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放課後

山野英真

……そこそこせまいし、薄暗い階段ですけど

山野英真

この人数で上がると、恐怖もへったくれもないですね

英真の言葉どおり、理科棟の階段は二人並んで上がるには手狭で

ほとんど用を成していないような照明がぼんやりと灯っているだけだった

一人で昇るにはなんとなく寒心を誘われそうな雰囲気だが

五人も、しかも話しながらという状況ではそれもない

これで本当にいいのだろうかと疑わしげな英真に気づいたのか

久留間がケラケラと笑い飛ばした

久留間悟

ホントは、一人で昇らなきゃならないらしいんだけど

久留間悟

まぁこの際細かいことはいいんじゃないかと思うんだよね

渋谷大

いくらなんでもテキトーすぎね?

鬼王篁

お願いボックス見つけられなかったら目も当てられないっすね

本田芙蓉

まぁ、多少姿を隠されても見つけられる気はするが

山野英真

せめて話しながら昇らないほうがいいんじゃ……

久留間悟

おっとまさかの全員から責められる流れ!

それでも、久留間は気楽な態度は崩さない

若干呆れながらも、最上階である準備室に到着した面々は

渋谷がシリンダー錠を手早くピッキングするのを複雑な面持ちで見つめた

山野英真

……渋谷先輩?

渋谷大

ん?

渋谷大

……あっ!

渋谷大

違うからな!そういうんじゃないから!!

渋谷大

お願いボックスの正式手順にあるんだよ!

渋谷大

ここの開け方も!!

鬼王篁

そんな学校の怪談、イヤすぎるんですけど

山野英真

さすがにちょっと疑わしいです

渋谷大

マジなんだからそんな目で見んな

渋谷大

泣くぞチクショウ

久留間悟

お前が泣いても可愛くない

渋谷大

そんなん思われたくもねぇわ!

本田芙蓉

これこれ騒ぐでないよ

本田芙蓉

確かにこの形式の鍵はコツさえ掴めば誰でも開けられると

本田芙蓉

数年前から警鐘を鳴らされておるシロモノではある

本田芙蓉

……それほどに新しい怪談、ということかもしれん

本田芙蓉

くだんの怪異は、この中かの

本田の枯れ木のような指が、力を込めて扉を開く

重々しい金属扉が軋むと、中からは鬱屈としたカビの臭いが噴出した

その中にかすかに、怖気が混じる

山野英真

……寒い

渋谷大

霊とかそういうのはいねぇよ、まだな

渋谷大

こっちだ

思わず足を止めた英真の肩を叩き、渋谷が先行する

その先で開かれたのは、ほとんど明かりも見えない階段への扉だった

鬼王篁

なんでこんなところに

久留間悟

理科棟屋上に、給水タンクがあるんだ

久留間悟

そこのメンテナンスのための階段だよ

久留間悟

理科準備室なんて長居する場所じゃないから、みんな知らない

渋谷大

あるのに、見えない

渋谷大

――怪異がいるのに、打って付けの場所だろ?

階段を上がる足が重い

一段上がるだけで、なんとなく呼吸が上がるような思いだ

たった一つ、狭い踊り場をはさむだけの短い階段

にもかかわらず息が詰まるような感覚に、英真は唇を噛んだ

山野英真

……黒い

見上げた先は、文字で真っ黒に埋め尽くされていた

久留間悟

ヤマちゃんにはどう見えてる?

山野英真

隙間なく殴り書きされたノートみたいに真っ黒です

久留間悟

なるほど

久留間悟

ちなみに俺らには、黒いもやに見えるよ

やがて、屋上へ続く扉の前に出る

渋谷大

篁、なにが見える?

鬼王篁

なにも

鬼王篁

箱は見えません

本田芙蓉

……やはりルールを守らねば、常人には姿を見せんか

鬼王篁

先生たちには、見えて

山野英真

見えてるよ

山野英真

――そこに、四角い罪がある

英真が指したのは、屋上へ続く扉のすぐ脇だった

途端、文字の群集が噴出するように大きく湧き上がる

山野英真

……っ!!

