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奈那はハッとして声の主がいるであろう方向に振り返る。 冷や汗が止まらない。
そこには先程まで近付こうとしていた、あの脳裏に焼き付いて離れない端正な顔立ちの少年が立っていた。
あの二人は…… "知らんぷり" といったところだろうか。
奈那は次に会うことが出来れば必ず文句を言ってやろうと唇を噛み締めた。
時透無一郎
視線を目の前の少年に戻す。
あまりの緊張に言葉を発することが出来ない。
しかし蜜璃は、
甘露寺蜜璃
と小声で話す。
会話と言えるかは不明だが、一応会話のようなものは出来たのだ。これも進展と言えば進展だろう。
奈那
やっとの思いで絞り出した声は弱々しく震えていた。
ふと隣を見やるとキラキラと輝いた目でこちらを見ている蜜璃。 それどころではない奈那。
時透無一郎
霞柱は冷酷だと天元から聞いていた。
しかしいざそれが自分に向けられるとなると辛いものだ。
奈那は視界がぼやけるのを必死に堪えた。
とりあえず自己紹介をせねばと思い、立ち上がって口を開く。
奈那
丁寧にお辞儀をし、微笑みながら自己紹介を済ませる。
よくできたものだった。目に涙を浮かべていることを除けば。
時透無一郎
奈那
時透無一郎
時透無一郎
無一郎は祈るように目を閉じていた蜜璃に視線を向ける。
甘露寺蜜璃
甘露寺蜜璃
無一郎の興味が失せる前にと代わりに誘う。
時透無一郎
奈那
時透無一郎
奈那
甘露寺蜜璃
奈那は天にも昇るような暖かい気持ちで満たされる。
蜜璃のおかげで約束が決まったため、 今度桜餅を渡そうと決意した。
それからというもの、奈那は任務以外の全ての時間を無一郎との約束について考えて過ごしていた。
例の初任務から無一郎と話すまでには数ヶ月が経過している。
奈那はその期間ずっとあの電撃のような感情について考えていた。
蜜璃がなかなか会えない柱の仲間に奈那のことで相談に乗ってもらうことがかなり難しかった故に、天元という解決策を思いつくのが遅くなってしまっていたことが原因だ。
奈那たちがそのように平和な時間を過ごしている間に、同期は危険な任務を任されていたらしい。
十二鬼月が討伐されたり、鬼を連れた隊士として炭治郎の話をよく聞くようになったり……
最近では、隊服が変わったり隠の裁縫係が奈那と話すときにやけに震えていたりしていたが、奈那の周辺で危険なことは何も起きていなかった。
しかし楽しみにしていた無一郎との約束の日当日。 蜜璃、無一郎との約束の場所へ向かっていた最中。
鎹鴉が飛んでくる。何かと思っていると鴉は静かに告げた。
炎柱、煉獄杏寿郎の訃報を。
杏寿郎は蜜璃の師範であり、鬼殺隊入隊前からかなり良くしてもらっていた。
つい数秒前まで幸せの絶頂にいた奈那は一気に絶望のどん底まで突き落とされたような気分になる。
上弦の参。つまり、鬼舞辻無惨を除いて三番目に強い鬼。
奈那の同期三人との任務で……下弦の壱との連戦で、人々を守りながら戦った。
他に誰一人として欠けなかった。鬼殺隊としての、柱としての責務を全うした。
杏寿郎様らしいな、と溢れる涙を拭いながら奈那は思う。
拭っても拭っても止まらない。杏寿郎には弟がいた。弟は、家族は、どう思うだろうか。
奈那も覚悟はしていたつもりだ。しかし鬼殺隊になってから、初めてよく知る人物が亡くなった。自分よりも遥かに強い人が。
もう優しくて太陽のような笑顔の彼とは会えない苦しさと悲しさで立っていることもままならない。
今から甘味処へ行く気力などない。もう、帰ってしまおうか。 必死に涙を拭っていると、背後から声を掛けられた。
感情の読めない声。 落ち着いた、それでも少年らしい声。落ち着く声。
赤い目のまま顔を上げる。彼、だ。相変わらず霞に巻かれたような瞳で、確かに私を見ている。
鬼を狩る、それ以外の全てに興味を示さない彼。
またもや電撃が走る。何も、話せない。煉獄さんの訃報に泣きじゃくり、彼のせいで心臓が煩くて感情が落ち着かない。今はどんなに酷い顔をしているだろうか。
奈那
時透無一郎
奈那
時透無一郎
時透無一郎
みっともない顔。容赦のない発言だ。完全に余計な一言だろう。
帰ってしまおうと思っていた、今の今まで。しかしせっかくの想い人との約束。次があるかすらも分からない。
野暮用を済ませてから向かうとのことで先に出発した蜜璃は約束の場所でもう待っているかもしれない。
それに、無一郎はこんな状況でも一緒に行こうとしてくれている。何より、約束を覚えていてくれている。
それなら、行かない選択肢はない。
奈那
時透無一郎
時透無一郎
そう言って隣に座り、不器用な手つきで背中をさする無一郎。
大切な人を亡くした事実はもちろんすぐに癒える傷ではない。しかし、他でもない想い人と話せて、今も言葉こそないものの優しく慰めてくれている。
その事実に段々と落ち着きを取り戻す奈那。赤くなった目は治らなかったが、涙は止まった。
奈那
時透無一郎
無一郎にまで聞こえてしまいそうなほど煩く鳴り響く心臓の落ち着かないまま、目的の場所へ向かった。
ふたりで、と言うよりは…… 先に行く無一郎を奈那が追いかけるように、だったが。
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