昔、昔…ずっと昔。
ある処に、 不思議な力を持った、 一人の、それはそれは勇敢な、 “もののふ”がいました。
その不思議な力というモノは、 この先起こることを、 予め知っていられる… というモノでした。
時には争いの中、 襲撃を予知し敵軍に打ち勝ち、 時には村にて、 木登りをしている子供が鴉に襲われることを予見して、 それを防ぎ…
例えそれが、 遠い遠い未来のことだろうが、 二秒先のことだろうが。
彼らの辺りには、 幾多の屍が転がっていました。
そう、この屍は敵のもの。 彼の予知は見事に的中したのです。
そして彼は、 そんな不思議な力を自由自在に使い、 仲間と共に様々な出来事を乗り越えて行きました。
しかし、 現実とは非情な物です。
不思議な能力を駆使し、 仲間と力を合わせれば、 どんな困難でも乗り越えていける…
それは彼による、 ただの幻想でしかなかったのです。
いつ頃からでしょうか。
恐らく、 大地震が村を襲ってからのことでしょう。
その時から、 一体誰が初めに言い出したのかは分かりませんが、 今まで彼を“神の子”と崇めていた村人たちは一変し、 “化け物”と呼び、 彼を忌み嫌う様になったのです。
彼に小石の雨が降り、 罵声を浴びせられる。
仲間が庇ってくれることも多々ありましたが、 悲しい事に長くは続きませんでした。
朱に交われば赤くなる、 そんな言葉の通り、 仲間たちも家族や友人に影響され、 次第に憎む者が増えるばかり。
自分が助けた者にすらも虐げられた彼を味方する者は、 もう、この村にはいないのです。
パチッ、パチ。
火の粉が舞い踊る音が、 耳をくすぐります。
むわ〜っ。
炭作りの時に嗅いだ、 あの香ばしさにそっくりな臭いが、 彼の鼻腔を貫きました。
彼は無言でその光景を、 命を終えようとしている鮭にそっくりな、 うつろな瞳で見つめていました。
自分を嘲笑う、 罵詈雑言が聞こえてきます。
もうボロボロになってしまった古屋でしたが、 それは長年、 今はもう空へと旅立ってしまった家族、 そして自分が大切にしてきた物でした。
ですが、 悲しい事にそんな思い出に満ち溢れた家は、今、身勝手な村人たちによって、 あっという間に漆黒へと染まっていく一方です。
彼の瞳に映る物は、 ただそれだけでした。
しかし、 それでも彼は決して動こうとはしませんでした。
ゲラゲラと笑う村人に歯向かおうとも、 叫ぼうともせず、 心の奥底で悪態をついて…
…いいえ、 彼は動こうとしなかったのではありません、 “動けなかった”のです。
その身体はまるで、 氷漬けになったかのように固まっていて、 指先一つ動かす事すらままならない状態でした。
村の若者はそう言いうと、 火の着いた小枝を放ります。
ジュッ、と静かに音を立てれば、 それはみるみる内に、 紅色の怪物によって消えてしまいました。
仲間も迫害の波に呑まれ、 住処すらも無くなった彼はただひたすら、 この終始を見届ける事しか出来ないのです。
そして彼は、 炭の残骸に群がり、 煩く騒ぎ立てる村人達を前にして、 そのまま静かに去って行きました。
…潤んだ彼の目に、 光はありませんでした。
――――あれから、 どれくらいの時が過ぎたのでしょうか。
深緑生い茂る森の中、 髪は伸び放題で服も汚れ、 独り寂しく木にもたれ掛かった青年は、 ただひたすら、 コォー、コォー、と苦しげに息を吐いていました。
活きる屍… そんな言葉が良く似合う程に弱り切ったその姿からは、 かつての勇猛果敢さが微塵も感じられません。
彼は、 あって無い様な体力を振り絞って天を仰ぎました。
そこには、薄まった美しい群青色と綿の様な浮雲が一面に広がっていました。
真ん中には、 うるさい程に眩しい日輪が大きな口を開けて笑っています。
それは大層生き生きとしており、 死にかけた己を、 満面の笑みで嘲笑う様に思えてしまい気が気でなりません。
あとほんの少ししか残されてないであろう想像力を、 こんなに無駄で、 無価値な事に使ってしまっている自分に腹が立ってしまいます。
そう考えながら、 再び彼は地面に目を向けました。
小さな獣の残骸には、 シデムシやハエ…様々な虫たちが集っています。
ほんのちょっぴり残っていた屍肉すらも、 虫たちはこぞって食んでゆくのです。
鮮やかに咲き誇る花でしょうが、 いずれは儚く、 あるいは醜悪に枯れ果ててしまうように、 誇らしげに生きる人間もまた、 いつかは無様に死に、 小蝿やネズミの様な非力な存在の糧となるのです。
―――――仲間たちは今、 どうしているのだろうか。
自分はこのまま朽ちて行き、 この獣の屍の如く、 虫の餌になるのだろうか。
もし、 この世に神がいるとしたならば、願わくばもう一度だけ、 彼らと笑い合いたい。
そして叶うなら、 今度は自分一人では無く
仲間たちと、 一緒に……
――――生命力に溢れる緑の中。
今日もまた、 新しい命が産まれては、 散ってゆくのです。
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コンテストふぁいとです!!🫶🏻🔥