は、そうなった場合の結果も考えたくなかった。

役職クラスに就くのは就職時からの目標だった。

勤続4年、常に抱き続けてきた抱負。

それが今回、図らずも富永が起こした事件で果たそうとしている。

田口亮平

(もし、仮病を使ったことがバレたら…)

折角の次長の椅子が、目の前から遠退くのは目に見えている。

今の田口は、完全な板挟み状態にあった。

殺人事件なのだ、素直に話さなければ妙な疑惑を向けられてしまう。

しかし、話してしまえばまたいつもの平凡な平社員に逆戻りだ。

それに、2度の仮病が露呈すれば役職クラスに収まるという夢も、

本物の夢で終わってしまうかもしれない。

田口が沈黙を続けていると、突然笹岡が口を開いた。

笹岡重之

山下さん、それは本当に田口君なんですか?

笹岡重之

もう一度しっかり見せて下さい

山下芳生

何度確認されても同じですよ

山下芳生

映っているのは富永勝宏と田口さんに間違いありません

山下芳生

これは再生した映像を直撮りしたものですが

山下芳生

顔は鮮明に捉えています

笹岡重之

違いますよ

笹岡重之

田口君はその日、安静にしていたはずです!

藤原隆徳

私もそう思いますな

藤原隆徳

山下さんも彼の勤務姿勢を見ればわかりますよ

藤原隆徳

私たちに嘘を吐いて会社を休むような人間じゃない

田口は段々、居心地が悪くなってきた。

持ち前の責任感が、重りとして田口にのしかかってきたのだ。

山下芳生

どうなんですか、田口さん?

居たたまれない気持ちに堪えられなくなった田口は、

ほぞを噛みながら決心した。

彼はじっと直視する山下警部ではなく、

藤原社長と笹岡役員の方に体を向けた。

田口亮平

あの…実は大事なお話が…

2020.09.20 作

この作品はいかがでしたか?

226

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