それは威嚇するように全員の前をかすめ、屋上への扉を突き破った

渋谷大

悟!

久留間悟

はいはい、分かってますよぉ!!

猛然と逃走しようとするそのモヤの先に、呪符が投げられる

それはまるで空中に壁があるかの如く貼り付き、モヤの行く手を阻んだ

その躊躇の間にも、周囲に何枚もの札が張り巡らされ

やがて屋上は、壁に覆われた室内のように区切られた

山野英真

ホントに、漫画みたい……!!

久留間悟

でっしょー

鬼王篁

得意げになってる場合っすか

鬼王篁

敵意だけ、ビリビリ感じます

鬼王篁

……来ますよ

瞬間、モヤは塊を成して襲いかかる

山野英真

おわ……っ!!

慌てて扉の内側に滑り込み、その衝撃をかわす

しかしどうにか呪符結界を破ろうと暴れ回るそれに対し

英真ができることなどなにもなく、ただ焦燥感だけが胸を占めた

その時、同じく壁に貼り付いて攻撃をやり過ごしている久留間が口を開く

久留間悟

俺らはアレ、悪いモノだと思うから祓おうと思うんだけどさ

久留間悟

ヤマちゃん的には、どう?

山野英真

どう、って……

メガネの奥の瞳は、わずかに笑んで応えを待つ

それは明らかに、熟考した回答を待つものだった

困惑し、視線をそらし、押し黙る

しかしやがて壊れた扉から屋上を覗き見た英真は、戸惑い気味に声を絞った

山野英真

……まだ、アレの罪が見えません

久留間悟

このモヤ、全部罪の文字として見えてるんじゃなかった?

山野英真

それはお願いを叶えて行った罪だと思います

山野英真

そうじゃなくて、アレそのものの経歴と、罪です

山野英真

吉崎さんには……ほとんど覚えてないけど、それが見えてたはず

山野英真

それを見なきゃ、本当に悪いモノかどうか、分からない

久留間悟

なるほど、そういうことか

久留間悟

つまりあのモヤ、全部吹き飛ばせばいいってこと?

山野英真

え、あ、そうだと思いますけど

山野英真

そんなこと、でき――

久留間悟

渋の字、オニオン!!

久留間悟

そいつがちっさい箱状になるまで、とにかくぶん殴れ!!

英真の言葉の終わりを待たず、刺すような声が飛ぶ

そのあまりの内容に英真は衝撃を受けた表情を見せたものの

屋上でモヤに包まれる渋谷と篁はむしろ、指標に向けて呼吸を整えた様子だった

渋谷大

ぶん殴れってか、このモヤを

渋谷大

殴れると思うか?

鬼王篁

俺には普通の屋上風景しか見えてないのに、聞かないでくださいよ

鬼王篁

けどこの間は、少なくとも金棒でぶん殴れた感触がありました

鬼王篁

山野さんには文字に見えてるらしいですし

鬼王篁

消しゴムのカスみたいに、集めて固めりゃ殴れるでしょ

渋谷大

なるほど、確かにその通りだ

久留間悟

脳ミソ筋肉なふたりが脳ミソ筋肉な会話してんなぁ

あまりに理屈の通らない会話を揶揄する言葉に、思わず英真から苦笑が漏れる

しかし直後、屋上が重いなにかで揺れたことで、金棒が現れたのを感じた

山野英真

……鬼王くん、見えてるのかな

山野英真

渋谷先輩から霊能力、借りたんでしょうか

久留間悟

いや、借りてないだろうね

久留間悟

ここじゃ、借りないほうがいい

山野英真

どうしてですか?

