夏の煙

俺には幼い頃の記憶がほぼ無い

別にトラウマとか記憶喪失ではないが 印象的な出来事が ほとんど無かっただけだ

しかし、親父の事は 今でも鮮明に思い出せる

人間とは不思議なものだと つくづく思う

親父は大酒飲みだった しかし、愚痴をこぼした所は 見た事がない

不器用だけれど 寡黙で、人を色眼鏡で見ない いつも静かに笑う。

俺はそんな親父が好きだった

そのまま早川は路肩に停まっていた メルセデスに乗り込むと 角を曲がり消えた。

早川の話が本当なら 確かめる必要がある

どちらにせよ 鍵になるのは竜崎だろう

俺は暫くして車に戻った

相変わらずこの通りは下品だ

ナンパ、喧嘩、怒号 ここには人間の欲が渦巻いている

俺がそう言うと 竜崎は左の口角を上げてこう話す

何かが引っかかる 俺に煙草を 買わせろと言われた竜崎 親父を知っていると言う早川

もしかしたら竜崎と早川は 間接的でしかないのか？ もっと別の何かが 狭間に斜めに建っている。 そんな気がした

俺は煙草を買った。 味はパープル 紫のソフトパッケージ 茶色のフィルター 煙草の名前は ｢エイシャン・シー｣