95𝘻 𝘉𝘦𝘴𝘵 𝘧𝘳𝘪𝘦𝘯𝘥

その日は、ソウルの街にどんよりとした雲が覆いかぶさっていた。 ぽつりぽつりと、アスファルトが濡れてゆく。 僕たちは、一体、どこで選択を誤ってしまったのだろうか。 あの事件から三年たった現在でも、ずっと考え続けているが、 やはり答えは出ない。 三年前の、この日。 ちょうど、三年前のこの日からテヒョンは、一度も目を覚ましていない。

車内は、暗い雰囲気に包まれている。 誰も口を開こうとしない。 僕は、膝の上で、お見舞いに持っていく花束を握り締めた。 事務所から、病院へ行く道のりが、いつもの何倍にも感じた。 三年前、テヒョンは事故に合い、昏睡状態になってしまった。 あの日も、今日と同じような雨の日だった。 テヒョンが運転していた車が衝突事故を起こしてしまい、 それから、テヒョンは一度も目を覚ましていない。 その日から、メンバーは、変わってしまった。 テヒョンの車にぶつかったのは、いわゆる熱烈なファン、 「サセン」と呼ばれる人たちで、 たまたまテヒョンを町で見かけ、ストーカーをしていて、 車のナンバーを特定し、 わざと事故をおこしたそうだ。 それを警察から聞かされたメンバーは、 どうしようもないほどに取り乱していた。 あれから、ジンヒョンはおやじギャグを言わなくなり、 表情は固くなり、ARMYを拒絶してしまっている。 シュガヒョンの表情も一気に暗くなり、歯も見せなくなった。 前から持っていたうつ病と対人恐怖症が再発したそうで、 精神的なダメージを持っている。 ラプモニヒョンは、初めの方は、どうしようもないほどに 取り乱していて、趣味もすべてやめて、ふさぎ込んでしまっていたが、 最近はリーダーらしく、メンバー笑顔にしてくれようとしている。 でも、やはりテヒョンを忘れられないようで。 たまにラプモニヒョンの部屋を通りかかると、 ラプモニヒョンのすすり泣く声が聞こえてくる。 ホビヒョンは、とりえだった、明るさやポジティブさ、希望が 全て無くなってしまったかのように笑わなくなった。 ジョングガは…。 一番絶望していた。 可愛くて、愛くるしかった笑顔も、今ではすっかり消えてしまい、 大好きだった、食べることも拒絶してしまい、 今ではすっかり痩せてしまっている。 あれ程熱中していた筋トレや、歌、ダンス、全ての事に やる気がわいてこないようで、 仕事以外では、ほとんど作業室に閉じこもっている。 あれほど大切にしていたＡＲＭＹを極端に嫌うようになり、 慕われていた後輩やスタッフにも冷たくなってしまった。 僕は…。 まだ、この現実をいまだに受け止め切れていない。 失ったものの大きさが、半端じゃなくて。 心に、埋められないほどの大きな穴がぽっかりと 空いてしまったような気がして。 泣きたくても、泣けない。 6人になった、ＢＴＳ。 テヒョンの意識が戻ったときのために、メンバーで 「ＢＴＳ」 という場所を残し続けているが、やはり、テヒョンがいないだけで、 無くしたものの大きさを改めて知った。 カバーしきれないのだ。 テヒョンの、低音ボイスに、あの独特な発想やアイディア。 特徴的なダンスに、才能に、ビジュアル。 キムテヒョンという人間の変わりは、いない。 6人になったＢＴＳは、やはり何かが足りなくて。 テヒョン、お前…、言ってたよな。 いつの日だっけな？ 夢で僕が消えてゆくのを見たって。 そして、たまらなく怖くて、不安だったって。 今、その気持ちが分かったよ。 置いていかれるものの哀しみや怖さが。 お前は、今、どこにいるんだ？ 病室で寝たきりのお前は、お前じゃないような気がするんだ。 もしかして、お前は、夢で見たと言っていた、 勿忘草の咲き誇る草原にいるのかよ？ それなら、早く戻ってきて。 だから、永遠のチングの、テヒョンへ。 どうか、戻ってきてください。 あの変わらない笑顔で、僕たちのもとへ、世界中で君を待っている ＡＲＭＹのもとへ、戻ってきてください。 君が戻るまで、僕らは、この「ＢＴＳ」という名の 君の帰るべき場所を守り続けるから。 ＢＴＳがこんなに弱体化しても、 7人がそろった僕らを見たいって、世界中のＡＲＭＹが、 スタッフが、後輩と先輩が 君を待っているから。 どうか、戻ってきてください。 それまで、僕は待つよ。