久留間悟

霊が見える奴はね、それはそれで危ないからだよ

にんまりと笑んだ久留間に首を傾げつつ、身を隠したままふたりを見る

すでに篁は鬼化しており、咆吼しながら金棒を振るって風を起こし

意図しているのか、それともただの偶然なのか

渦巻く文字たちを巻き上げては一箇所に渦巻くつむじ風のようにまとめ

ある程度黒々と塊になったところを、渋谷が叩きつぶすという連携を見せていた

山野英真

……見えてないんですか、アレで

久留間悟

見えなくても、鬼化して勘が研がれてるんだろうね

久留間悟

ただ、瞬間的な暴力性も上がってるから

久留間悟

あの塊を攻撃対象としてオニオンが目にしちゃうと

久留間悟

下手すりゃ、潰しに行った渋の字に気づかず潰しちゃう

山野英真

だから、鬼王くんは見えないほうがいい、ですか

久留間悟

理由の一つとして、ね

ウインクに不思議そうに首を傾ぎ、ふと、一人この場にいないことに気づく

山野英真

そういえば、本田先生は

久留間悟

じっちゃんなら、たぶん外側で二人の現場監督だよ

久留間悟

あくまで部活、あくまで顧問

久留間悟

なんかあったときに責任取れるようにって、いつも――

瞬間、鋭い声が迸った

本田芙蓉

渋やん、そこはいかん!!

悲壮な声色に、何事かと慌てて屋上へと飛び出す

黒いモヤはまだその多くが屋上を覆っている

だからこそ、塊となりつつあるそれが屋上を隔絶する呪符を隠したのか

渋谷の足もとは、すでに屋上のへりから一歩踏み出してしまっていた

渋谷大

――っっ!!

久留間悟

だ……っ!!

山野英真

篁ぁっっっっ!!

それはとっさに出た一言だった

落下しそうな渋谷ではなく、篁の名を叫ぶ

しかしそれに、篁の中の鬼が機敏に反応した

特に指示されたわけもなくコンクリート床を蹴り、落下していく渋谷へ向かう

しかしその手が呆気なく落下していくのを目にすると同時に

篁は握りしめた見えない金棒を力の限り振り上げ、次の瞬間

金魚すくいのように、渋谷を上空に跳ね上げていた

渋谷大

……へ?

思わず、呆気にとられた声が落ちる

そんな渋谷、そして篁に向かって、残っていた黒いモヤがじわりと形を変えた

たった一瞬、すべての文字から殺意が溢れ、黒からドス黒い赤に染まる

山野英真

あ゛……っ!

鬼王篁

心配いらないからたじろぐな!!

英真を振り返りもせず、見透かしたように檄が刺す

そんな篁と渋谷を、モヤが包み込むように襲いかかった

鬼王篁

先輩!!

渋谷大

ッ、おうよぉ!

呼応し、中空から落ちる渋谷は、両腕を広げたまま屋上に飛び降りる

二人の体は、木の葉型の薄刃が飛びかかったように切り刻まれていた

渋谷大

――ははっ

渋谷大

あんだけのモヤも、握り固めりゃちっせぇもんだな

鬼王篁

見えないですけど――

鬼王篁

デカい蚊柱、叩きつぶせばただの蚊、ってことですか

渋谷大

お前が言ってることの方がよく分かんねぇよ

渋谷の右手には、圧縮された両腕一杯分のモヤが

そして篁の足もとには、一纏めに叩き落とされたモヤの残骸が燻っていた

久留間悟

……ゴリラ2匹

ぼそっと呟かれた声は二人に届かない

鬼王篁

そんじゃ先輩、最後にそれ、ド真ん中お願いします

渋谷大

おう、まかしとけ

渋谷大

ピッチャー第1球……

言いながら、振りかぶる

それが渋谷の指先から放たれた途端、篁の手に握られた金棒が引き寄せられる

まるで正しく、野球中継でも見ているようなスローモーションのあと――

それは、風船がはじけ飛ぶ音に似た衝撃を残し、屋上に霧散した

放課後閻魔堂【完結】

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コメント

4

ユーザー

わ、かっこいい...! 井之上さんの書かれるバトルシーン大好きです!!! 途中に挟まれた渋谷さんと篁君の会話も面白かったです!w 次回いよいよ決着ですね...! 改めて英真君が特別な能力を持っているんだなぁと今回の連携(?)を見て思いました!

ユーザー
ユーザー

長い獲物での殺陣、そして野球のような演出、とても見応えがありました!

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