「貴方は、私の 家族 でした。」
日記の最後のページに そう書きました。
気持ちを溜め込むのは良くないから、文字として吐き出そうとしたんですけど
やっぱり悲しい物は悲しいですね。
目に見えない気持ちが、目に見える文字に変わっていく___ それが堪えられなかったんです。
だから結局、日記をつけるのは辞めました。
ついでに 最後の日記の一部も消しゴムで消しました。
「家族」と「でした。」の間に別の単語があったんですがね…
___何を書いたか? ちょっと待ってください。順を追って説明しますから。
ケンが死んだんです。
何もする気になれない___って本当にあるんですね。 脱け殻のような状態でした。
ベッドから起き上がるのが酷く億劫で、大好きなチーズケーキも美味しく感じなくて…
友達が多いとは言えくて、飲み会にもあまり誘われない私だけど
家に帰ればケンがいた。 それで幸せでした。
なのにケンは死んだんです。
___ケンとはどういう人物だったか? 人ではないのです。犬です。
どうして聞き返すんですか?そんなに可笑しいことですか?
ケンは犬です。
たかがペットを亡くしたくらいで……… そう思われましたよね。
ペットって言い方も好きじゃないです。ケンは家族です。
家族であり………… この先も、ちゃんと真面目に聞いてくれますか?
頭のおかしい女だとお思いになるでしょうけど、
本当に起こったことなのです。
突然で あっという間だった。
仕事から帰り、犬小屋を覗くと いつもいるケンがいなかった。
必死に町中を探した。 そして見つけた。
人の来ない高架下で ケンが ぐったりと倒れていた。
ケンの手足は縛られており、口には大量のティッシュが詰め込まれていた。
毛は ところどころ抜け落ちて、地肌から紅い血が滲んでいる ______ケンは暴行された。
犯人は分かっている。
二人の高校生がケンの側に立っていた。 私を見た瞬間、弾かれたように駆け出した。
一瞬だったけど、二人の顔は認識出来た。
__受験勉強のストレスで魔がさした 、と後(のち)に語った。
私はすぐにケンを動物病院に連れて行った。
素人の私が見ても、ケンがかなり重態であることは分かる。 獣医は終始 苦い顔だった。
数日の入院が必要だ、と言われた。 内臓から酷く損傷しているので覚悟しといて、とも言われた。
ケンは人間の年齢に換算すると14歳。
まだ生きられるはずだった。
まだ生きていくと思ってた。
こんな
こんな「終わり」なんて嫌だ。
ケンが入院してから2日
全身に鉛を装着しているような2日間だった。
退院を伝える電話だけ来て欲しい。 それ以外は来ないで……
そんな思いにばかり捕らわれていたから、何も手につかない。
インターホンが鳴ったけど、立ち上がるのも面倒だ。
居留守を使おうかと思ったけど、来訪者も諦める気配はない。
重い足を引きずって玄関に向かった。
紬
来訪者は1人の少年だった。
見た目は14歳くらい。 茶色を基調としたファッションだ。
少年は 人当たりの良い笑顔を私に向けた。
少年
紬
まるで事態が飲みこめず、間抜けな声が出た。
少年
少年
少年
紬
紬
紬
少年
少年
少年
少年
少年の顔は、いつの間にか懇願に変わっていた。
笑えない悪フザケだと思ってたけど、もしかしたら本当に切羽詰まっているのかもしれない。
私は 犬のように丸くて黒い少年の瞳をじっと見つめた。
紬
少年
紬
少年
このまま少年を追い返すのは、何故か気が引けた。
私は少年が通れるように、大きくドアを開けた。
少年
部屋に入るなり 少年はそう言った。
紬
少年
少年
少年
リビングの窓から、空っぽの犬小屋が見える。
それを眺めながら 少年は穏やかな声で言った。
何をするでもない。 ただただ他愛もない話をしてダラダラして____
時計の針は驚くほど早く進んでいた。
こんなに沢山 自分の話をしたのも、笑ったのも久しぶりだった。
リラックスしている。
紬
紬
紬
紬
紬
紬
紬
紬
この少年といると心が落ちつく。
まるでケンといる時みたいに……
少年
紬
少年
少年
少年の瞳に涙が浮かんでいるように見えた。
少年は 空っぽの犬小屋に視線を移して、すぐにまた私に顔を向けた。
濡れた声が密やかに流れた。
少年
少年
少年
少年
いつから気づいてたんだろう。
そんな漫画みたいなこと あるわけない
だけど そう考えたら全部辻褄が合う。
「もしかしたら」が積み重なって
私の名前を呼んだ時、 確信に変わった。
少年
少年
少年
紬
立ちあがって玄関に向かいかけた少年の腕を掴んだ。
紬
紬
腕を掴む手と声が震えた。
この感情に名前がつけられない。
__ケンは人間に換算すると14歳__ 目の前の14歳くらいの少年は
私の手に そっと自分の手を重ねた。
少年
少年
少年
少年の頬を 涙が流れた。
少年
少年
翌日
ケンが息を引き取った、と連絡が来た。
「遊ぼうよ。お願い。 家に入れてくれるだけでいいから」
「今日だけだから」
「今日じゃないと駄目」
___ケンは「さいご」に私に会いにきてくれた___
私とまだ一緒にいたかったから
こんな「終わり」なんて嫌だ
どうしてケンが死なないといけないんだろう
どうして
どうしてケンを殺した高校生二人は
まだ生きているんだろう
__殺人の動機? ええ。ケンを殺されたからです。
ケンが「まだ生きていたかった」と言ったんです。
ケンは私の心の拠り所でした。 私の全てでした。
ずっと一緒にいたかった。 ケンも同じ気持ちだったようです。
こう言うのを「相思相愛」と言うのでしょうか
___口元が引きつってますよ。 やっぱり私が おかしいんですかね
刑事さん。
消しゴムで消した日記の一部、知りたいですか。 こう書いたんです。
「貴方は、私の
家族であり恋人でした。」
コメント
8件
あああ、凄いです!!! ケンは、主人公の女性に死ぬ前に会いにいったんですね😢 果たして、生きていたくても女性に殺人犯になってほしいとまで思ってたんでしょうか…? 考えさせられます!凄いです!! 最後に、書店コンテスト参加ありがとうございます!!!!