東独の毒素

1989年11月4日

東ドイツで働くソ連軍人のキリルはそう言ってため息をついた

今日は西側へ逃げようとして川を渡った人間の死体を引き上げた

最近脱国者が多い気がする

祖国であるソ連も、最近不穏な動きが多い

我ら東側の国々は一体どうなってしまうのか

先が少しだけ不安だ

どこかから、呑気な鼻歌が聞こえる

数メートル先に、踊りながら鼻歌を歌っている青年がいた

今は仕事の筈だ、どうしてこんなところにいるのだろう

青年は楽しそうに鼻歌を歌いながら、道路に飛び出していった

キリルはとっさに青年に駆け寄り

青年の手首を掴み歩道の方へ引っ張った

無理やりだった為に、キリルと青年は歩道に倒れこんでしまった

キリルはニコラスに銃口を向けた

そんなもの一度も考えた事がなかった

昔から資本主義は悪とだけ教わってきた

しかし資本主義が本当に悪ならば

わざわざ西側諸国に逃げ出す奴なんていない

人々が悪に騙されているのかもしれないが

それなら悪に騙されているのに誰も気づかないなんておかしい

一体…いったいどうして！

キリルは、ニコラスに向けていた銃を静かに降ろした

キリルが歩き去っていくのをニコラスはしっかり見ていた

西側の考えを持った『毒素』は、静かに微笑んだ