佐藤樹
田丸さん
佐藤樹
すごい顔になってます
田丸
ああ…
田丸
私、虫全般苦手で
田丸
特にそれはもう本当にダメで
田丸
想像するともう…
佐藤樹
佐藤樹
女の子はそうですよね
佐藤樹
いや、男にも虫がダメ奴はいるか
佐藤樹
俺は今も割と平気ですけど
田丸
さっきまであんなに可愛いらしい話だったのに
田丸
どうして持って来ちゃったんですか…
佐藤樹
話して大丈夫ですか?
田丸
理由聞かないと逆にダメです
佐藤樹
…真っ青にさせてごめんなさい
佐藤樹
当時、俺の中で毛虫はヒーローだったんです
佐藤樹
ふさふさの長い毛で敵をやっつける、
佐藤樹
みたいな
田丸
敵?
佐藤樹
宇宙から来た敵と戦う設定で
田丸
…壮大ですね
佐藤樹
いや、分かってます
佐藤樹
アホな子どもだったと自分でも思います
佐藤樹
ホントに
田丸
好きなものって人それぞれですから
佐藤樹
え…
田丸
…うん、分かってるんですけど
田丸
虫は本当に苦手で
田丸
嫌な反応しちゃいましたよね、私…
佐藤樹
田丸
あの
田丸
佐藤さん…?
佐藤樹
あ、すみません
佐藤樹
えーっと
佐藤樹
どこまで話しましたっけ?
田丸
『ヒーロー』を持って来たところですね
佐藤樹
あ、そうでした
佐藤樹
その子も今の田丸さんくらい虫がダメで
佐藤樹
手のひらを開いた瞬間
佐藤樹
泣き出しちゃって
佐藤樹
それを見てた周りの子も泣き叫んで
佐藤樹
俺はその頃
佐藤樹
自分の好きなものはみんなも好きだって
佐藤樹
視野のせまーいことを思ってたんで
佐藤樹
みんなの反応が理解出来なくて
佐藤樹
驚いて毛虫落としちゃったんです
佐藤樹
何十匹も
田丸
佐藤樹
床を這う毛虫
佐藤樹
逃げ惑う子ども…
佐藤樹
地獄絵図にしちゃったんです
佐藤樹
あか組を
田丸
佐藤樹
あの光景は一生忘れられません
佐藤樹
…て、田丸さん
佐藤樹
大丈夫ですか?
田丸
はい…それで、
田丸
その子とはどうなったんですか
佐藤樹
幼稚園でも謝りましたが
佐藤樹
改めてその日の夕方
佐藤樹
母親とその子の家まで謝罪に行きました
佐藤樹
でも
佐藤樹
その子は出てきてくれなくて
田丸
…そうですか
佐藤樹
当然です
佐藤樹
今思えばトラウマ級のことを
佐藤樹
やらかしたんですから、俺
田丸
…………
佐藤樹
その子の母親は
佐藤樹
イタズラでやったわけではなくて
佐藤樹
悪気がなかったのならって
佐藤樹
許してくれましたけど
佐藤樹
その子本人は
佐藤樹
最後まで顔を見せてくれませんでした
田丸
佐藤樹
もう後悔の嵐です
佐藤樹
めちゃくちゃ怖がらせた
佐藤樹
嫌われた
佐藤樹
もう仲良くなれないんだって
佐藤樹
6歳にして人生の終わりかってくらい落ち込みました
田丸
…はい
佐藤樹
けど俺、
佐藤樹
昔からしつこかったんですね
佐藤樹
それでも諦められなくて
佐藤樹
せめてちゃんと謝りたいって
佐藤樹
次の日、空色の鉛筆を持って
佐藤樹
幼稚園へ行きました
田丸
佐藤樹
本当にごめん
佐藤樹
ただ一緒に遊びたかっただけで
佐藤樹
仲良くなりたかったんだって
佐藤樹
そういう風なことを必死に
佐藤樹
鉛筆差し出しながら伝えました
佐藤樹
そしたらその子——
16年前——
咲良
…これ、あげる
佐藤樹
え
佐藤樹
これ
佐藤樹
絵?
咲良
うん
咲良
えんぴつと交換
咲良
約束したでしょ?
咲良
ヒーローの絵
佐藤樹
でも
佐藤樹
おれのヒーローは
佐藤樹
その
咲良
ほんものは怖くてダメだから
咲良
しゃしんを見てかいたの
咲良
咲良
きのうは、ごめんね
咲良
好きなものはみんな違うのにね
咲良
咲良
絵、もらってくれる?
佐藤樹
俺が全面的に悪いのに
佐藤樹
写真だって見るの怖かったはずなのに
佐藤樹
頑張って描いてくれて
佐藤樹
俺、嬉しい気持ちと
佐藤樹
申し訳ない気持ちでぐちゃぐちゃで
佐藤樹
泣きながら絵を受け取りました
田丸
…佐藤さん
田丸
その子の言葉って
田丸
(好きなものは人それぞれだって)
佐藤樹
ああ、はい
佐藤樹
さっき田丸さんが言ってくれたのと
佐藤樹
同じですよね
佐藤樹
だから俺、驚きました
田丸
はい、私も…
田丸
(すごい偶然…)
佐藤樹
あ、空色の鉛筆も受け取って貰えました
佐藤樹
すごい喜んでくれて
佐藤樹
それからは2人でお絵描きしたり
佐藤樹
お城の遊具でも一緒に遊ぶようになって
田丸
(私も幼稚園の頃、お城の遊具で遊んでた)
田丸
田丸
(はずだけど、あれ?)
田丸
(誰と遊んでたんだろう——)
佐藤樹
その時貰った絵は
佐藤樹
今も宝物で
佐藤樹
部屋に飾ってます
田丸
そんな風に仲良くなれるって
田丸
子どもっていいですよね
佐藤樹
結果的にはそうですけど
佐藤樹
全く穏やかなきっかけじゃないでしょ?
佐藤樹
だから懺悔だったわけです
田丸
微笑ましい懺悔ですよ
田丸
もっと恐ろしいものだったらどうしようって
佐藤樹
そんな悪い人間に見えます、俺?
田丸
あ、いえ!
田丸
そういうことじゃなくて
佐藤樹
はは、冗談です
佐藤樹
では続きまして——
田丸
(あ、まだ続きがあるんだ)
田丸
(次は何をやらかしちゃうんだろう)