やはり昨日に比べると全然よく眠れた。
体が軽い______
____のは下駄箱までだった。
鳴沢 柚月と山崎 孝太が連れ立って歩いていた。
「いい子」を演出するため挨拶してあげることにする。
三津屋 篤
2人ともおはよう

鳴沢 柚月
お……おはようございます

山崎 孝太
………おはよう

相変わらず怪物を相手にしているような怯えた目と警戒する目。
気に入らない。
これ以上会話を続ける気は無いので、営業スマイルをサービスしてさっさと2人を抜き去る。
___下駄箱の側面に、なにやら派手なポスターが貼られているのに気がついた。
以前吉田の取り巻き達が幼稚なビラを貼っていたが、今回は違う。
「英語の勉強は順調か!?」と暑苦しいフォントが紙面いっぱいに踊っている。
あぁ…もうすぐ「それ」の時期か……と思っていると、後ろのいけすかない2人もポスターの存在に気づいたようだ。
鳴沢 柚月
なんだろ……派手なポスターだね

山崎 孝太
あ、柚月知らない?これ英語の鈴木先生が作ったんだけどさ___…

僕は舌打ちしたくなるのを堪(こら)えながら下駄箱をあとにした。
____鈴木先生は3年の全クラスの英語を担当している。
そして一般入試が近づくこの時期に、入試頻出単語100問の抜き打ちテストを行うのだ。
1年の時に配られる英単語帳の「入試頻出」の欄に載っている単語からしか出ないし、あの派手なポスターは近々そのテストを行うことのサインだ。
「100問テスト」はこの学校の伝統みたいな物になってるから、先輩や家族から聞いている人も多い。
つまり抜き打ちと言ってもちゃんと対策出来るテストだ。
当然僕は生徒会に在籍していたので、先代の生徒会長からそのテストの存在は聞かされていた。
____そしてこれは生徒会にも部活にも在籍せず、交遊関係も狭い鳴沢柚月にとって大きなハンデだ、と思っていたのだが。
それも今日までだ。
テニス部に在籍し、既にテストの存在を知っていたのだろう山崎孝太が鳴沢柚月に教えてしまった。
どうしてあの人は余計なことばかりするんだ。
これで鳴沢柚月のハンデはなくなった。
きっとあの人はそのテストでも高記録を叩き出す。
僕は。僕はまた___
___気がつけばまたランキング表の前にいた。
どれだけ目を凝らして探しても、鳴沢柚月の上に僕の名前は無い。
「ローリスクハイリターンなやり方教えてあげようか?」
不意に、吉田の声が聞こえた気がした。そう言えば昨日この場所で同じ誘い文句を_______
____振り替えると、昨日と同じように吉田が立っていた。
脇に忠実な腰巾着、秀平も控えている。
吉田
ストレス溜まる生き方してんな___100問テストのことだろ?

√2の平方根も言えないくせに、この洞察力は何なんだろう。
秀平
質問してんだから答えろよ

吉田
秀平

しかし吉田は片手で秀平を制する。
そして僕に視線を固定したまま、その目を細めた。
吉田
シンタロウに今日の体育何時間目にあるか聞いて来い。今日はそっちのクラスに体育があるはずだから

秀平
シンタロウ?……って孝太達と同じクラスの…?なんで体育?……あ、分かったそういうことか

秀平
...
ちゃんと頼んで来る

吉田
理解が早くて助かるけど、聞いて来るだけでいい。頼むのはオレがやる

秀平
わかった!

三津屋 篤
あ……あの何の話を…頼むって……

秀平が足軽のように廊下を駆けて行った後、僕はやっと言葉を滑り込ませることに成功した。
吉田
だから言ってんだろ。ローリスクハイリターンなストレス発散

吉田
お前にリスクは一切無いからさ

その日の体育の後の授業中、筆箱の下に折り畳んだルーズリーフが挟まっていることに気づいた。